第百八話 地獄の恒例行事
学園の長期休暇が終わってから十八日後……。
「……よし、ひとまずこんな所だろう」
言いながら黒髪の少年は、両手に着けた黒い手袋型魔導器──『虚空の手』に剣を収納する。
アラン・アートノルト。現在二年生であり、その学年実力序列は第二位。
聖装具を使わない聖装士であることに由来する『聖装士一の異端者』という異名と、普段の性格からは考え付かない残虐かつ冷酷な一面を秘めていることに由来する『叡傑の暴虐者』という異名で知られる、かなり変わった聖装士だ。
「良い戦術だった。聖裝能力と魔法を上手く併用できてる。策も悪くない。これだけ出来れば、今度の『第二回序列戦』も問題無いだろ」
「そうですかね。自分では良く分かりませんが……」
アランの対面に立つ金色の長髪の少女──リデラ・アルケミスは自信無さげに応えながら、額の汗を拭う。
二人がいるのは学園内にある施設の一つである、演習場の一室。ここには序列戦で使われる闘技場程ではないが、それなりに広い部屋が沢山用意されている。
学園の実践講義で使われるのが基本だが、学生も利用届けを出せば自由に使うことができる。特に序列戦のような戦闘能力が求められる行事の前になると、多くの学生が利用届けを出すのが恒例だ。
今日のアランはリデラの頼みで、演習場で実践訓練に付き合っていた。今回のように一年生の後輩に実践訓練を頼まれることはアランにとって珍しい事ではないが、中でもリデラは時折アランに訓練を頼んでいた。それだけ自己研鑽に意欲的な少女なのだ。
「自身の変化ってのは意外と他人の方が理解してることもある。俺からすれば、歓迎試合の時よりずっと成長したと思うぞ」
「でも不安です。だって明日から『定期合宿』じゃないですか。入学してから定期合宿について良い話を聞いたことありませんし……先輩の時はどうでしたか?」
「去年の定期合宿か?普通にクソだったぞ」
「そ、そうですか……」
「前期も後期も同じくクソだった。俺たちは必死こいで訓練をこなしてるってのに、先生たちは笑顔で鬼畜なエールを飛ばしてきやがる。多分先生たちは大喜利感覚で合宿の内容を考えてるんだろうな」
「やっぱり良い話が無いじゃないですか……確か合宿の内容って当日に開示されるんですよね?」
「そうだな。内容は合宿の開催場所に着いてから開示される。だから対策は無理だ。まぁその開催場所も当日に到着するまで分からないんだが……少しでも楽な内容になることを祈るしかない」
尤も祈った程度で変わるものなら、苦労などしていないのだが。
「今日のところはこれくらいにしよう。明日からが忙しい。今日はちゃんと休んで体力を残しておく方が賢明だ」
「ですね。今日も訓練ありがとうございました」
そうして二人は解散した。各々学生寮に帰り、明日に向けて備えるのだった。
***
エルデカ王国立聖装士学園には『地獄の恒例行事』として生徒たちの間で恐れられている行事が存在する。
その名は『定期合宿』。生徒たちが学園外で合宿という形式で、教師たちの用意した実践訓練を数日間に渡り行うというものだ。
定期合宿は毎年二回行われる。その内の一回が明日から始まるのだが、定期合宿の経験者である二、三年生の生徒たちのほぼ全員が、ここ数日は憂鬱な雰囲気を醸し出していた。
理由は単純、定期合宿が極めて過酷なものだからだ。
教師たちは毎回、定期合宿の開催場所と実践訓練の内容を変えており、その全てを合宿が始まってから生徒たちへ開示する。
状況としては、生徒たちは何処にあるかも分からない合宿場に連れて行かれ、そこで唐突に過酷な訓練を強いられるといった感じだ。
そのため毎度、異なる場所で異なる訓練を生徒たちは受けるが、例外なく全ての訓練が過酷なものだった。それこそ『地獄』と評されるくらいには。
そんな地獄に自ら嬉々として飛び込んでいく生徒がいるはずなく、多くの生徒が恐怖に震えながら明日という日に備えていた。
***
(あ〜マジだりぃな……)
学生寮の廊下を歩きながら、アランは今日何度目か分からないため息を吐く。アランに限らず、生徒たちは定期合宿が近づくにつれて、確実にため息の回数が増えていた。
アランは他の生徒たちと違い、過酷な訓練には慣れがある。過去にシリノアの修行を受けていたおかげだ。並大抵の訓練では一切音を上げない自信が彼にはあった。実際、彼は学園の実践講義で苦を感じたことはほとんどない。
だが去年からシリノアが学園長に就任したせいか、定期合宿がさらに過酷さを増していると三年生の間で言われている。シリノアが実践訓練の考案に手を加えてしまったのだろう。
その結果、アランがシリノアから受けていた修行と遜色のないレベルで過酷な訓練になってしまった。
(毎回思うけど、先生たちはどっから合宿のネタ出してんだ?どうせ今回の内容も嬉々として考えたんだろうな……ったく、ふざけてやがる)
去年もそうだったが、この時期はどうしてもストレスが溜まる。過酷な定期合宿はもちろん原因の一つにあるが、定期合宿が終わればすぐに『第二回序列戦』が開催される。
第一回序列戦では学年実力序列第八位のロベリア・クロムウェルと戦い、勝利を収めたが、今度は誰が相手になるか。
確実に言えるのは、次の相手はロベリアより学年実力序列が高い生徒だ。序列戦は実技成績や学年実力序列が近い生徒同士で試合が組まれる。そして序列戦を重ねるたびに、学年実力序列は生徒たちの実力をより正確に表すようになる。
