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聖装士学園の異端者  作者: 綿砂雪
第四章
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第百二十話 規格外の大喧嘩

アランが振り返ると、彼の後ろに一人の少年が立っていた。


「アンタは……」


筋肉質な体格をした、高身長の茶髪の少年。見覚えは無いが、服装から同じ生徒だと判断できる。

一目で分かった。彼は並大抵の聖装士では無い。

佇まいや魔力の気配など、全てがその他大勢と一線を画する。おそらくリオと同等かそれ以上の実力者だ。


「俺はグレイ・フォーリダント、風紀委員だ」


彼はグレイ・フォーリダント。今では風紀委員長として活躍しているが、当時はただの風紀委員として、学園内の見回りも担当していた。


「風紀委員……ってことは学園内の見回りの最中か。お勤めご苦労なこった」


軽口を叩いているが、アランは今すぐ帰りたい気分だった。

嫌な瞬間を見られた。風紀委員に見られたからには、教師にも報告が行く。そうなれば、この件は教師に問題扱いされる。

立場的に、アランが悪事を咎められる事は無いだろう。それでも教師への事情説明は求められるはずだ。

要するに、アランが避けたい面倒な事態に発展する。


「見るからに、この状況はトラブルの最中、もしくはトラブルの後だ。何があったのか聞かせてもらうぞ」


面倒に思いながら、アランは状況を説明した。

アシュリーがこの三人の生徒に絡まれていた事、そこに偶然居合わせたアランが助けに入った事、この三人が問題を起こした理由、三人が攻撃してきたから魔法で動けなくした事。


