第百二十二話 己の在り方
今更ですが、以前お伝えしていたプロローグから第四章の直近までの話の改稿が完了しました。誤字や描写を色々と修整しましたので、気が向きましたら覗いてみてください。
過去の話も今後の話もそうですが、もし誤字・脱字などがありましたら、ご報告していただけると、とても助かります。何度か改稿した話でも、見返してみると誤字が残ってる事が多々あるんですよね……。
現在、午後十五時。定期合宿の二日目は、早くも夕方を迎えていた。
一日目は生徒達の進度にあまり差はなかったが、今はかなり差が表れていた。中でも攻略の最前線にいるのが、彼女たちである。
「……これで全部ですね。他に残っている魔法生物はいますか?」
「今のところは大丈夫です。このまま進んでいいかと」
「ありがとうございます。では、行きましょうか」
謝礼を伝え、少女は仲間と共に歩を進める。
白金色の長髪と金色の双眸。その外見はまさに容姿端麗という言葉が相応しい。立ち振る舞いからは、他とは一線を画する高貴さと威厳が感じられる。
アリシア・エルデカ。生徒会長である彼女は、同じ生徒会の役員たちとグループを組み、攻略に臨んでいた。
「アリシア様、あまりご無理を為さらないでください。今回は私達もいます。戦闘はなるべく私達に任せていただいた方が……」
「すみません、分かっているのですが……最近は色々とあったせいで、どうしても前に出てしまうのです。以後、気を付けます」
「あ、謝らないでください!僕達がアリシア様に頼ってしまっているのが、いけないのですから」
自分の不甲斐なさを彼らは恥じていた。
彼らが弱いのでは無い。むしろ彼らは十分に優秀な生徒達だ。比較対象が規格外過ぎるだけである。
「いいえ、貴方達は十分務めを果たしていますよ。定期合宿に限らず日頃から、私は何度も貴方達に助けられています。自分を卑下しないでください」
アリシア・エルデカは全てに於いて完璧だ。
シリノアを除けば、エルデカ王国の頂点に位置する才能と実力。王女に相応しいカリスマ性。誇り高い理想を持ち、そのために努力を惜しまない堅実さ。誰かのために自分を犠牲にできる程の優しさと誠実さ。
実力的にも精神的にも、アリシアは誰もが尊敬する人物だ。アリシアを慕わないのは、アランやミハイル、シエルのような捻くれ者くらいである。
そんなアリシアも、最近は頭を悩ませる日々が続いている。
原因は二つ。一つはリフレイム皇国での事件だ。
封印から復活した『十二死天の大厄災』の一柱・海帝龍リヴァイアサンとの戦いで、アリシアは己の弱さを痛感した。
リヴァイアサンという圧倒的格上を相手にしながら、アリシアは勝利に大きく貢献したのだ。アリシアが気負う必要など無い。あの戦いを知る者なら、誰もがそう頷くだろう。
だが、そのような甘い考えを許せるアリシアでは無い。アリシアは自身の力不足について考えていた。
さらに二つの目の原因が、この悩みに拍車をかけている。
アリシアはアランから、オルレア達がリフレイム皇国で事件を起こした目的と、自分たちが置かれている現状を知った。
いつか来る魔装士達との戦いのために、戦力を整えなければならない。
既に父である国王にも事情は伝えた。王家直属聖装士団も魔装士対策のために準備を進めている。
そして自分もまた、さらなる力を身に付けなければならない。王女として、エルデカ王国最強の聖装士として、必ず全ての民を守り導くために。
そんな思いから、アリシアは今回の定期合宿にも全力で臨んでいる。
(しかし、流石に疲れましたね……)
額を流れる汗を拭う。少しづつ足取りが悪くなってきた。
如何に強大な力を持つアリシアと言えども、体力は有限だ。慣れない過酷な山道を歩くのは楽では無い。
昨日の疲労も回復しきっていない。気持ちだけで無理をしても、長続きしないだろう。
その時だった。
「近くに何かいます……!」
仲間の一人が言った。アリシア達は足を止める。
「相手の数は?」
「三体です。中型……いえ、小型の部類の魔法生物かと」
霧で相手が見えない代わりに、聖装能力で詳細を探る。それに連れて、仲間の顔色が変わっていく。
「……ん?これは」
「どうしましたか?」
「相手の規模が魔法生物らしく無いと言うか……むしろ……」
言い淀んでいる内に、霧の向こうから足音が近づいてきた。
アリシア達は聖装具を構える。だが次の瞬間、アリシア達の前に現れたのは予想外の相手だった。
***
「な、なんで……アリシア様がいらっしゃるんですか……ッ!?」
私、リデラ・アルケミスは困惑していた。
突然エレカが『すぐ近くに敵の反応があるっす!』と言うものだから、警戒していたが、そこにいたのはアリシア様とアリシア様の仲間と思しき先輩方だった。
