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聖装士学園の異端者  作者: 綿砂雪
第四章
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第百十八話 いつか握った手

自分がどこで落下しているのか、理解するのは簡単だった。

肌に触れる水飛沫(みずしぶき)と、すぐ(そば)から聞こえる滝の音。アシュリーは今、滝を落ちている。


(まだそれなりに距離があったはずなのに、幻惑の影響!?)


霧のせいで地面までの距離が分からないが、早く落下を止めなければ、地面に打ち付けられて死ぬ。

魔法で落下を止めようとしたアシュリーの右足首に、何かが巻き付いた。

それはツタだった。ツタは凄まじい力で、アシュリーを地面に手繰り寄せる。


「《風刃(ウィンガブレード)浮遊(フロート)》」


風の刃でツタを切り離した。風魔法で落下の勢いを殺し、ゆっくりと着地する。

足元は平坦な岩場だった。おそらく、ここに自分を攻撃した相手がいる。


「《結界(シールド)空間把握(サーチ)》」


体表に結界を展開しながら、気流や温度から周囲の状況を把握する。

自分を囲むように、周囲に何かが点在している。姿までは分からないが、五十体以上はいる。


(ん、霧のせいで敵が見えない……ムカつく)


周囲に鎧を纏う兵を展開する。

盾と槍を装備した重兵士で自身の守りを固め、攻撃用に軽装の兵を顕現させた。


「「フアアァァァァァッ!!」」


蛇のような鳴き声を上げながら、何かが突っ込んできた。

ツタだ。だが今度はただのツタではない。先端に鋭利な牙が生えそろった口がある。アシュリーを喰うつもりだ。


「切り伏せて」


指示に従い、軽装の兵が迎撃に動く。上や横から迫るツタを、兵は的確に切り落とした。

アシュリーの生成物は独自の意識を持って動いている。そのためか、アシュリーは自身の生成物と思考を共有することができる。

魔法で探り当てた敵の位置や攻撃の方向をアシュリーは兵に共有し、兵はその情報から敵を切っていた。


攻撃の波は一度では終わらない。何度も様々な方向からツタが襲いくる。兵は一本も逃すことなく、全ての攻撃を斬り続けた。


(まずは様子見、可能なら倒しきる。多分、アランたちの所に兵が残ってるから、その内、兵がアランたちを連れてきてくれるはず)


何度迎撃しても、ツタの数が減る気配は無い。

単純に群れとして動いているのか、それとも本体がどこかにいるのか。


「「フアアアァァァァァッ!!」」


ツタが奇声を上げながら、口から何かを吐き出した。

吐き出された物は無色だった。この霧の中では、尚更何が起こったか分からない。

故に対応が遅れた。


「っ……!?」


前のめりに体が傾く。突然、体から力が抜けた。


(まさか、毒!?)


直接、攻撃は受けていない。毒を取り込むタイミングがあるとすれば、大気から取り込む可能性しかない。

既に周囲の大気には、毒が蔓延している。屋外なので、何もせずとも大気中の毒は薄まるだろうが、このまま取り込めばどうなるか分からない。


「「ファァァァァァァァァァッ!!」」


策を行使する間を与えず、容赦なく攻撃が続く。

アシュリーは今まで通り、兵に情報を共有して迎撃を任せる。だが兵の攻撃は当たらなかった。

兵の攻撃は全く見当違いの箇所を狙っていた。目の前まで迫ったツタを、寸前で周囲の重兵士が弾き返す。


(外れた?どういうこと?)


