第百十三話 奇天烈極まる試練
「……皆、攻略を始めたか」
二年生に続けて三年生も定期合宿に送り出した後、シリノアはため息を吐いていた。
最近はどうにも考え事が多くて疲れてしまう。特に近頃暴れている魔装士集団が悩みの種だ。
リフレイム皇国での事件以降、魔装士が出現したという話は聞いていない。アランが以前言っていたように、暫くは鳴りを潜めるつもりなのかもしれない。
魔装士たちにとって最大の障害であるシリノア、そしてシリノアに次ぐ障害である学園最高戦力者の五人を殺す準備をするために。
アランは言っていた。魔装士たちは暫く準備に徹する。故に自分たちも魔装士たちのアクションに備える時間があると。
今回の定期合宿をここまでハードなものにしたのは、その一貫でもある。元から夢幻山脈は定期合宿の候補地として、教員たちの間で挙げられていたが、流石にハード過ぎると言われていた。
だが魔装士の件がある今、少しでも生徒たちの実力を高めたいと思ったシリノアは、今回の定期合宿を利用して生徒たちに力を付けることにした。
その結果、夢幻山脈での定期合宿が企画された。
(アランはどうなったか……まぁアイツは私と山奥にいたからな。いつもの友人たちと上手く攻略するだろうが、他はどうか)
今回の定期合宿は武力だけで攻略できるものではない。武力と知力、仲間との連携が求められる実践訓練だ。
長期に渡る攻略が必須になった時、どのように攻略の目処を立てるか。そして不安定かつ過酷な環境の中で、どこまで臨機応変に対応できるか。
(励めよ若人たち。これからの未来を担うのは、他でもない君たちなのだから)
シリノアはその場から転移し、近くの中継地点に向かった。
***
生徒たちは全員グループを組み、各々のやり方で進めていた。
作戦を練って攻略に挑む者もいれば、力尽くでどうにかしようとしている者もいる。
だが大多数の生徒が早速、この不安定な環境にぶつかって足を止めている。既に全員がこの定期合宿の恐ろしさの片鱗を味わっていた。
一方、アランたちはというと……。
「……意外と何も起きねぇな」
「そうだね。てっきり魔法生物が常に襲ってきたり、数分ごとに環境が変わるような場所なのかと思ったけど、そうでもないのかな?」
歩いている内に霧が少し薄くなった。アシュリーが聖装能力で展開している兵にも異常は無い。幸運な事に彼らは順調に進めている。
アランは地図を確認しながら進んでいる。配布された結晶の効果で、地図にはアランの現在地を示すマークが付いている。
彼らの歩く速さは時速三キロから四キロ。今のペースで最短ルートで歩き続けると、第一中継地点に到着するまで五時間から六時間はかかるだろう。
地図を見るに、第一中継地点だけはスタート地点から近い場所に配置されているようだ。他の中継地点はもう少し間隔が空いている。
(面倒だな。今は運良く何の異常にも見舞われずに進めてるけど、いつどんな異常が起きるか分からない。この不安要素が精神的に効く。そもそも異常性を抜きにしても山特有の悪環境のせいで思うように進めねぇ……)
アランと同じ悩みを抱えている生徒は既に大勢いる。
山特有の激しい気温差と気圧は疲労の蓄積を促進する。辺りの霧や木々は視界を悪くするので、進みを遅くする上に方向感覚や判断を鈍らせる。
