第百十二話 攻略会議
シリノアが二年生の定期合宿の説明を終えてから、約十分後……。
「……やっぱ見えねぇ!何も!」
四方を霧に囲まれた中で、アランは叫んでいた。
アランはリオ、アシュリー、フィアラ、レオンのいつものメンバーでグループを組んでいる。
グループを組むならこのメンバーしか無いと全員が考えていたので、アランたちはシリノアの説明が終わってからすぐにグループを組んで出発していた。
だがその後、彼らは早速問題に直面することになった。
出発地点を離れてすぐに霧が濃くなった。それも視界がほとんど霧に覆われて見えなくなる程である。霧の濃度は時間と場所によって変わるので、今回はただアランたちの運が悪かった。
ならば魔力探知をメインに攻略を進めようかと考えたが、夢幻山脈はそんなセオリー通りの攻略を許すような場所ではない。
夢幻山脈の大気中の魔力濃度は非常に濃い。魔力探知をしようとしても、大気中の濃い魔力のせいで、他の気配が紛れて感じられなくなってしまう。至近距離にいない限り、他者の気配を感じるのは難しい。
「どうするんだアラン。勢いで出てきたけど、これじゃあとても進めないぞ」
「そうだな。あの人の魔導器欲しさに先走ったけど、ここまでとは思わなかったな」
面倒な事になったとばかりに、ため息を吐くアラン。彼も他の生徒と同じく、先着報酬のために速攻攻略を目指していた。
アランは十歳の時からシリノアと暮らしていただけあって、今までに色々な魔導器をシリノアに作ってもらった。だが、だからと言ってこの先着報酬を誰かに譲ることを許せるアランではない。
彼は聖装具を使わない(使えない)聖装士一の異端者だ。戦闘では魔導器を使うことが多々ある。特に強敵との戦いでは、武器型魔導器を使わない事はほとんど無い。
つまりアランにとって魔導器は必需品。シリノアの自作魔導器を貰えると知って、この機会を逃すという考えは微塵も無かった。
「もちろんボクだって学園長の魔導器は欲しいとも。と言うか、この世に大聖者自作の魔導器が貰えると知って食い付かない人なんていないだろ」
「そうね、私も貰えるなら是非貰いたいわ。でもこんな環境だし、焦って突っ走ってどうにかなるものじゃないわよね」
「取り敢えず作戦立ててみる?周り何も見えないけど」
「別に霧の中で話さなくても、風魔法とかで霧を晴らせるんじゃないか?必要なら僕がやるけど」
「それは無理だろうな。肌の感覚や呼吸時の感覚から分かるけど、この霧には物理性が無い。お前らも分かるだろ?触れてるはずなのに、触れてる感覚が無い。これはエインガナの力で生まれた幻想の一つなんだと思う。流石に幻惑の類は普通の魔法ではどうしようもない」
「ならキミの『奥の手』でも無理ということか」
「だな。《原始回帰》と《封印領域解放》は条件をみたしてないから無理。《魔人飾彩》はこういう事には向いてない。『崩剣』と《その名は完全無欠の絶対王者》はイケるだろうけど、こんな所で使いたくないな。デメリットが大きすぎるし、そもそも調子が良くないと絶対に使えない」
「こうして聞くと、君の奥の手は意外と不自由に感じるね。普段の君では使えない、もしくは使えても大きく効果が落ちる魔法ばかりだ」
「当たり前だ。普段の俺じゃあ演算や術式構築を処理し切れないからな。魔法っていう誰でも使える一般的な武器で、お前らの聖装具みたいな超一級品に匹敵する力を再現するには、厳しい条件が課されることは避けられない。安くて陳腐な素材じゃ上流階級の高級品なんて作れないのと同じだ」
厳しい条件設定や超高度な演算、複雑な術式構築など、彼が開発した超常的な魔法には、多くの制限が付いてまわる。
いつもの彼では奥の手はほとんど扱えない、もしくは効果が本来の効果より大きく劣る。
調子が良い時、つまり本気を出せる時以外は、誰もが扱える一般的な魔法で戦うしかないのだ。
「……それより今ので思い出したけど、フィアラ、お前の聖装具ならこの霧晴らせるんじゃないか?お前の聖装能力って幻惑にも効くだろ」
「確かにそうだけど、よく覚えてたわね。エインガナの力に効くか分からないけど、まぁ試してみる価値はあるかしら」
フィアラが手元に顕現させたのは弓型の聖装具──《星天疾る穹器》。