何度か試すが、兵の攻撃は空振り続ける。

体が弱っているとは言え、魔法で敵と攻撃の方向は分かっている。しかしアシュリーの情報は間違っていた。

敵が行動を変えたのではない。変わったのはアシュリーだ。

その変化の原因は、取り込まされた毒としか考えられない。


(そうか、毒で感覚を狂わされてたのか)


最初、アシュリーは魔法生物が見せた幻惑の類によって、ここまで連れてこられた。これも似たような現象だ。

相手は感覚を狂わせる手段を持っている。まず、周囲と体内の毒を解決しなければ戦えない。


「任せたよ、皆」


アシュリーは兵との思考の共有を切った。兵たちは独断で動き、ツタを迎撃していく。

彼女の生成物は灰で作られている。内臓も血液も神経も無い生成物には、如何なる状態異常も通じない。

環境が視覚と魔力探知を妨げているため、攻撃の精度はどうしても下がるが、時間稼ぎはできる。


アシュリーの聖装具から灰が飛び出る。灰から体高一メートル程の蛙のような生成物が、五体現れた。

ソレらは大口を開き、凄まじい力で大気を吸引する。蔓延していた毒が次々に取り込まれていく。


「《回復(ヒール)》」


並行してアシュリーは自身を治療した。受けた毒の構成要素を知識から予想し、解毒を試す。ほぼ万全の状態まで回復できた。


(様子見はもういいや。ちょっと試してみよう)


大量の灰が巻き上がる。灰が形成したのは、全長十メートル程の灰色の龍。

龍は口から毒々しい緑色の気体を吐き出した。気体が周囲に蔓延し、周囲を緑で染めた。


「《爆撃(ストライクボム)》」


自衛用の重兵士を残し、他の生成物を全て送還させる。次いで火球を放った。

火球が空気中で爆ぜた瞬間、連鎖して大気が大爆発を起こした。辺りは敵ごと爆発に呑まれていく。


「けほっけほっ……《風波動(ウィンガバースト)》」


煙にむせながら、風魔法で煙を吹き飛ばす。

煙は飛ばせても、エインガナの影響で生まれた霧までは消えない。相変わらず視界は悪いが、《空間把握(サーチ)》によって敵が全滅した事は分かる。


(これで相手がどう動くか……)


「「フアアァァァァァァァッ!!」」


雄叫びが上がる。また先端に口が付いたツタが現れた。

数は今までと同程度だが、ツタの太さが違う。先程のツタの倍は太い。


(終わらないって事は、どこかに本体がいるパターンか)