もちろん地面は整備されていない。地面の至る所にある草や木の枝、倒木などが歩く速度を下げる。この場には無いが、少し進めば起伏のある道や岩場などいくらでも出てくる。この上無く歩きにくい環境だ。
さらに、夢幻山脈は極めて不安定な環境と、魔力探知すら妨げる魔力濃度が高い大気で満ちている。魔法生物まで大量にいるのだ。
いくら体力のある生徒たちでも、この山道を進むのは困難だ。心身ともに非常に大きな負担を強いられ続ける事になる。
「……と、早速傾斜のある道が出てきたな」
アランたちは足を止めた。ここから先は登り道になる。
「どうするアラン?このまま進むのかい?」
「迂回はできるが、最短ルートからかなり外れる。一時間は余計に時間をかける事になるだろうな。この先は暫く起伏のある道が続くから、どっちも大変な事に変わりないけど、時間短縮のためには絶対に通った方が良い。皆はどうしたい?」
「僕はこのまま進んで良いと思うよ」
「さんせーい」
「それが最短なら行くしかないわね」
「もちろんボクも賛成だ」
リオたちは迷いなく賛成した。
「よーし、じゃあ早速行こうか」
かくしてアランたちは攻略を続行するのだった。
***
その頃、アランたちより少し先の地点では。
「エレカ、そっち行きましたよ!」
「誘導っすね!了解っす!」
少女がその声に応える。彼女の右手には一本の剣が握られている。
白銀の柄に、装飾が施された青い刃。刃は水晶のような美しい輝きを放っている。
これが彼女の聖装具。名を《忠勇なる雷霆剣》。そして剣を握るこの少女こそ、エレカ・ヴァルパレスである。
「グゥゥァァァァァァァッ!!」
獰猛な雄叫びを上げながら、エレカに四体の魔法生物が近づく。
尻尾を含めば全長四メートルほどの魔法生物だ。体型は狼に似ている。
全身が黒い体毛と硬い皮膚に覆われている他、口には鋭利は牙が生え揃っている。噛みつかれたら、一瞬で肉を食い千切られるだろう。
魔法生物たちは時速百キロ程の高速で接近してくる。だがエレカは焦らず魔法生物を引き付け、地面に剣を突き立てる。
「ちょっと大人しくするっすよ!《結界・氷壁》!」
魔法生物の進行方向に大きな結界が展開される。魔法生物たちは結界に激突して足を止めた。
すぐに迂回しようとするが、それより早くエレカの魔法が発動する。魔法生物たちを囲むように、厚い氷の壁が現れた。壁の表面には青白い電流が迸っている。
行き場を失くした魔法生物たちは動きを止めてしまった。
「リデラちゃん!」
「はい!」
合図に応え、リデラ・アルケミスは持っている杖を魔法生物たちに向ける。
赤い装飾が刻まれた美しい銀の杖だ。先端には円形の枠が付いており、その中に装飾が付いた真紅の宝石がある。太陽を彷彿とさせる外見だ。
《炎天の霊杖》──炎霊と呼ばれる獣型の生成物を使役するリデラの聖装具だ。
「焼き払って!」
滞空していた炎霊たちが動く。嘴から足まで二メートル近くある、炎で形作られた怪鳥だ。
怪鳥たちが口から放った炎球がエレカが、包囲した魔法生物たちを焼き払う。強靭な皮膚と体毛があろうと、炎で炙られ続ければ耐えられない。魔法生物たちは焼かれて絶命した。
(よし、上手くいってる!)