「この人が帰ったら、俺はコイツらを回復させるつもりだった。それで事態は解決する。風紀委員や教師が関わるまでも無い。理解してくれたか?」


「ああ、確かにくだらないトラブルだ。僅かとは言え、戦闘行為があった事は看過し難いが、その後の治療まで視野に入れているのであれば、許容できない事も無い」


ただし、


「貴様の発言が『事実』なら、の話だがな」


「………は?」


予想外の返答に、アランは呆けた声を漏らす。


「今話したことが全部嘘だって言いたいのか?」


「そうだ。どうにも、俺には貴様の発言が信用ならない。その軽薄に見せかけた口ぶりも、裏を感じる態度も、僅かに感じる悪辣な気配も、何もかも……」


グレイはアランを睨み付ける。その視線には、明らかに敵意と嫌悪がこもっていた。


「貴様の気配は悪人のそれだ。俺が見てきた中で、最悪と言っていい程に悪辣な気配がする。そんな奴の発言を、どう信じろと言う」


「…………あー、えっと……要するに、アンタの目には俺が信用度ゼロの大悪党に見えてるワケだ」


唐突に議論のテーブルに個人の人間性を持ち出された。グレイの意見を理解するのに、少し手間取ってしまった。


「ならアンタには、この状況はどう見えてるんだ?」


「そこの四人が貴様の気分を害し、貴様は怒り任せに暴力を振るった。そうとしか思えない」


「どんだけ俺の評価低いんだよ……」


聖装士でありながら、聖装具を使わずに生活してきた身だ。周りから見れば、自分が胡散臭い人間である事は理解していた。

その印象がこうして足を引っ張っている。今後は自分の立ち振る舞いについて、もう少し考えた方が良いかもしれない。今更、アランはそう思った。


「まぁいい。そういう事なら、この人に意見を聞けばいい」


アランはアシュリーを指して言った。


「この人は一連の流れを見ていた被害者だ。俺は信用できなくても、この人なら信用できるだろ」


「……っ!?」


急に話を振られて、アシュリーは困惑していた。

実際、手っ取り早い方法はこれだ。流石のグレイでも、アシュリーまで疑う事ない。


「そうだな。君、話を聞かせてくれないか」


グレイもアシュリーに尋ねた。だがアシュリーは二人を見比べるばかりで、何も言葉を発さない。

目の前には自分を助けてくれた信用し難い異端者、別方向には強面で圧が強い風紀委員、足元には倒れてる生徒が三人、そして事態を解決できるのは自分一人。

まだ話すのが苦手であった当時のアシュリーには、この状況は厳しいものだ。

言いたい事は思い浮かぶ。だが何をどこから、どう話せば良いのか分からない。口を動かそうとするほど、頭が混乱する。


「あの、なんか言ってくれない?このままだと俺、冤罪ふっかけられちゃうから」


焦り気味にアランは催促するが、アシュリーは何も言えなかった。むしろ催促が逆効果になっていた。


「やはりそうか。貴様、嘘を吐いていたのだろう。見れば分かる。彼女はお前に怯えている」


「いや怯えられてんのはアンタの方だろ」


グレイは既に結論を出したつもりでいる。これ以上、他人の話を聞く気はない。


「もう議論は不要だ。貴様を風紀違反者として連行する」


「はぁ?問題起こそうとしてんのはお前の方だろうが。主観的な印象だけで結論を決めて、客観的な話もしねぇ。時間はあるんだ。冷静に状況をよく考えろよ」


「考えたとも。考えたからこそ、俺は貴様を罰する。経験則からして、貴様のような奴は野放しにしてはならないんだ。いつか必ず、重罪を犯す」


「疑わしきは罰するってか?頑迷な野郎だ。自分の価値観と正義ばかりを尊重して、間違いを認めない。そんな奴が風紀委員だって?笑えない冗談だ」


アランの言動に怒りが滲む。自分の印象が悪いものである事は理解しているが、これはただの理不尽だ。流石に許せない。


「いいぜ。そんなに暴力が好きなら、乗ってやるよ。お前みたいな現実を理解できない阿呆には丁度良い」


この馬鹿は殴らないと気が済まない。頭に血が昇っていたせいで、議論という言葉を忘れていた。

何より当時のアランは聖装士に落胆していたので、この場でグレイと争う事に躊躇が無かった。


「あの、ちょっと……それは……」


ようやくアシュリーは口を開く。まさかの事態に発展したことで焦っていた。

だが声が小さ過ぎる。二人の耳には届いていない。


「《正義の天譴(アストレア)》」


グレイの手に大剣が握られる。自身の身長より大きな重量武器を、グレイは軽々と担いだ。


「欺瞞に(まみ)れし愚か者よ。我が(つるぎ)と正義のもとに、貴様を───」


右足を前に出した瞬間、グレイの姿が掻き消えた。


「───断罪する」


グレイは一瞬でアランの眼前に立った。

水平に大剣が薙ぎ払われる。確かに速いが、追えない速度ではない。


「《身体強化(ブースト)》」


アランは屈んで大剣を(かわ)すと、グレイの腹に拳を叩き込む。

直撃すれば昏倒する程の一撃だ。拳は的確にグレイの鳩尾を穿つが、それだけだった。


(なんだッ!?)


殴った感触が、明らかに人間を殴った時のものではない。まるで鋼鉄だ。全く打撃が効いていない。

グレイは何事もなかったかのように、アランに蹴りを放つ。アランは脚で受け止めるが、衝撃で後ろに飛ばされた。

凄まじい威力だ。蹴りを受けた脚が痺れている。

その痺れを認知した時には、グレイはアランの背後にいた。


「はぁぁッ!!」


横へ薙ぎ払われた大剣を、アランは跳躍して躱す。最速で避けたつもりだったが、避けきれずに少し足を切られた。


「《雷槍砲(ボルテッカー)》」


空中でグレイに照準を合わせ、高威力の雷撃を放つ。

同時に数十発は撃った。回避できる隙間は無い。躱すには距離を取るしかない。

しかし、グレイはアランの想定を遥かに上回った。


(ぬる)いな」


グレイは床を蹴って飛び上がる。雷撃の中を潜り抜け、アランの右側に回り込んだ。

間違いなく雷撃に当たっていた。だが負傷は無い。途中で速度を落とす事もなかった。

グレイは平然とアランの横腹を蹴る。


「《結界(シールド)》ッ!」


咄嗟に体表に結界を纏うが、それも意味を為さなかった。

グレイの蹴りが一瞬でアランの結界を破壊する。そのまま蹴りが横腹を穿った。

衝撃でアランは吹き飛んだ。廊下の壁を容易く突き抜け、校舎の外に転がり出る。


「げほッ…げほ……っ」


血反吐を吐く。今の蹴りで骨が何本か折れていた。

『虚空の手』を取り出し、両手に付けながら、治療魔法で体を完治させる。


(どうなってやがる、あの野郎……!)