「貴方たちは……」
アリシア様も困惑している。きっと私たちと同じような状況だったのだろう。
でも考えてみれば、これは何もおかしな状況じゃない。
今は沢山の生徒が同時に夢幻山脈を攻略している。攻略の途中で偶然、他のグループと遭遇する事もあるだろう。
「……なるほど。確かに攻略していれば、このような事も起こり得ますか」
アリシア様たちも状況を理解したみたいだ。聖装具を下ろし、警戒を緩めている。
「我々なりに最速で攻略していたつもりなのですが、まだ先を行っている方がいましたか。まだ入学してから長くないと言うのに、ここまで力を付けているとは。流石です、三人とも」
「いや、そんな褒められるような事じゃ……むしろ先に出発してるはずの一年生に平気で追いついてる先輩方の方が凄いと言うか……」
口ではそう言ったけど、実際褒められてちょっと嬉しかった。
後ろでエレカが「おお、アリシア様に褒められたっす!」と小声で感動している。喜ぶ気持ちは分かるけど、その反応はちょっと控えてほしい。恥ずかしいから。アリシア様たちが可愛い後輩を見る感じで微笑んじゃってるから。
「えーっと、こっからどうします?なんか鉢合わせちゃったけど……グループ違うし、ルール的に別れて進む方が良い気がしますけど」
この後どうしよう。私がそう思った瞬間に、ナタリアが尋ねた。
誰が相手でも平然と話せるナタリアの豪胆さは、本当に凄いと思う。尊敬はしないけど。
「そうですね。定期合宿の趣旨を思えば、それが妥当ですが……」
アリシア様は同じグループの先輩に声をかけた。地図を見ながら、色々と話している。
やがて何か決断したのか。アリシア様は私達に言った。
「この先、十分近く平地が続くようです。良ければその間だけ、一緒に進みませんか?」
「……?それはどういう……」
「先輩として、生徒会として、少し後輩の方々の声を聞きたいと思いまして。軽い雑談程度のものです。もちろん強要はしませんが……どうでしょうか?」
そのくらいなら、私は全然構わない。むしろ学園のトップであるアリシア様や生徒会役員の先輩方とお話できるのだから、ありがたく思う。きっと参考になる話も聞けるだろう。
「私はめちゃくちゃオッケーっす!是非ともお話したいっす!」
「私も構わないよ〜」
エレカとナタリアも笑って承諾した。
「えっと、そじゃあ……お願いします」
「ええ、こちらこそお願いします」
その後は、先輩方と話しながら進んだ。
学園生活の調子はどうか、とか。不便な事や困ってる事はあるか、とか。本当に先輩と後輩らしい会話内容だった。
せっかくだから、私もアリシア様達に質問した。
アラン先輩に時間を取ってもらって、訓練や勉強に付き合ってもらうくらいには、私も自分の実力について考えている。特に第二回序列戦は悩みどころだ。
だから強くなる上で意識してる事とか、過去にやってきた事とかを聞いてみた。
「私は敷かれた道に沿って生きてきただけです。体術や剣術、魔法、聖装能力の扱い、そして座学など、父上が用意してくださった環境で、意図されたままに学び続けました。私はたまたま才能があったので、その上達速度や出来栄えが良かっただけです。もちろん積極的に努力してきたつもりですが、血反吐を吐く様な努力をしてきたかと言われると……流石にそれは違うと言わざるおえません」
話して分かったけど、アリシア様はちょっと参考にしにくいかもしれない。
そもそもとして、私とアリシア様は生まれが全く違う。
一応、私だってそれなりに名門の貴族家の生まれだ。過去に聖装士を多く輩出してる優れた血筋を宿す家系・アルケミス家。それだけに、私には優れた才能がある。
おかげで首席入学を果たせた。まぁその後アラン先輩に出鼻を挫かれたけど。
それに対して、アリシア様は王女様だ。貴族の娘と王女様、環境は雲泥の差だ。才能の差も歴然である。
「しかし、私は多くのものに恵まれたからこそ、それに相応しい責務を果たさなければなりません。誰よりも才能を持って生まれたからには、誰よりも多くのものを背負う義務がある。才能に驕るつもりはありませんよ」
そういう事を当然のように言えて、実際にその通りに生きているのだから、本当にアリシア様は凄い人だと思う。私にはアリシア様みたいな生き方は絶対に無理だ。
「すみません、あまり参考になる話ができなくて」
「い、いえ!アリシア様からお話を伺えただけでも光栄です!」
今更だけど、こうやって王女様と個人的な対話ができてるのって凄い事だ。この学園に入学してなければ、一生こんな経験はできなかった。