弓は特徴的な構造をしていた。弓の上側が竪琴のようになっており、弦が並んでいる。
全体は青みを帯びた白銀色。淡く輝くその外見はまるで星空を凝縮したようだ。
「《木王穹・回生清穢の命歌》」
フィアラが弦を弾いた瞬間、美しい音色と共に、彼女の周囲に緑色に煌めく波動が拡散した。
波動に触れた霧は掻き消え、フィアラの周囲から消えていく。
「……よし、こんなものかしら」
自分たちの周囲の霧を晴らしたところで、フィアラは手を止めた。これで互いの姿くらいは見えるようになった。
「本当に便利な聖装能力だね。僕の《海神の矛》にも、それくらいの汎用性があったら良いのに」
「汎用性が一番の長所だからね、私の《星天疾る穹器》は。代わりに特化したポイントが少ないから、いつも決定打に欠けるんだけど」
《星天疾る穹器》の聖装能力、それは『異界の星を象徴とした力』を扱う能力だ。
様々な属性攻撃を扱える他にも、回復や防御まで扱える。汎用性の高さが売りの聖装能力である。
「私の聖装能力もずっと展開し続けられるわけじゃないから、ひとまず簡単に方針だけ決めましょう。アランとアシュリーは何か案はある?」
「なんで俺たちに聞くんだ……」
「貴方たちの方が賢いんだから。私たちが考えるより、貴方たちに考えてもらった方が効果的だし効率も良いわ」
「んー」
「そーだなぁ……」
二人は十秒ほど考え、再び口を開く。
「八箇所の中継地点はゴールまでの最短ルート上にあるわけじゃない。むしろ少し逸れた所にある。だから全部の中継地点を通ると、遠回りになるだろうな。先着報酬狙いなら、通る中継地点を厳選して攻略時間を短縮する必要がある。でも今は情報が足りない。夢幻山脈がどんな場所なのか。ルートを厳選するのはそれを理解してからだ。最初はここの環境を観察しながら、一番近くの中継地点を目指して移動しよう。まずは安全確保が最優先だ」
「私もそれでいいと思う。ただここは環境把握が難しい上に、学園長が言ってたみたいに環境が不安定。強い魔法生物もいる。だから私の聖装能力で周りの守りを固める。兵を出すだけなら、大した魔力は消費しないから。私の兵を身代わりにすれば安全確保は十分」
「あとは全員の位置を相互に共有できれば完璧なんだが……流石にそれは無理か。もうちょっと魔導器用意しときゃ良かったな」
「でもここまで揃えば十分だろう。今回は僕とレオンが前線で主戦力となって戦う。アシュリーは皆の安全確保。フィアラとアランはなるべく下がった方が良いと思う。貴重な回復ができるからね。特にアシュリーが攻略の主力に回っている分、僕らの頭でもあるアランは一番自分の身を気にした方が良い」
「私は元から遠距離担当だし、特に変わりないわね」
「ならそれでいこう。アシュリー、兵を出してくれ」
「はいはぁい」
アシュリーの左手に分厚い本型の聖装具が現れる。名は《骸飼いの守墓書》。
灰色の表紙には、黒い模様と解読不能の文字が記されている。本の中のページは若干黄ばんでおり、表紙と同じく解読不能の文字が書かれている。
これらの文字を解読出来るのは、《骸飼いの守墓書》の契約主であるアシュリーだけだ。
「起きて、《不落なる骸騎士》」
本のページが自動的に開かれる。するとページから大量の灰が放出された。
枝のように広がった灰は、彼らの周囲に着弾する。着弾した灰はさらに変形し、軽装の鎧騎士を十数体生成した。
騎士たちは意識があるかのように行動し始めた。一部の騎士はアランたちの先頭に立って歩き、また一部の騎士はアランたちを囲むように散開して守りを固めている。
これが《骸飼いの守墓書》の聖装能力。その力は『本に記録した死者を灰として使役する』能力だ。
彼女の生成するものには、生前の記憶や自己意識が宿っている。そのため彼女の生成物は高度な自律行動が可能だ。他の使役系の聖装能力や魔装能力には無い大きな強みである。
「こっちは準備できたよ。んじゃ、そろそろ行こっか」
「一応言っておくけど、今回はボクとリオがメインなんだから、アランはいつもの癖で前に出たらダメだぞ」
「はいはい、分かってるよ。今回は後ろから観察に徹するさ」
レオンの忠告を受けながら、アランは四人と共に歩き出した。




