第百十話 合宿前夜の晩餐会
その日の夜、アランは友人たちと共に食堂にいた。
理由は単純、夕食を摂るためである。各々注文してきた物を食べているが、中には大食いをしている者もいた。
「「……(もぐもぐ)」」
アラン、そしてその隣に座る紫の短髪と小柄な体格が特徴の少女、アシュリー・フォンラッド。二人は普段の夕食の数倍に当たる量を次々に胃に収めていく。
「今更だけど……アラン、それにアシュリーも。どうしてそんなに食べているんだい?それも定期合宿の前日に」
アランたちの真意を尋ねたのは、学年実力序列第七位である青髪の美形男子、リオ・ロゼデウス。
最近はリフレイム皇国での事件で、単身でリヴァイアサンの足止めをした話が広まったことにより、元からある人気にさらに拍車がかかっている。
「どうせ明日からマトモに食えなくなるだろうから、沢山食べとこっかなーって」
アランは口の中にある物を飲み込み、食事の手を止めて答える。
「隣に同じく(もぐもぐ)」
「いや、いくら定期合宿でも食事くらいはマトモに……と言うかアシュリー、せめて飲み込んでから話しなさい」
「んえ、リオがお母さんみたいなこと言う」
「元からそんなモンだろ。他人の面倒見るの好きじゃん」
「確かに嫌いではないけど、僕は男だぞ。お母さんは無いだろ」
「ならボクは男としても女としてもキミに劣っているってことか?」
あまりにも謎過ぎる観点からキレ始める金髪の少年、レオン・アルバート。周りからチヤホヤされたいという強い願望があり、実際ルックスも性格も良いのだが、言動が終わってるため人気はあまりない。
「急に狂わないでよレオン。そもそも貴方は女じゃないわよ」
冷静に現実を諭す黄緑の長髪をした少女、フィアラ・ミシリス。普段は気品溢れる彼女だが、今は目の前の暴食者たちにやや引いていた。なにせこうして話している内にも皿を一つ平らげているのだから。
「君たちが大食い出来ることも意外だけど、結局なんで大食いなんてしてるんだい?定期合宿でもマトモな食事は出るだろう。宿泊先に着いたらちゃんとご飯は……」
「分かってない。分かってないよリオ。皆、定期合宿を分かってなさすぎる」
大げさに呆れながら言うアシュリー。代わってアランが説明した。
「確かに宿泊先に着けば飯は出るだろうな。だがそもそも、宿泊先に着く保証はあるのか?」
「え……それは定期合宿だし」
「過去にはこんな例もあったらしい。適当な場所に放り出されて、宿泊施設に着くまで過酷な道を辿らされたと。もちろんその間の食事は自力で用意しなくちゃいけない。満足な食事なんて不可能だ」
「そうなる事を危惧して、キミたちは大食いしているのか」
「そぉいうこと。フィアラたちも今のうちに栄養補給しておくべき」
「流石に無理よ。私そんなに食べられないわ。逆になんで貴方たちはそんなに食べられるのよ。いつもそんなに食べないじゃない」
「魔法で内臓を強化して、食べ物の消化速度と栄養の吸収率を上げてる。あとは回復魔法とかで細胞の活性化を促したりとか」
「それだと補給した栄養と強化に費やした栄養と魔力でプラマイゼロになるんじゃないか?」
「魔力操作と魔法の効率が高ければ問題ねぇよ」
「あ〜つまりボクたちには不可能ってことか」
魔法は同じ魔法であっても、使い手の知識と知恵の有無で効果に大きく差が現れる。
属性魔法であれば化学の知識、身体強化や回復魔法なら生物学の知識、他の無属性魔法なら物理学の知識が有用だ。
知識がある者は魔法の応用が上手くなるのはもちろん、干渉できる対象も拡大される。もちろん聖装能力や魔装能力も、知識の有無で効果に差が出ることは多々ある。
アランとアシュリーは共に様々な学問に長けているので、身体に関わる魔法を内臓や神経系、細胞まで付与できる。今回はそれを大食いに応用した。
この二人ほどの知識を持たないリオたちには不可能な芸当である。
「ちなみに君たち、いつまで大食いするつもりだい?」
「満足したら帰るよ。お前たちは先帰って寝ていいぞ。さっきはあんな事を言ったが、アレは実際にあった話だ。今年同じ事が起きても不思議じゃない。もしそうなったら合宿中の食事はもちろん、休息だって満足に取れるか分からないんだ」
「やりたい事はやれる内にやっておけってことね」
「そそ。だから今日は可能な限り休むべきだ」
「そうか。なら食べ終わったらそうするよ」
結局、その日はリオたちと同じタイミングでアランたちも腹を満たし、共に自室に帰ることになった。とんでもない早食いである。
実のところ、アランたちは合宿中の食事について深く心配していなかった。
定期合宿は過酷だが、度が過ぎた訓練は課されない。少なくとも達成できる見込みがある訓練であり、尚且つそれなりの安全確保とサポートが為されている。
ハードな定期合宿になったとしても、本気で命の危機に瀕する馬鹿げた企画は、教師たちも持ってこないと思っていた。
そう、この時までは────。
***
翌日…………。
「えーでは点呼を取ろうと思います。まずリオ!」
「ああ、ここにいるよ」
「次にアシュリー!」
「はーい」
「フィアラ!」
「ちゃんといるわよ」
「えーっと、あと……レオン!」
「おい今の間はなんだ!絶対わざと──」
「さーてうるさい奴は放っておくとして……」
念のために全員が揃っていることを確認してから、アランは言う。
「……やっぱ見えねぇ!何も!」
四方八方どこを見ても、アランの視界には『霧』しか映っていなかった。