グレイの魔法は、全てアランの『魔法崩し』によって無効化されている。あの驚異的な身体能力は聖装能力による強化だ。

おそらく、彼は何かを強化する事に長けた強化系の聖装士。しかし、それだけでは説明が付かない事がある。

一つは彼の規格外の防御力。アランの攻撃に直撃していながら、彼には全く効果が無かった。微動だにすらしてなかった。

二つは彼の破壊力。ただの蹴りで、アランの結界を薄紙のように突破していた。


(あの時、妙な感覚がした。ただ破壊されたと言うより、無力化されたような感覚……まさか)


驚異的な自己強化、そして相手の攻撃や防御を容易く無力化させる力。

馬鹿げてると思いながらも、アランはグレイの聖装能力の正体を悟る。


「どうした、良かったのは威勢だけか?」


グレイも校舎外に出てきた。アランは立ち上がり、口元の血を拭った。


「大体分かったぞ……お前の聖装能力が」


「ほう?」


「物理的・概念的障害の強制無効化……言うなれば、『あらゆる障害を突破する能力』ってところか。良い聖装能力じゃねぇか。猪突猛進しか知らない馬鹿にはお似合いだ」


皮肉をぶつけながら、アランは内心で焦っていた。

これはリオなど比にならない。まさに規格外の聖装能力だ。


「まだ戦い始めて一分も経ってないというのに、もう気付くか。噂通り、頭は良いようだ」


次の瞬間、グレイはアランの目の前で大剣を振り下ろしていた。


「頭だけ、だかな」


全てを突破する無敵の斬撃。彼の前では、あらゆる防御は存在しないに等しい。

身を捻り、アランは大剣を躱す。さらにグレイの腕を掴み、思い切り放り投げた。


「《跳躍(ストレイト)》」


投げる瞬間に、風魔法で勢いを加算する。グレイは一瞬で遠くまで吹き飛ばされた。

グレイには如何なる攻撃も通じない。しかし、投げ飛ばすくらいは通用する。もちろんダメージにはならないが、距離を稼げれば十分だ。

グレイの戦い方は一方的な戦況を形成する。それを止めるには、こうして距離を離すしかない。


「やってやるよ、クソが」


理不尽極まる敵を前に、アランは怒気を込めて拳を握った。



***



その頃、アシュリーは独り焦っていた。

校舎外ではアランたちが戦っている。今すぐ止めたいが、これを止めるのは無理だ。アシュリーでは、近付く事すら出来ない。


(ど、どうしよう。生徒にあんなの止められるわけ無い。先生でも、今の2人を止めるのは厳しい気がする……)


誰ならこの状況を収められるか。考えていると、ある人物が思い浮かんだ。


(あの人なら……!)


