第百十五話 侵食する夢幻
崖を登り切った後、アランたちは第一中継地点に到着した。
第一中継地点にいた教師たちから飲食物を含む物資を受け取ると、休憩所と呼ばれる部屋に入った。
「ひとまず座ろう。休みながら方針会議だ」
休憩所に用意された椅子に座り、集まった。
アランは地図を指差しながら話す。
「まず経由する中継地点についてだ。最初に言ったけど、今回は時短のために一部の中継地点を経由せずにゴールに向かう。ある中継地点から次の中継地点に向かうのにかかる時間は、六時間から七時間ってところだ。これは次の中継地点まで何にも阻まれずストレートに進めた場合だ。状況次第で所要時間は伸びる。むしろストレートに進める方が珍しいだろうな」
「そういう事態を考慮して計算するなら、所要時間は八時間程度。仮に全部の中継地点を通ってゴールまで休憩無しで行ったら、三日はかかる。でも実際は休憩と睡眠を挟みながら行くから、もっと遅れる」
「休憩時間についても考えないといけないのね。考えることが多過ぎじゃ無いかしら」
「そのために俺とアシュリーがいるからな。そこは任せろ。ちゃんと考えてるから」
こんな時のための頭脳派二人である。
「今回の定期合宿では、あまり夜間は外出しない方がいい。霧で周りが見えにくいのに、日の光まで無くなったら、いよいよ何も見えなくなる。地図があっても攻略は難航するはずだ。だからと言って魔法や道具で光を出したら目立っちまう。すぐに魔法生物に気づかれて襲われるだろうな」
入学前まで山で暮らしていたからこそ、アランは夜間の山の危険さを熟知している。夢幻山脈という一般的な山脈より遥かに危険な場所であれば、尚更夜間の外出は控えるべきだ。
「夢幻山脈だと、何時頃に暗くなるんだろうか?山は夜が長いって聞くけど……実際どうなんだい?経験者さん」
「地形と時期から考えて、夜の十九時から朝の五時くらいは暗いと思うぞ。できればその間は中継地点に留まりたい。俺たちが睡眠休憩を取れる時間もその間だ」
夜間に中継地点に留まるなら、ついでに中継地点で睡眠休憩を取ることもできる。安全と心身の回復を考えれば、悪くない時間配分と言える。
「確かに良い計画だけど、それはちょっと長くないか?十九時から五時まで留まってたら、ボクたちの攻略が遅れるぞ」
「そこなんだよなぁ……問題は」
レオンが思ったことは、アランにとっても悩みの種であった。
「安全を考えると留まるべきだけど、十九時から五時はちょっと長過ぎる。中継地点の間を渡る時間が八時間程度だから、移動できる時間が朝五時から夜十九時……ちょっと無茶して出発時刻と到着時刻をズラすことを許容すれば、一日に経由できる中継地点は頑張っても二つ」
「全部の中継地点を経由して、尚且つその時間は留まるとするなら、ゴールに着くのは五日目の早朝ってところかしら……微妙ね」
「ああ、微妙だ。速攻攻略を目指すなら四日目には着きたいからな。だからここまでの情報を踏まえて、休憩時間と中継地点の利用について考える」
話してる間にアランの案は固まっていた。
「中継地点を飛ばした場合、どれだけ時間が短縮できるのかって話だが……仮に第二中継地点を飛ばして、第一中継地点から第三中継地点に向かった場合、トラブルが起きる可能性を考慮しても、所要時間は十三時間くらいだ。本来なら単純計算で十六時間かかることを思えば、なかなかの短縮だ」
「それなら、一日に中継地点三箇所分くらいは進めそう?今はもう昼だし、今日は第二中継地点で留まることになると思うけど。二日目は第五で休んで、三日目は第八で休む。四日目の朝か昼にはゴールに到着ってなるのかな?」
「できそうだけど、出発時刻と到着時刻がさっき言った移動できる時間から少しズレることになりそうだね」
「そこはある程度妥協するしかねぇな。多少時間をズラすとして、朝は四時出発。夜は……遅くとも二十一時には中継地点に到着したい。それ以上遅くなると危険だ。休憩時間も減っちまう。もし夜の到着が間に合いそうになかったら、その時はペースを上げるしかないな」
「過酷なスケジュールね。朝四時に起きて外出なんて、私やったことないわよ」
「私も寝坊する気しかしない。でも先着報酬は欲しいし……一日で中継地点三箇所分進めるように頑張るしかない」
話し合いはそれで終わった。その後三十分ほど休んだ彼らは、第二中継地点を目指して再び山道を歩き出した。
***
第二中継地点までの道のりは、依然として険しいものだった。
出発してから暫くは雨に見舞われた。霧で視界が悪い中、雨の影響でさらに視界と足場が悪化する。そんな状況でも、魔法生物は容赦なく襲ってきた。
魔力探知も視覚も劣悪な状況での戦闘は、予想以上に困難を極めた。
「はぁ……これ、思ったよりしんどいわね。敵はそこまで強くないのに、環境が悪すぎるわ」
「そうだね。アシュリーとアランによる防御、それとフィアラのサポートが無いとマトモに戦えないよ。これじゃあ……」
進み始めて三十分。早くも疲労が溜まり始めた。
身体的にはまだ余裕はある。厳しいのは精神面だ。