「私を含め、学園最高戦力者は全員、参考になりにくい特殊な者しかいません。私とグレイ・フォーリダントは環境にも才能にも恵まれました。シエル・グレイシアやミハイル・ラッドマークは聖装士や武術に関係しない生まれですし、彼らも戦いに積極的な人ではありませんが、我々に匹敵する才能があります。アラン君は言わずもがな一番の変わり者ですが……聖装具という才能に頼る戦い方をしないあたり、ある意味、彼が一番参考になるかもしれません」
私もアラン先輩から色々な事を教わった。あの人のおかげで、入学当初よりも強くなれた。以前の私には、今回の定期合宿もここまで上手くやれなかったはずだ。
「アラン君から聞きましたが、時折、彼と共に特訓をしているそうですね。どうですか?彼の指導は」
「凄くためになります。実技も勉強も教えるのが本当に上手くて。工夫次第でこんなに強くなれるんだって驚かされました」
常々思う。アラン先輩はどうしてあんなに強くて賢いのだろうと。
アラン先輩は一般家庭出身で、ずっと平穏な暮らしをしていた聞いた。でもどう考えても、アレはただの一般人の実力じゃない。
聖装具を使ってるならまだしも、魔法だけでアリシア様に匹敵するような人が、そんな生い立ちのはずがない。
もちろん一般家庭を蔑んでるわけじゃ無いけど、人の成長はどうしても環境に左右される。そして成長するための環境は、貴族家の方が間違いなく良いものを用意できる。
なら貴族家の生まれなのかとも思ったけど、多分違う。あの人、ルールとか礼儀作法とか身なりとか微塵も気にしないし。全体的に貴族らしくない。
「彼は抜群に頭が良いですからね。指導くらいは容易な事なのでしょう。本当、どこでそんな知識と技術を培ってきたのか……」
「アリシア様も知らないんですか?」
「はい。正直、私も彼の事は良く知りません。それなりに仲良くなったと思うのですが、そういう問題では無いのでしょうね。彼は私……と言うより、私のような人間を心底嫌っていますから」
「そうですか……?」
「彼は凄まじい二面性の持ち主です。不真面目でありながら人並みに優しく誠実な一面と、悪意と狂気に満ちた暴虐者としての一面。どちらの性格が表に出るかによって、彼の言動は大きく変わります。いつもの彼は私を嫌うような素振りは見せないのですが、暴虐者としての彼は私を強く憎んでいる。肝心の理由は、何も分かっていないのですがね」
暴虐者というのは、ロベリア先輩と戦っていた時のアラン先輩の事を言っているのだろう。
確かにあの時のアラン先輩はなんだか怖かった。でも第一回序列戦を除けば、私は怖い方のアラン先輩を見ていない。だから、アリシア様の心情は想像できなかった。
そもそも、アラン先輩が何かを強く嫌っているという話自体、まず聞かない。逆にアラン先輩が何かを好いているという話も。
あの人、性格や言動は単純に見えるのに、改めて考えると知らない事ばかりだ。
「彼の悪意は尋常ではありません。そこには間違いなく理由がある。叶うならその理由を探り、解決したいのですが……」
「アリシア様は、アラン先輩の二面性を治したいと思っているんですか?」
「流石にそこまでは言いません。そもそも、私に他人の人格や人生に干渉する権利はありませんから」
アリシア様はとても悲しそうな顔しながら言った。
「ですが、誰かを憎み続ける人生なんて…………悲しいじゃないですか」
「………っ」
「自分の歪んだ性格は生まれつきだと、彼は言っていますが、私はそうは思いません。あの一面は後天的に発生したものだと思っています。生まれながらに悪意を持つ者など存在しませんから。本来の彼は……彼の本質は、きっと善良なものだと思うのです。もし彼の悪意を解消できれば、彼は本来歩むべき道を生きられる。悪意に縛られることのない、優しい道を」
「……どうして、アリシア様はそこまでアラン先輩の事を」
「深い理由はありませんよ。私はただ、皆に幸福に生きてほしい。それが愚かで無謀な理想であったとしても、一人でも多くの人を幸せにしたい。そしてアラン君の生き方は、とても辛いものに思えた。だから変えたい。それだけです。全て私の自分勝手なエゴに過ぎません。今まで言ったこと事も私の勝手な憶測に過ぎないので、真に受けなくて良いですよ」
「…………」
色々と驚かされた。アラン先輩の実情も、アリシア様の考えも、私の想像を遥かに超えている。
同時に自分の思慮の浅さを思い知った。アリシア様を比較対象に置いたら当然、私なんて霞むだろうけど、それを抜きにしても、私は浅い。
私は才能のままに強さを求めて生きてきただけ。志しは無いし、夢も目標も無い。心に芯の無い人間だ。
先輩方にあって私に足りないのは、そういう所なのだろう。
なら私は───。
(私は、どう在るべきなんだろう……)