故に高順位の生徒は後の序列戦になるほど、より強い生徒と戦う事になるのがほとんどだ。学年実力序列第二位であるアランは過酷な戦いを強いられるだろう。
第二回序列戦で二年生の学年実力序列トップ5こと学園最高戦力者の生徒が相手になってもおかしくない。事実、去年の第二回序列戦でのアランの対戦相手は現在第四位のシエル・グレイシアだった。
学園最高戦力者はエルデカ王国のトップ5の実力者でもある。もしこれが現実になれば、アランは大激闘を強いられる。
つまりアランは過酷な訓練に怯えながら明日の定期合宿に向かい、第二回序列戦の対戦相手発表に怯えながら定期合宿から帰還しなければならないのだ。当然ストレスも溜まる。
(まぁいいか。今日中にやれる事はやっておこう)
このまま自室に帰りたいところだが、アランにはやる事がある。寮の廊下を歩き、知人の部屋を訪れた。
「起きてるか?シエル」
部屋に着くと、ドアをノックして声をかける。
この部屋の主は学年実力序列第四位、シエル・グレイシアだ。シエルはアランと互角の実力と頭脳を持つが、極めて怠惰な性格をしていることで知られている。
魔力の気配から、室内にシエルがいることはすぐに分かった。だがシエルの返事がない。いつものようにベッドで寝ているのだろう。
「はぁ……仕方ねぇか」
アランは『虚空の手』から鍵を取り出した。
これはシエルの部屋の合鍵だ。かなり前に貰っていた。
ドアの鍵を開け、アランは中に入った。
部屋の内装は、一般的な少女の部屋とはかけ離れたものだった。
シエルが聖装能力を利用し、超技術を用いて生成した謎の機械、数字や式が書き並べられた紙、枕や毛布などの寝具の数々が部屋中にあった。
「やっぱり寝てるか……って、なんだこれ」
ベッドではピンクの短髪の少女、もといシエルが爆睡している。彼女は今日もアイマスクを付け、とても快適そうに眠っている。
だからこそ、この異常が目立った。部屋の壁際にも『シエル』が座っていた。
その『シエル』の足元の床には、紙が置かれている。アランはその内容を読んだ。
『私は明日に備えて寝るよ。皇女ちゃんの事はこっちのシエルに頼んでね。頭に斜め四十五度からチョップを入れたらスリープモードから起動するように作ってるよ』
(いやまだ日も暮れ始めてないだろ。なんで『明日の朝まで寝ます』みたいな文書いてんだコイツ)
その場に屈み、壁際の『シエル』を見つめる。
これは本体ではない。本物のシエルはベッドで寝ている方だ。このシエルは彼女が聖装能力で作った、自分そっくりの模造式機械人形である。
(てか、なんでこんな特殊な起こし方が設定されてんだ?ホントにシエルの考える事は分からないな)
試しに機械人形の肩をゆすってみるが、機械人形は全く起きる気配を見せない。
まさか本当に紙に書かれている方法でしか起きないのか。そう思いながら、機械人形の頭に斜め四十五度からチョップを入れると、機械人形は目を開いた。
蒼色の美しい双眸が目に入る。紙に書いてあることは本当だったらしい。
「……ん?アラッチ?」
「そうだ。本当にどこまでもシエルに似た反応だな」
「当たり前だよぉう。私はオリジナルの思考をそのまぁま引き継いでるぅからぁね。聖装能力だって使えるんだよぉ?まぁ最大でオリジナルの二割くらいの力しかぁ出せないけぇど」
機械人形は眠そうに目をこすりながら立ち上がった。
「それで、要件は皇女ちゃんの事かぁな?」
「ああ。いつも頼っちまって悪いな」
「いいよぉ。アラッチがここまぁで意欲的になるぅなんて激レアだぁし。私もぉ皇女ちゃんとアラッチの今後ぉに興味があるからぁね」
皇国から帰った後、アランはシエルにリフレイム皇国での出来事を話した。
リフレイム皇国の皇女でありながら非才であるが故に見放された少女、フィーネ・リフレイム。アランは彼女が誰もが認める皇女に成長できるよう、全力でアシストすることを決めた。
そうした理由は今でも分かっていない。こんな行為が自分の性格に合ってないことも分かっているが、それでもアランはフィーネの力になりたいと強く思った。
しかし、そのためにはシエルの協力が必要になる。
フィーネはリフレイム皇国にいる。超遠距離にいる彼女のもとまで毎度転移しなければならない上に、二人の連絡手段にはアランが以前にシエルから貰った魔導器を使っている。
魔法による転移は燃費が悪いので、シエルのように聖装能力で簡単に空間移動ができる者の助力が欲しい。
全体的にシエルに頼らなければならない状況だ。故にアランは『技術研究の協力でも金銭報酬でも出すから力を貸してほしい』とシエルに頼んだ。するとシエルはあっさり要求を引き受けた。
シエルはアランがフィーネを本気で救う選択をしたことに興味を抱いたらしい。アランの残虐な本性を知っている故に、彼の決断が尚更シエルの興味を惹いた。
フィーネとアランが今後どのような道を進むのか。それを見てみたいということで、アランに協力することを決めた。ただし、力を貸す対価として技術研究の協力を受けることにした。
「それじゃ、もう行く?」
「ああ、頼むよ」
「あぁい。明日から定期合宿だってぇのに、よくやぁるねぇ」
「流石に今日は短めに済ませるよ。明日から何が起こるか分からないからな」
機械人形が手を翳すと、彼女の目の前の空間に極小さな立方体の集まりで作られた楕円形の壁が現れた。
機械人形、もといシエルの聖裝能力から作られた空間の接続点。この壁の向こう側は、別の場所に繋がっている。
「よぉし、じゃあ行こっかぁ」
機械人形が接続点の向こう側に姿を消す。次いでアランも接続点を通った。




