第百十四話 坂越え、湖を越え、崖を越え
アランたちが登り道に入った後、しばらく起伏のある道が続いていた。
霧の濃さはあまり変わらない。相変わらず歩きにくい山道が続いている。
「さっきから爆発音が聞こえるな。近くで誰か戦ってんのか」
「ここは魔法生物がたくさん居るみたいね。その内、私たちも魔法生物に襲われてもおかしくないけど……アシュリー、何か変化はある?」
「異常は無い。強いて言うなら疲れた」
「それはボクたち全員同じだろ。でもここまで疲れるとは思わなかったな。まだ歩き始めてから一時間くらいしか経ってないのに……」
「山はとにかく歩きにくく、疲れやすいからな。今回は地図があるから大丈夫だろうけど、本来なら遭難のリスクもある。いくら日頃から戦闘訓練を受けてる奴でも、考え無しに進めるほど甘い環境じゃない」
「そう言う割に、君は平気そうだね。正直、僕も足が痛くなってきたところなんだけど。何かコツとかあるのかい?」
「俺は皆より慣れがあるってだけだ。特に意識してることはない」
アランは入学前まで山奥にいたので、山という環境にはとても慣れている。今更、山道に苦しめられることはない。
「どこでそんな経験を培ってきたんだい?君は」
「入学前に色々修行してたんだよ。山は良いぞ〜?色んな危険要素が詰まってるから、すごく修行になる。あと景色が良い」
「確かに修行になるでしょうけど、ここじゃ景色は楽しめないわね……どこもかしこも霧だらけだし」
傾斜地帯に入ってから一時間、降り坂に入った。
傾斜が大きい。地面も少し濡れているので、滑りやすくなっている。
ここで足を滑らせたら、そのまま転がり落ちるだろう。慎重に降りなければならない。
「ここを降りたら、しばらく平坦な道が続く。焦らず降りるぞ。ここちょっと濡れてるから気を付けろよ」
「めんどくさい……いっそソリみたいに滑走できたら良いのに」
「んなモンやったら速攻で木にぶつかるわ」
そうして降り坂に踏み入れる。滑らないよう注意しながら、慎重に坂を降りて行った。
その時だった。
「…………止まって」
降る途中で、アシュリーが全員を制止させた。
「敵か?」
「うん。魔法生物、しかも少なくない。多分囲まれてる」
「なら僕たちも構えよう。レオン」
リオとレオンは聖装具を顕現させる。
リオの手元に現れたのは三叉槍型の聖装具、《海神の矛》。
レオンも大斧型の聖装具、《龍王の大権斧》を構える。
「私が兵で周りを固めて、魔法生物を足止めする。リオとレオンはそこを狙って。私の兵ごと攻撃しても良いから。フィアラは霧があるから難しいと思うけど、できるだけ魔法と聖装能力で援護して。アランは皆の防御を」
「おっけー」
「なるべくやってみるわ」
アランは全員の体表に結界を付与する。フィアラも《星天疾る穹器》を構えた。
アシュリーはさらに多くの兵を呼び出し、周囲の守りを固める。
「皆、なるべく動いちゃダメだよ。足場も悪いから」
アシュリーが言った直後だった。
「アァァァァァァァァァッ!!」
獰猛な雄叫びが響いた。同時に霧から十数体の魔法生物が飛び出てきた。
全長五メートルほどの六本足の魔法生物。二本ある長い尻尾は刃物のような形をしている。
サザンガーレ、そう呼ばれている魔法生物だ。
サザンガーレは多方向からアランたちを攻めに動く。
彼らの周囲にはアシュリーが展開した兵がある。簡単には進めない。兵は片手に持っている盾をかざしながら、もう片方の手にある剣を構える。
安易に近づけば、数に押されて負けるだろう。
サザンガーレは本能的にその事を理解した。その場で飛び上り、上から強靭な二本の尾を振り下ろす。同時に尾が紫炎を纏った。
高熱の刃を兵は盾で受け止める。だが受け止めた瞬間、尾から爆発が起こった。