その人物のもとへ、アシュリーは一目散に駆け出した。



***



爆発の如き暴風と破壊音。技を打ち合うたびに、学園の敷地が破壊されていく。

戦火を撒き散らしながら、二人は戦い続けていた。


「《大氷河(ブリザード)》」


アランの前方に氷の波が広がる。グレイは波に呑まれて氷漬けにされた。

しかし、グレイが足を止めた時間は一瞬だけだ。(まばた)きよりも早く氷を突破し、アランの右肩へ斜めに大剣を振り下ろした。

アランは横に逸れることで、斬撃を躱す。空振った刃から放たれた衝撃波が、アランの後方にある地面を抉っていた。


「《爆撃(ストライクボム)》」


グレイの真横で火球が爆ぜる。熱波と共に黒い爆煙が広がった。

防御していなければ、皮膚が焼き焦げるような熱量だ。それを間近で受けて尚、グレイは傷一つ負わずに平然と立っている。


煙のせいで、アランの姿が見えない。魔力探知を使っても、アランの気配は探れなかった。魔法で隠蔽しているのだろう。

突っ立ているグレイの全身を、絶え間なく攻撃が襲う。グレイにどんな攻撃なら通用するか、それをアランは試していた。


まだ傷を負わせられた攻撃は無い。斬撃や熱線は当然のように無効化される。雷撃に当たっても感電しない。

体内に衝撃波を叩き込んでも、まるで動じない。極低温に晒されても、彼の動きは微塵も衰えない。乾燥した大気の中でも、体に変化は現れない。

そもそも、この場は煙に覆われた環境だ。ここで息を吸えば一酸化炭素中毒を起こして、動けなくなるはずだ。

この世の法則が、グレイには何一つとして通用しなかった。


「ちょこまかと、しつこい奴だ」


煙に視界を覆われながら、グレイは攻撃を放つ。

有利な環境では無いが、不利でも無い。アランが常に近くにいる今は、グレイの攻撃が最も当てやすい状況でもある。証拠に何度もグレイの斬撃がアランを抉っていた。


グレイの聖装能力はアランの推測通りのものだ。ほぼ無敵に等しい能力だが、弱点もある。

それは『極めて単純な能力』であること。

グレイの聖装能力が実現できる事は、限界突破による自己強化と、障害の強制的な無力化だけだ。他の聖装士のように、何かを生成・操作・干渉する事はできない。

魔法を除く彼の攻撃手段は、大剣による斬撃か、魔力を固めて飛ばすくらいだ。応用も戦略性も無い。遠距離や中距離での戦闘には不向きである。

だからこそ、この状況を良しとするしかなかった。本当なら魔法で煙を飛ばしたいが、それはアランの『魔法崩し』が無効化している。


今のところ、状況はほぼ拮抗していた。しかし時間が経てば、グレイが優勢になるだろう。

グレイは常に自己強化を重ねている。アランは傷を付けられないまま、無駄に魔力を消費し続ける。持久戦でグレイが勝つのは自明の理だ。

グレイはその事を理解していた。同時に、その考えを危険視していた。


グレイが気付けた事に、アランが気付いてないはずが無い。それでもこの戦い方を選んでいるのは、アランに考えがあるからだ。

この状況を維持すれば、いつかアランの策略に(はま)る可能性がある。


「《断罪之鉄槌》」


大剣が莫大な熱を宿す。太陽の如き輝く刃は、煙の中でもハッキリと見えた。

グレイは大剣を水平に構え、回転斬りを放つ。その瞬間、劫火が竜巻のように拡散した。

衝撃で周囲の全ての障害が吹き飛ばされる。アランは咄嗟にグレイから距離を取った。


「デタラメだなッ!」


攻撃範囲内にあった全てが灰と化した。地面が大きく抉れている。

アランも避けきれずに、皮膚を焦がされている。すぐに治療魔法で傷を治した。

その時だった。


「ここからは、少し本気で行くぞ」


眼前でグレイが大剣を薙ぎ払う。アランの回避は間に合わなかった。

腹を大きく切り裂かれた。飛び散った鮮血が地面を穢す。アランは斬撃を共に放たれた衝撃波によって吹き飛ばされた。


「《治療(ヒール)》ッ!」


即座に治療を試みる。だがグレイはその隙を与えない。

アランの視認可能な領域を超えた速度で動き、次々にアランを斬りつける。

何度もグレイから距離を取ろうとした。必死に攻撃を躱そうとした。しかし、無意味だった。

グレイはさらに自己強化を重ねる。アランの策や小細工を嘲笑う程の圧倒的な暴力が、アランの全てを叩き潰した。


「ごハッ…ァ、がッ……ぅ“!」


血の跡を地面に引きながら、アランは地面を転がる。

体に力が入らない。頭も回らない。血を流しすぎた。


「くそッ……」


地面に手を付き、体を起こす。目の前にグレイが立っていた。


「あれ程ほざいていながら、このザマか。惨めだな」


「うるせぇよ……聖装具に恵まれただけの、天才風情が、粋がってんじゃねぇ……」


「まだそんな事を言うか。ここまでボロボロになっても、歯向かう度胸は認めよう」


