第百十九話 くだらない現実に見たもの
今から一年前、第一回序列戦を終えたアランは暇していた。
正しくは、退屈していた。
まだ学園に入学してから二ヶ月も経っていない。そんな時期から、アランは早速学園生活に飽きかけていた。
「なぁ師匠……聖装士って意外と弱いんだな」
学園長室にて、ソファに座りながらアランは言った。
部屋奥の事務机では、シリノアが作業しながらアランの話を聞いている。
「どちらかと言えば、お前が強過ぎるだけだ。彼らは別に弱くない。むしろお前の学年は、学園の歴史上でも優秀な生徒が多い代なのだが……山奥で私の修行を受け続けた弊害か」
入学前まで、アランは世界最強の聖装士であるシリノアと暮らし、シリノアから修行を受けてきた。
そのため、アランにはこんな思い込みがあった。
──聖装士は全員、シリノアのように強く、自分では歯が立たない存在なのではないかと。
シリノア以外の聖装士を知らなかったアランにとっては、無理も無い思い込みだ。
しかし、現実は全く違った。入学して以降、アランは文武共に誰かに負けたことがなかった。この前の第一回序列戦を除けば、危機を感じたことすらない。
その第一回序列戦ですら、最終的には圧勝してしまった。
シリノアからの修行と教育を四年間、一日も欠かさず、起床直後から寝る直前まで受けてきたアランの実力は、天才と謳われる聖装士ですら、遠く及ばない次元にあった。アランは気付かぬ内に、世界屈指と呼べる実力を手にしていたのだ。
聖装士という存在を過大評価していたアランは、現実と思い込みの落差から思ってしまった。
聖装士もこの学園も、この程度のものなのか、と。
「勉学は学べる範囲が広くて面白いけど、大体の事は知り尽くしてるし……実技もレベル低すぎてつまらない」
「だから退屈になった、というわけか」
シリノアはアランが学園で良い成績を出せるくらいの実力者に育てたつもりでいたが、ここまでは予想していなかった。
今までアランを自分以外の聖装士と関わらせたことがなかったので、ここまでアランが戦えるようになっていた事に気付けなかった。師弟揃って、聖装士の実力の相場を分かっていなかったのだ。
(これは予想外だな。この子なら、学園に飽きて自主退学しかねない。周りの生徒も、異質なアランからやや距離を置いている。それでは『本来の目的』が……)
内心で悩むシリノアに、アランは尋ねた。
「……改めて聞くけどさ。なんで俺を学園に入学させたんだ?ここで受けられる教育より、師匠の指南の方がずっと充実してた。友達っていう真新しいものには巡り会えたけど、それ以外にこの学園で得られそうなものは無い。他に出来そうな事があるとするなら、皆の聖装能力を参考に、魔法を開発するくらいだ」
シリノアの教育を比較対象に置けば、この世のほぼ全ての教育は見劣りするはずだ。彼の言葉には、落胆の意がこもっていた。
「お前の気持ちは分かる。それだけの教育を、私はお前に施してきたからな」
「なら他に何か期待できる事があるってことか?」
「ある。私はお前に実力的な成長だけを望んで、ここに入学させたわけではない。むしろ精神的な意味合いが強い。学園という人が大勢いる場は、精神的成長を遂げるには絶好の場だ。それは私一人では用意できなかったものでもある」
この学園では、いくらでも人と関わり、相互に影響を受け、関係を築ける。それはシリノアが唯一、アランに与えられなかったものだ。
「知っての通り、精神的な成長は一朝一夕で遂げられるようなものではない。それだけに、大きな価値がある。いつかはお前も理解できるさ」
「要するに、気長に待てってことかよ」
アランはソファから立ち、何も言わずに学園長室を去った。
納得はしていないたろう。だが仕方がないのだ。
今のアランには、これ以上の事は言えない。