かつての彼女なら、力任せに敵を薙ぎ払っていた。しかし今は違う。その場に合わせた戦法を考え、無駄を減らした戦い方ができるようになった。
今回は長期に及ぶ戦闘が予想される状況だ。彼女の成長が遺憾無く発揮されている。
「ガアアアァァァァァァッ!!」
だが敵はまだ残っている。これまでの攻撃でかなり倒したが、まだ三体の残党がいた。魔法生物たちがリデラに背後から襲いかかる。
リデラは動かなかった。それは敵の接近に反応できていなかった故か、それとも意図的か。
いづれにせよ、彼女が動く必要はない。
「ガ……ヴァ゛…!?」
か細い魔法生物の断末魔が溢れる。先頭にいた魔法生物の首が音もなく切り飛ばされた。
攻撃した者の姿はない。なぜ首が切られているのかも同じく不明。
混乱する魔法生物を再び不可視の攻撃が襲う。また一体が首を切られて絶命した。
「ッ……!?」
最後の一体が怯えて逃げ出そうとする。だが、既に逃げる足は斬られていた。
再び不可視の攻撃が振り下ろされる。的確に首を狙った一撃が、音も無く命を刈り取った。
「うんうん、こんなものかな〜」
悠長な声が虚空から発せられる。突然、その場に一人の少女が現れた。
ナタリア・ヘンリエッテ。彼女の手に握られているのは、彼女の体躯よりも大きな一本の大鎌── 《狂乱の淵鎌》。
黒い柄に、紫色に鈍く光る巨大な刃。鎌全体がゴツゴツとした作りをしている。
「これでオッケーかな?リデラ」
「はい。作戦通りです」
ナタリアは《透明化》と《隠密》という二つの魔法によって、姿と気配を消していた。そうしてリデラとエレカが目立っている間に、密かに魔法生物を倒していた。
「実際どうですか?なるべく消費の少ない戦い方を考えてみましたけど」
「バッチリっす!私はほとんどサポートっすから。まだまだ余裕あるっす!」
「私もコソコソ動いて倒してるだけだからね〜。激しく動く必要が無いから、体力はちゃんと温存できてるよ。退屈ってのが欠点だけど」
「定期合宿の間は我慢してください。今回は早期攻略を目指します。なので時短のために、一部の中継地点は無視して進むことになります。そうなると、私たちは長時間、休憩無しで動くことになる。無駄な消耗は厳禁です」
「あ〜リデラがまたお堅いこと言う」
リデラの論理的な発言に、ナタリアは口先を尖らせた。
「なんですか。文句でもあるんですか」
「文句があるって話じゃないよ。最近のリデラ、難しいことばっかり考えてるな〜って。理屈とか構造を凄く意識するようになった気がする」
「してますよ。基礎的な知識と知恵を身に付けられるよう、努力してるつもりです。力任せに戦うのは未熟者がすること。本当の強者は自分の力はもちろん、敵や環境まで最大限に利用して戦う。歓迎試合でアラン先輩にその事実を思い知らされましたから」
「確かに師匠はいつも凄いっすね。師匠の戦い方は本当に見習うところだらけっす」
「だとしても、パイセンはちょっと気持ち悪い所あるけどね〜。あの人はちょっと頭が良すぎだよ。あれはもはや変態だね」
「それは言い過ぎたと思いますけど……でも、アラン先輩のような戦い方を目指してみると、よく分かります。頭脳戦は簡単じゃない。戦闘中に冷静に思考できるだけの精神力。戦況を理解して、情報を活かすための知識と知恵。どんな状況でも臨機応変に動くための経験……自分より弱い相手なら何とかなりますけど、互角かそれ以上の相手になると、なかなか上手くいきません」
「どこでパイセンはあんな頭脳を培ったのかな?あの人、平民育ちだって言うけど、なんかきな臭いよね〜」
アランは入学前までシリノアと二人暮らししながら、シリノアから修行と教育を徹底的に叩き込まれているが、それを彼女たちが知る由はない。
「頭脳戦抜きにしても、師匠はとんでもない魔法を使えるじゃないっすか。第一回序列戦でも、ロベリア先輩をボコボコにしてましたし」
「あれは確か、調子が良い時だけ出せるパイセンの本気……だっけ?その時だけ戦いにめっちゃ集中できて、強い魔法が使えるってリオ先輩言ってた気がするけど。なんで自力で本気を出せないんだろ。何か体に制限かけてるとか?」
「意外と単純な理由かもしれませんよ。あの人、変な性格してますし。何か着火剤が無いと上手く集中できないからとか、ありそうな話じゃないですか」
無自覚に真実に至るリデラであった。
「と言うか、こんな話は今はいいんですよ。そろそろ先に進みましょう。こうやって話してる間にも、誰かが先を行っているかもしれないんですから」
リデラは先んじて歩き出す。アラン以外の生徒たちも、地道に攻略を進めていた。