爆発は盾で防げたが、衝撃で体勢が大きく崩れる。サザンガーレはその隙を見逃さなかった。
隙だらけの兵にサザンガーレが噛み付く。鋭利な牙が並んだサザンガーレの口は、兵の体を鎧ごと噛み千切った。
尾による爆破攻撃と噛み付きを繰り返し、サザンガーレは兵を削っていく。
しかし、アシュリーは焦らない。あくまで彼女の役割は魔法生物の足止めだ。攻撃ではない。
「《龍権・豪拳》ッ!」
レオンの真上の空間から、巨大な腕が現れた。腕は強靭な鱗に覆われている。龍の腕に似たものだ。
ソレは腕を振り下ろし、サザンガーレを巨大な手で叩き潰した。
「まだまだぁ!《龍権・豪拳》!」
その後も腕を振り下ろしては、サザンガーレを攻撃する。
俊敏なサザンガーレを攻撃するのは、本来では容易ではなかっただろう。だがアシュリーの兵に足止めされている今なら、当てるのは難しくない。
「─海よ、彼の悪しき獣に苦刑を!─」
リオは頭上に水で作られた槍を三十本ほど顕現させた。兵に足止めされているサザンガーレに向けて、槍を発射する。
サザンガーレは槍に射抜かれて動けなくなった。そこへ兵がトドメを刺し、絶命させていく。
「それなりに倒した気がするけど。アシュリー、状況はどうだい?」
霧から出てくるサザンガーレを倒し続けた。合計で倒した数は四十体ほど。
リオの問いに、アシュリーは険しい表情を浮かべる。
「まだまだいる。むしろ私たちの戦闘の気配を嗅ぎつけて、もっと集まってきてる……どうするアラン?ここで相手が尽きるのを待つ?」
「それは避けたいな。第一中継地点まで、まだまだ距離がある。ここで時間と余力を浪費したくない。地形も悪いからな……」
話している内に次の魔法生物が現れた。今度はサザンガーレ以外の魔法生物もいる。
彼らの戦闘の気配に気づいた魔法生物が寄ってきている。既に彼らの周辺には、百体を超える魔法生物が集まっていた。
「《龍権・靭尾》ッ!!」
「─海よ、争乱の水禍をここに!─」
「《天王穹・雷帝の咆哮》!!」
リオたちは引き続き迎撃を繰り返す。このまま攻防を続けても、彼らなら勝てる。それだけの戦力がある。
だが少しでも多く余力を残して進みたい彼らにとって、ここで消耗することは避けたい。速攻攻略を目指すためにも、ここで時間はかけたくない。
「決めた。お前ら、ここは逃げるぞ!」
「それは良いけど、どうやって逃げるつもりだ!?」
「ここを滑って降りる!さっきは『木にぶつかるから無し』なんて言ったが、速いのはコレだからな。俺が合図したら一気に降れ!今いる場所から動くなよ!」
声をかけると、アランは魔法を唱える。
「《風域結界・風刃・氷河》」
彼らから傾斜を降る方向に、風の結界が複数重ねて展開される。結界の表面には風の刃が細かく旋回していた。
アランの足元から拡散した氷が地面を覆う。降る方向に向けて、氷で覆われた道ができた。彼らの靴も氷で覆われた。
「これでいける……お前ら、前に出ろ!凍ってる地面をそのまま滑る!」
「え、これで行けるの!?」
「俺が道を作る。障害物は《風刃》と結界で大体防げるだろうけど、足りない分はレオンとアシュリーが魔法で除去してくれ。フィアラは周辺の霧を退けて視界を確保するんだ。リオは魔法生物の警戒と迎撃!行けるか!?」
『問題無し!!』
「じゃあ次の魔法を撃ったら降りるぞ!《灼熱砲火》!」
手近な障害物を熱線で焼き払う。それを合図に彼らは一ヶ所に固まり、氷の道を滑走し始めた。
滑りながらアランは進行方向の地面を氷で覆い、道を繋げる。四人の体勢と速度は結界と風魔法を使って補助した。
進行方向にある木々のほとんどは《風刃》で刻んで吹き飛ばせるが、切れない木や岩もある。その度にレオンとアシュリーが素早く対処した。フィアラが聖装能力で周辺の霧を除去して視界を確保しているので、対処は難しくなかった。