だが、


「己の幸福のために他者を踏み躙る外道は、駆逐されなければならない。故に貴様のような悪は、滅びる定めにある」


大剣が振り抜かれる。衝撃波が再びアランを吹き飛ばした。


「終わりだ、外道。(いさぎよ)く己の罪を認め、罰を受け入れろ」


その言葉は、ほとんどアランに届いていなかった。出血多量で感覚が鈍っている。

アランは負けたのだ。何も為せないまま、一方的に負けたのだ。

原因があるとするなら、持って生まれた物の差と言わざるおえない。


グレイには天賦の才がある。

どんな障害も突破する、無敵に等しい聖装具と聖装能力がある。

不屈の精神と絶対不滅の正義がある。

王家直属聖装士団というエルデカ王国が誇る最強の部隊の現団長の息子という、素晴らしい立場がある。


ならば、アランはどうだろうか。

アランには魔法という誰もが扱える平凡な力しかない。

確かにアランの魔法の腕前は群を抜くものだ。さらに相手の魔法を封じる『魔法崩し』という技もある。

だが、グレイのような恵まれた才能は無い。

アランの聖装具は、何の役にも立たない石剣だ。

武器としては到底成り立たない劣弱な性能。そして聖装具でありながら、聖装能力を扱えないという致命的な欠陥。


アランには唯一無二の武器も、絶対的な力も、群を抜く才能も、不撓不屈の精神も無い。

故にこうして、必死に考えて編み出した力や知恵を、圧倒的な才能に捩じ伏せられるのだ。

グレイほどの聖装士になれば、魔法を封じられたところで、支障はほぼ無い。

真の天才の前では、凡人の努力は意味を為さないのだ。


「……………」


勝負はついた。そう言わんばかりに、グレイは背を向ける。

出血多量で呼吸が浅い。それでも、アランは貧弱な力で拳を握る。

倒れていると、ふと彼の中に湧いた思いがあった。






───ふざけるな。


何が正義だ。何が罰だ。お前のような人間に何が分かる。何故、そのような言葉を吐いている。

お前たちは天才だ。常に周りから認められ、素晴らしい未来を約束され、理想を持って生きてきたのだろう。

この男も正義が何だ、罰が何だと、自分の理想を持っている。聞くだけで吐き気がする話だ。


お前たちは知らないだろう。世界が如何に醜く、凄惨なものか。

お前たちのように、汚泥を啜ること無く、光を浴びて生きてきた人間には分かるはずがない。

理解している者には、そのような理想は抱けないのだ。


だからこそ、本当に憎たらしく思う。

お前たちのような人間を見ると、その全てを台無しにしたくて仕方がない。

皮膚を剥いで、骨を微塵になるまで砕いて、四肢を末端から徐々に切り刻み、臓器を一つずつ潰して、血管を引きちぎり、最大限の苦痛と絶望を叩き込む。それでやっと公平だ。


だが、世界というものは、どこまでも俺に厳しいらしい。

腹立たしいが、俺ではこの男には勝てない。既にあらゆる手段を試したからこそ、勝てないと断言できる。

ならば、このまま地面に伏すことを許容するのか。

違う。そんな事は認めない。あってはならない。


俺は絶対に許さない。この腐った世界も、幸福に生きる全ての人間も、目の前の男も。

二度と幸福や希望を抱けぬよう、全て等しく絶望の底に叩き落とさなければならない。

そのためなら、俺は俺の全てを差し出そう。

余計なものは全て捨てろ。この渇望(憎悪)を遂げるために、俺の全てを力に引き換えろ。


そうしなければ、俺は───生きていられないのだから。




***




「────ッ!?」


背後に立ち昇る異様な気配。グレイは咄嗟に振り返った。

そこにはアランが立っていた。全身が血で染まっているが、よく見ると負傷が完治している。


(コイツ、いつの間に再生を……)


大剣を構える。外見は何も変わっていないが、グレイは察していた。

アランの様子がおかしい。今までより、悪意の気配が何倍も濃くなった。


「何をしたのか知らんが、無駄な事だ。俺は貴様の全てを叩き潰す。貴様がやっている事は、自身の苦痛を長引かせるだけの──」


グチャリ、と鈍い音がする。アランがグレイの視界から消えた瞬間、左腕に激痛が走った。

グレイの左腕が何重にも折れ曲がっていた。


「ぐ、あぁぁぁっが、あぁぁぁぁぁッ!!??」


複雑に折れた骨が皮膚を突き破り、裂けた皮膚から血が溢れる。左腕は使えそうになかった。


「貴様、何を……ッ!?」


グレイは背後に立つ男を見る。

それは人間の姿形をしているはずだが、グレイにはとても人間には見えなかった。

殺意に(まみ)れた漆黒の双眸(そうぼう)。血に穢れながら立つ姿は、人間を超えた何か──バケモノという表現が最も近い。


(何故、腕が折れた!?俺の聖装能力は機能しているはずだ!ならば何故……!)