空間把握(サーチ)》で周囲の温度や気流を探るが、本体がなかなか見つからない。余程遠くにいるのだろう。

霧のせいで姿も見えない。本体の魔力反応を探ろうとしても、魔力濃度が非常に高い大気が探知を妨害する。

環境が悪すぎる。できれば逃げたいが、霧の中では退路は見つからない。


「はぁ……面倒、最悪、ウザすぎる」


定期合宿はまだまだ続く。なるべく余力を残したかったが、中途半端にやって勝てる状況ではない。

ツタが高く振り上げられ、地面を叩く。地面に身を削がれても、何度も止まらず叩き続ける。

アシュリーには、その意図が読めなかった。叩かれる(たび)に地面が揺れ、次第に揺れが強まったところで、ようやく意味を理解する。


「くそっ」


咄嗟に先程の龍を形成しようとするが、間に合わなかった。衝撃に耐えきれなくなった地面が先に崩壊した。

アシュリーが立っていた場所は、岩肌から横に作られた足場だった。さらに下にある足場に向けて落下するアシュリーを、空中でツタが包囲する。

焦りから表情が歪んだ。その瞬間、空から熱線が降り注いだ。


「アシュリー!!」


聞き慣れた声が響く。熱線と共に、上空からアランが降ってきた。

熱線がツタを払い除け、包囲に道を作る。アランはアシュリーに追いつくと、彼女を右腕で抱えた。右手には棒状の何かを握っている。


「アラン!?」


「《電磁着(マグネット)》」


驚くアシュリーに構わず、アランは付近の岩肌に向けて引力を発生させ、接近した。

土魔法で岩肌に横穴を作り、そのまま横穴に滑り込む。再び土魔法で穴を閉じ、横穴の中に身を潜めた。


「はぁ……これでもう追われないはず」


アシュリーを下ろすと、アランは息を吐いた。

この霧の中だ。潜伏した者を見つけるのは難しい。彼らが見つかることは無いだろう。


「アラン、大丈夫?」


「俺は問題ねぇよ。お前は?」


「私も問題無し」


「そりゃ良かった。本当に焦ったぞ、急にいなくなるんだから。俺たちの所に残ってたお前の兵が、ここまで案内してくれたけどよ……何があったんだ?」


「知らない間に幻惑をかけられてた。多分、神経毒の類。それで現状を誤認して進んでたら、滝に落ちた」


「幻惑か……厄介な特性だな。今までも面倒な魔法生物はいたけど、ここから先も、そんな奴らがウジャウジャいると思うと嫌になる」


アランは右手にある棒を眺める。棒の片端からは青い糸が伸びていた。

糸は塞がれた横穴の僅かな隙間を通り、横穴の外へ続いている。


「アラン、それ何?」


「二本セットの魔導器だ。それぞれの棒の片端に糸を生成して、棒同士を繋ぐ。糸は棒に魔力を込め続ける限り、いくらでも生成して伸ばすことができる。一本は俺が今持ってるヤツ、もう一本はリオに持たせてる。だからこの糸は、リオの居場所に続いてる。この糸を辿れば、アイツらの所に戻れるってワケだ」


「そんな魔導器まで持ってたんだ……リオたちはどうしてるの?」


「アイツらは上で待機させてる。お前を追ってきたのは俺だけだ。外の魔法生物が離れたら、アイツらの所に戻ろう」


その場に座り、二人は暫く待機していた。

数分もすれば、先程の魔法生物は二人を諦めて、この場から離れるだろう。


「…………また、助けられたね」


待っている最中に、不意にアシュリーが言った。


「覚えてたのか」


「うん。多分、学園の皆覚えてるはず」


「まぁそうだような。あれのせいで、学園の敷地の半分以上がぶっ壊れたし、インパクトは十分か。にしても、あれからもう一年経ってんのか。時の流れってのは早いな」


彼らとっては懐かしい出来事だ。今の二、三年生の記憶にも強く残っているだろう。学園内で起きた生徒同士のトラブルの中では、史上最大級のものだった。


「あの時と比べりゃ、お前もよく喋るようになったよな」


「私は話すのが苦手なわけじゃない。話す気が起きないだけ。相手さえいれば、よく喋る。そもそも、それを言うならアランだって最初はぼっちだった」


「俺は皆に敬遠されてたからなぁ〜。あの頃、俺に好意的に関わろうとしてきたのはリオくらいだ」


隠れ始めてから三分ほど経った時、二人は立ち上がった?


「そろそろ行こう。魔法で壁登るのは面倒だし、アシュリー、なんか飛べる生成物ないのか?」


「あるけど、ここ滝の近くだし……二人乗りでこの場を進める物は限られる」


アランは土魔法で横穴を塞ぐ壁を取り払う。

次の瞬間、彼らが見たのは、穴の外で豪雨が降る光景だった。


「あと、私の生成物は水に弱い。豪雨の中だともっと弱い。灰が濡れて崩される」


「はぁぁぁぁ……」


アランはとんでもなく大きなため息を吐めた。


「結界を併用すれば行けないか?」


「結界が受ける豪雨の衝撃で、進みが悪くなる。二人乗りができるサイズで飛行可能な生成物は、その衝撃を受けながら安定して飛べるほど硬くない。と言うか、それが出来るなら昨日やってる」


アシュリーの生成物には主に弱点が二つある。

一つは水に弱いこと。二つは灰で作られてるため、身体能力がそこまで高くないこと。特に生成物が巨大になるほど、身体能力は低下しやすい。

飛行できる生成物はアシュリーの手札にあるが、そこそこの飛行能力で豪雨の中を進むのは厳しい。


「つまり、登るしかねぇってか」


「魔法生物に悟られにくいし、丁度いい。アラン、担いで」


「嫌に決まってんだろ。自力で登ってくれ」


「ケチ、あの時は助けてくれたのに」


「アレとコレは無縁の話だ」


リオたちと合流するべく、二人は昨日と同じように雨の中で岩肌を登った。

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