傾斜が急なだけあって、滑走の速度は速い。だがこの速度で滑走を続けても、追ってくる魔法生物はいた。滑った先でも魔法生物に出くわすことも多々ある。そんな時はリオが魔法生物を迎撃した。
五人で道を拓きながら、降りること暫く───。
「……っと、ようやく止まったな」
風魔法と結界によって速度を落とし、アランたちはその場に停止する。
「アシュリー、まだ近くに魔法生物いるか?」
「調べる。ちょっと待って」
アシュリーは兵を呼び出し、状況を確認する。
「…………大丈夫。この辺りにはいないよ」
「ならこっからは歩こう。全員、怪我ないかー?」
「なーし」
「無いよ」
「ボクも無事だ」
「私も」
「よーし、じゃあ進もう。かなりの速度で滑ってきたからな。ほとんど傾斜は降り切ってると思うが……」
地図を取り出し、アランは現在地を確認する。
予想通り、先程の滑走でかなり降りていた。あと二、三分歩けば、また平坦な道が続くだろう。
「あと少しで、また平地に戻れそうだ。さっきの滑走でそれなりに消耗したけど、その分速く降りてこれた。暫くは落ち着いて進んでいいだろ」
その後も彼らは歩き続けた。平坦な道を暫く歩いた後は、大きな湖の水面上を渡った。洞窟の中を進んだりもした。
無論、行く先々で魔法生物に襲われた。時間と場所によって霧の濃度も変換したが、幸運なことに、環境が唐突に変わるような異変は無かった。
そうして歩くこと三時間ほど。遂に彼らはその場所に辿り着く。
「……はぁ、やっとここまで来た。ここを登れば最初の中継地点よね?」
「そうだね。最後の最後に断崖絶壁があるだなんて……これって本当に偶然なのかい?先生たちの悪意を感じるんだけど」
彼らの目の前には、ほぼ垂直と言える断崖絶壁があった。
高さは百メートルほど。ここを登り切れば、数分歩くだけで第一中継地点に着く。
しかし、どう考えても道中で疲弊した生徒に登らせる道ではない。
「十中八九、意図的だろうな。地図で確認した限り、他の中継地点も変な場所に建てられてる。この断崖絶壁も同じだろうな。最後の課題ってヤツだな」
「ボクたちにタダで中継地点を使わせる気は無いってことか」
「先生たち、嫌なこと考えすぎ。定期合宿の時だけ性格がすっごい悪くなってる」
回り道も可能だが、それでは所要時間が増える。最短で第一中継地点に着くためには、ここを登るしかなかった。
「ちょっと岩が脆いね、ここ。掴める場所はあるけど、掴んだら崩れて落ちちゃうかも」
「それは怖いね。ここは《壁翔》で進んだ方が安全なんじゃないかな?」
「だな。早速、《壁翔》で登──」
言いかけた瞬間、雨粒が降り注いだ。
空を暗雲が覆っていた。雨粒は凄まじい勢いで量を増していく。
風も強くなった。近くで雷の音すら聞こえる。
「……《結界》」
静かにアランは全員に結界を付与し、雨を防ぐ。彼らの目には多大な不幸が見てとれた。
「なぁアラン、山ってこんな急に天気が変わったりするものなのか?」
悲しい目でレオンが尋ねる。
「確かに天気は変わりやすい。急に雨が降ることも珍しくない……けど、これはタイミングが悪すぎるな」
「もしかして、これが夢幻山脈の異変?」
「だとしたら悪意ありすぎでしょ」
魔法による壁歩行は風魔法と雷魔法の応用だ。その都合上、悪天候時は魔法が天候に乱され、安定しなくなる。風にバランスも崩されやすいため、悪天候時の使用には向いていない。
今の彼らにある選択肢は二つ。天候が良くなるのを待ってから、《壁翔》で崖を歩いて登るか。悪天候の中で氷魔法を利用し、断崖絶壁をよじ登るか。
アランたちは袖をまくり、岩肌に触れる。
「んじゃ、登るか」
諦めて崖をよじ登った。やはり時間が最優先である。