グレイは右手で大剣を握り、地を蹴った。

左腕を折られた痛みはあるが、彼の動きに衰えは無い。むしろさらに速く、強くなっている。


「……は?」


次の瞬間、グレイの視界に空が広がっていた。

いつの間にか遥か上空まで吹き飛ばされていた。凄まじい逆風が体を打ちつける。


「《魔人飾彩(ヘルガンテ)・RED OUT》」


視界を赤い閃光が埋め尽くした。顔面に拳が叩き込まれる。

鼻が潰れる。歯が吹き飛ぶ。顔の骨にヒビが入る。

グレイは超高速で地面に突き落とされた。


「がッ“はァ……っ!!」


轟音を響かせ、地面に激突する。

落下による負傷は無かった。あるのは、先程の打撃による負傷だけだ。

打撃の衝撃で脳震盪が起きている。体が思うように動かない。


「脆いな、お前の正義は」


声が聞こえた時には、百発以上は殴られていた。

未だ嘗て感じた事がないほど、重く鋭い衝撃。再びグレイは吹き飛ばされる。


(何がどうなっている!?魔法だけでどうやってこんな真似をッ!?)


次々にグレイの皮膚が裂け、骨にヒビが入る。グレイでなければ、今ごろ跡形も無く消し飛んでいた。


グレイが傷を負っている理由は単純だ。彼の無効化可能な範囲を超える力を、アランがぶつけているからだ。

仮にグレイが10の力を用いて1000の攻撃を無効化できるとするなら、今のアランは10000や100000の攻撃を叩き込んでいる。無効化しきれなかった力がグレイを傷つけていた。


「《魔人飾彩(ヘルガンテ)・BLACK END》」


拳が漆黒の魔力に覆われる。アランはグレイの胸部に拳を放った。

グレイは大剣を盾にし、拳を受け止める。馬鹿げた衝撃が大剣ごしに体に伝わった。

さらに後ろへ突き飛ばされる。右腕の骨に亀裂が走る。大剣の刃が欠けていく。

圧倒的な逆境を突き付けられて尚、グレイの信念は一部も欠けていなかった。


「おおぉぉぉぉォォォォォッ!!」


叫びを上げる。グレイの体から炎が立ち上った。

大剣の輝きが増すに連れて、グレイの身体能力が跳ね上がる。アランの拳をグレイは止め切った。


「《断罪之鉄槌》ッ!!」


大剣を振り上げ、拳を弾く。直後に蹴りを放ち、アランを弾き飛ばした。


「……チッ」


腹立たしそうに、アランは舌打ちする。グレイの強化が、アランの力に追い付きつつある。


「驚いたぞ。貴様がここまでの力を……悪意を隠していたとはな」


限界突破により跳ね上がった再生能力が、瞬く間にグレイの負傷を癒していく。左腕以外の負傷はほぼ完治していた。


「やはり貴様はここにいてはならない。なんとしても、俺がここで裁く!!」


何が起ころうと、誰にどう否定されようと、彼の正義は歪まない。愚かなまでに真っ直ぐな精神をもって、彼はあらゆる悪に己の正義を振り翳す。

それが後に『天譴の執行者』の異名で知られる聖装士、グレイ・フォーリダントという頑迷極まる問題児だ。


「不愉快なんだよ、お前の言動は。何も知らないくせに、知ったような口を叩いてばかりだ。反吐が出る」


バケモノの憎悪がさらに深度を深めていく。彼の思考には、目の前の憎むべき正義者を殺すことしかなかった。

己が憎む全てを滅ぼすために、アラン・アートノルトという名を持った暴虐の権化は拳を握る。


「その歯も舌も喉も肺も何もかも……全て、残さず潰してやる」


「上等だッ!!」


二人は同時に地を蹴った。

執行者と暴虐者。己の信条を絶対とする二人の独尊者が、ここに最大の戦火を撒き散らす。


「─────そこまでだ」


次の瞬間、二人は地面に背をつけていた。

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