(せっかく学園長という立場に就き、■■を説得してアランを学園に連れてきたんだ。チャンスは在学中の三年間だけ。この機会を逃せば、次は無い。私がどうしようとも、■■はそれを許さないだろう。そうなれば、アランは……)
***
学園長室を出た後、アランは独り廊下を歩いていた。
この日はこれ以上、受ける講義はない。このまま寮の自室に帰るつもりでいた。
近頃のアランは、暇な時はリオと過ごすようになった。友人が一人いるだけでも、退屈な時間はかなり減る。
きっかけはやや特殊なものだったが、彼と交流を深められたのは僥倖だったと言える。
しかし、学園の講義がつまらない事は変わらない。
学びが無い。刺激が無い。
シリノアからの過酷な修行に慣れてしまっただけに、今の生活を温く感じてしまう。
だからこそ、シリノアは言ったのだ。アランに期待しているのは、精神的な成長だと。
今までは出来なかった、多くの人との交流。そこから新たなものを学べと、シリノアは言いたいのだと、アランは考えていた。
『…………』
廊下の生徒たちがアランを見る。彼が行く先にいる生徒は避けるように道を開け、アランの様子を窺っている。
ある者は好奇心を、ある者は嫌悪を、ある者は敬意を、ある者は侮蔑を、ある者は恐怖を、ある者は疑念を。
皆のアランに対する思いは様々だが、共通していることがある。
全員がアランという異端者から、距離を置いていた。
(こんな状況で、どうやって人と関わりゃいいんだよ)
此方から話しかけても、マトモに話し合えないことは分かりきっている。
そもそも、アランは今までシリノア以外の誰とも関わらずに、山奥で暮らしてきた身だ。人間関係を築く能力など、あるはずがない。
ため息を吐きながら、アランは歩き続けた。
本来なら、何事もなく彼は今日という日を終えていただろう。
だが、彼はその光景を見てしまった。
(……なんだ?)
人気が少ない廊下で、四人の生徒を見つけた。
遠目で見る限りでは、彼らが話し合っているように見える。しかし、一人だけ様子がおかしい少女がいる。
彼女は他の三人を、迷惑に思っているような顔をしていた。
(生徒同士のトラブルか。この学園でも、そういう事ってあるんだな)
安易に首を突っ込めば、自分も面倒事に巻き込まれる。好んで面倒な目に遭う気はアランには無い。この場は見なかった事にした方が良い。
彼らを無視して、アランは学園を去ろうとした。だが見てしまったからには、その光景は彼の中に残る。
あの少女の表情が、自分が無視した後の結果が、少なからず彼の脳裏に過ぎる。
「……はぁぁぁ」
再びため息を吐く。
事情は知らない。彼らの名も顔を知らない。
それでも、アランは帰路を辿る足を止めた。
(馬鹿みたいだ……クソ)
知らない内に知らない場所で、知らない誰かが不幸な目に遭っていた。そんな話なら、きっと無視できた。
自分に出来ることなど無いから、可哀想だと思うくらいで、あっさりと諦められた。
だが、自分の手が届く手近な場所で起きている問題を見逃すのは、心に引っかかるものがある。自分に何かを為せる可能性があるだけに。
「アンタら、何してんだ?」
四人の側に立ち、アランは言う。彼らはすぐにアランを見た。
「お前は……アラン・アートノルトか」
「なんだ、知ってんのか」
「良くも悪くも、お前は有名人だからな。そんなお前が俺たちに何の用だ」
「少し話を聞きに来ただけさ。遠目から見てた限り、そこの生徒が困ってるような顔をしてたからな」
アランの視線の先には、紫の短髪の少女がいる。彼女こそ、後にアランの友人となるアシュリー・フォンラッドである。
アシュリー以外の三人は、不服そうな顔をしていた。
「お前には関係無いだろ」
「ああ、関係無いな。でも気になったんだ。だから話を聞かせてほしいんだけど……」
肝心のアシュリーは何も話さない。助けを求める気は無いらしい。
一人の男子生徒が呆れ気味に話し始めた。