いつどこから敵がどんな攻撃を仕掛けてくるか。劣悪な上に山中という慣れない環境で気を張り続けるのは、かなり精神をすり減らす。
山に慣れているアランはまだしも、リオたちには厳しい試練となった。
しばらく経つと、雨が止んだ。
山中は気候が変わりやすい。分単位で変わることも多々ある。早い内に雨が止んだのは僥倖だった。
だが苦難はそれだけで終わらない。
雨が降れば当然、湿度は上がる。山という標高が高く気温が低い環境では、それはすぐに霧になる。
雨が止んでから暫く経った時には、アランたちは更に濃い濃霧に見舞われていた。
「うわ、何も見えない」
「雨の後だからな。霧は増える。でも雨の後に発生した霧はただの霧だ。エインガナの影響で生まれた幻想と違って、ちゃんと物理性がある。ある程度は魔法で除去できるはずだ」
アランたちは魔法で付近の霧を除去しながら進んだ。
視界はそれなりに開けているが、安心して進むには、やや不十分である。
「今、気を付けるべきなのは足場だ。雨の後は地面が濡れてる。水たまりも沢山あるはずだ。うっかり転んだら大騒ぎだ。他にも崩落や地滑りにも注意しないといけない。あと川が氾濫してる可能性もあるな」
「気を付けることが多すぎるな……」
アランが危惧していたことは当たっていた。その全ての被害に彼らは見舞われた。
例えば、傾斜の大きい下り坂で魔法生物に襲われた時は──。
「これで全部片付いたぞ。アシュリー、まだボクらの近くに魔法生物は残ってるか?」
「多分いない……ん?ちょっと待って……これ」
「どうかしたのかい?」
「なんか後ろの方の地面が崩れてるって私の兵が……」
「それ地滑りじゃねぇか!お前ら今すぐ降りるぞ!」
「え!?嘘でしょ!?」
雨で濡れていた地面が戦闘の余波で大きく崩れ、軽い地滑りを起こした時もあった。
他にも見舞われた被害はある。第一中継地点を出発した後は、シリノアが言っていた『夢幻山脈の極めて不安定な環境』による被害を受けるようになった。
「……ちょっと待ってくれ。何か変な感じがしないか?」
平坦な道を歩いていた時、不意にリオが言った
「変なってどんなだよ」
「なんというか、何かが流れる音が聞こえる気が……」
「流れる音?この辺りには川も滝も無いはずだけどな」
不思議に思いながらアランたちは周囲を見る。
そしてすぐに気づいた。
『……は???』
いつの間にか、彼らのすぐ後ろに川があった。幅二十メートルはある大きな川だ。
先程までこんな川は無かった。そこは地面と木々しかなかったはずだ。
川は水位が大きく上がり、氾濫していた。溢れ出した水が地面に高さ一メートルほどの波になって押し寄せている。
「しかも洪水かよ!お前ら逃げるぞ!」
「またぁ!?」
このような事態が移動中は多発した。様々なハプニングによって移動時間が伸びるだけでなく、心身共に疲労が蓄積していく。
安全な場所を見つけた時には軽い休憩も取った。その安全な場所が異変に巻き込まれ、突然崩落したこともあった。
そうして歩いている内に、第一中継地点を出発してから約八時間が経過した。その時には第二中継地点の目の前まで来ていた。
「やっと……ここまで来れたわね。早く休憩したいわ」
「もうそろそろ二十時か。かなり暗くなってきたね。ほとんど周りが見えないよ」
「十分後には第二中継地点に着く。もう一踏ん張りだ。中継地点に着いたら、今日はしっかり休も──」
「ゴォォォォォアァァァァァッ!!」
アランが言い切る前に、目の前に大きな音と共に魔法生物が降り立った。
全長七メートルほどの人型の魔法生物だ。背中には二対の翼、頭からは角が生えている。全身が赤い鱗に覆われていた。
『…………』
一同は沈黙した。
あと少しで到着するという所で魔法生物に阻まれたのだ。心境は当然、穏やかではない。荒みまくっている。
静かにリオとレオンが聖装具を構える。アランは魔法生物に手を翳した。
「《雷撃》」
連続で雷撃を放つ。高速で迫る雷撃を、魔法生物は雄叫びを上げながら強靭な腕で叩き落とした。
アランの雷撃に直撃していながら、全く感電する様子を見せない。電気には耐性があるようだ。
「オォォォォォォォッ!!」
魔法生物がアランたちに突っ込んできた。アランの雷撃を受けながら、強引に直進していく。
だが、
「ゴァァ……ガッ!?」
その足が突然、止まる。魔法生物の背中に水の槍が刺さっていた。
いつの間にかリオが魔法生物の後方に移動している。魔法生物がアランに意識を向けている隙を突いたのだ。
「ぶっ飛べ!《龍権・靭尾》ッ!!」
ストレス発散とばかりに、レオンは斧を薙ぎ払う。彼の後方の空間から現れた龍の尾が薙ぎ払われ、魔法生物を弾き飛ばした。
魔法生物は木々を押し除け、吹き飛ばされる。そこへ追い討ちが疾る。
「─宙を照らせ、一刃の流星よ!極夜一星ッ!─」
フィアラが放った流星の如く輝く一矢が、魔法生物に直撃する。撃たれた魔法生物は今度こそ動かなかくなった。
「……行くか」
ひとしきりストレスを発散したアランたちは、何事もなかったかのように魔法生物のもとを離れる。
それから十分後、彼らは遂に第二中継地点に到着した。