「はぁ……そんなに聞きたいなら話してやる。大したことはない。俺たちはコイツと話してた。だが、コイツは口を閉じて、視線を逸らすばかりだ。全く会話にならない。それで停滞してただけだ」
「確かに大した事じゃないな。ちなみに、何を話していたのか、教えてもらっても?」
「……夕飯に誘ってた」
「へぇ、そんな事のために、しつこく会話を試みてたのか。もしかして、その子のこと、実は恋愛的に見てる感じだったり?」
「何言ってやがる!!俺たちがこんな頭脳だけの無口女に惚れる訳ないだろ!!」
「そうかそうか。つまり、お前たちはその子の頭脳にしか興味を示してないと考えて良いんだな?」
「それは……っ!」
墓穴を掘った。今の発言は、彼らの思惑を明かす行為に等しい。
「大体読めた。お前ら、今度ある定期試験の対策のために、その子を利用しようとしたな?お前らの考えでは、その子は頭が良いんだろ。お前たちが固執するくらいに。反対にお前らは勉強不足。このままだと、定期試験で悪い結果を残すことになる。だからその子が真面目に講義を聞いて、書き写した板書や講義内容をまとめたノートをパクって、試験対策をしようと考えたのか」
『………ッ!?』
三人は同時に驚愕を露わにした。
これも入学前まで気付けなかった事だが、アランには人の思考を見透かす力があった。
断片的な情報から、相手の思惑を瞬時に読み解く。必要なら会話で相手を誘導し、情報を引き出す。そのような力が彼には備わっていた。
「くっっっだらねぇな。こんな交渉する暇があるなら、大人しく勉強しろよ。お前らプライド無いのか?」
まさかこんな所で、更にこの学園の聖装士に失望する事になるとは思わなかった。聖装士という存在も程度が知れる。
「おい君、さっさと帰りな。こんな奴らに構う必要は……」
「黙れよ」
アシュリーに帰宅を促すアランに、男子生徒が怒りをぶつける。
「なんだ、図星突かれてキレちゃったか?」
「黙れって言ってんだよ!!」
男子生徒は怒り任せに、アランに殴りかかった。アランは難なく、片手で拳を掴んで止める。
「言わせておけば、好き勝手言いやがって……異端者呼ばわりされて、気を良くしてんじゃねぇだろうな?お前みたいな奴──」
「《透明化》」
瞬間、アランが彼らの視界から消えた。
風魔法で姿を周囲の景色と同化させている。気配までは消せないため、魔力探知から攻撃を当てる事は難しくないが、彼らを動揺させるには十分だ。
「《麻痺電流》」
三人が動揺している隙に、雷魔法で麻痺させた。動けなくなった彼らは、床に手足を付いて倒れた。
「お、前……こん、な……事……」
「敵が目の前にいるのに、ベラベラ喋ってるからこうなるんだよ。安心しろ、その子がここを離れたら治してやる。後で先生にこの件を問題扱いされたくないからな。お前らも同じだろ?」
試験対策のために他人に迷惑をかけ、最後には逆上したところを一瞬で行動不能にさせられた。
当然、彼らはこの痴態と呼ぶべき結果を秘匿したいと考える。
「コイツらは俺が見とくから、君は早く帰るんだ」
再び帰宅を促すが、アシュリーは硬直していた。先程とは別の事で困っている。
アランの思惑がどうあれ、アシュリーは彼に助けられた。まず感謝を伝えるべきだろう。
頭では理解するが、口が動かなかった。
アシュリーは昔から、あまり人と会話せずに生きてきた。不必要に会話する事が、好きでは無かったのだ。
そのため交友関係は皆無に等しく、会話にも慣れがない。咄嗟に感謝を述べる力は無かった。
「……えっ……と……」
無意識にアシュリーは視線を逸らす。
当時のアシュリーは他の生徒と同じく、アランを謎多き異端者として見ていた。アシュリーの中では、あまり関わりたくない部類の人間に入っている。
アシュリーは何か言いたげな顔をしながら、硬直することになってしまった。
この反応が、後に大事件を引き起こすと知らずに。
「………………おい貴様、何をしている」
その時、アランの後方から声がした。




