第百四話 祝宴の片隅で
皇城での式典が終わってから数時間後。既に日が暮れているが、皇都は未だに大賑わいだった。今は魔導器などによるライトアップにより、皇都の至る所で美しい光景が見られた。
「いや〜リヴァイアサンが復活した時はどうなるかと思ったけど、ちゃんと海礼祭できて良かった良かった」
「ホントにその通りよ。と言うかやっぱり貴方隠してたのね。何となくそんな気はしてたけど、とんでもない事件の解決を任されてたじゃない」
「それでよく私たちと遊ぼうと思ったね……国王様の命令を堂々と放置する度胸は尊敬する」
「仕方ないだろー皆が遊んでる中、俺だけ仕事なんて悲しすぎるし」
アランもリオ、アシュリー、フィアラ、レオンと共に海礼祭を巡っていた。本来なら皇城での式典が終わった後も業務があったが、アリシアを半ば強引に説得して自由時間をもぎ取り、リオたちと共に皇都に出たのだ。
「てかリオも無茶な真似したよな。アリシアかなりお前のこと心配してたぞ。『危なくなったら逃げろって命令したのに死にかけてたから』って」
「それに関しては申し訳ないとしか言えない。なるべく安全は考慮していたつもりだったけど、気付いた時にはもうやられていたからね。僕がリヴァイアサンを止められていたのは、リヴァイアサンがそれまで僕を敵と見なしていなかっただけだ。本来なら僕なんて一秒も経たずに殺されてる。やっぱり分不相応な真似はするものじゃないね」
リオにとって、昨晩の戦いはショックの残るものだった。絶対に勝てないと分かっていたが、自身の生殺与奪を含む全てが、相手の掌の上という絶望感は耐え難いものだ。当分は格上とは戦いたくないとリオは思う。
「……で、お前はさっきから何やってんだよレオン。良い加減前向いて歩いたらどうだ?」
横で項垂れながら歩いているレオンにアランが言う。レオンは唸るように答えた。
「君ともあろうものが分からないのか?ボクがどうして項垂れているのか」
「いや予想できるけどよ。これを言うのは少し憚られるというか何と言うか」
「ボクがこの空気感に耐えかねている事が伝わらないか!?」
「自分で言っちゃうのね……」
呆れるアランたちにレオンは言葉を捲し立てる。
「感じないか!?この雰囲気を!この圧迫感を!今の皇都には大勢のカップルがいる!こんなビックイベントだから当然と言えば当然だが、ここまでとは思わなかった。この空気感は耐え難い!カップルが溢れているこの環境に於いて非リア充であるボクは異端、いや異分子だ!まるで迫害を受けているような気分だよ!」
「レオン止まれ。それ以上はいけない──」
「大体どうしてこんなにもボクは運が無いんだ!ボクはモテたい!人気が欲しい!無論、自分の欲求の水準が高いことは自覚してる。それでもボクはモテたい!理由なんてどうでもいい。他人から認められ、好感を持たれたいと思うのは人間として、いや知的生命体として当然の思考だ!」
「待てレオ──」
「だが現実はどうだ!?ボクは全くモテない!外見も実力も勉学も何もかも、全てに於いて出来る限りの努力はしてきた!だがモテない!何がいけないのか毎日考えているというのに進歩した試しがない!さらに世界は今日という過酷をボクに強いてきた!一体どこまでボクは不幸に見舞われたらいいんだ!」
「いや海礼祭に来たのは君が決め──」
「こうなったらもうやるしかないだろう!?やるしかないんだ!この嫉妬と怒りに任せてこの世の全てを──」
「《麻痺電流》」
「アバババババババババババババババババッ」
狂気に飲まれようとしていたレオンをアシュリーが魔法で感電させた。体が痺れたことで、ようやくレオンは理性を取り戻した。
「よぉし、止まった」
「いや止ま……ったじゃ、ない……だ、ろ……動……けないん、だが」
「レオンが黙らないのがいけない。それにあのままだとレオンは人ではない何かになるところだった」
「いやもう半分以上人間辞めてただろアレは」
「じゃあ私は涙を流しながら怪物に成りかけている友達にトドメを刺す悲しい英雄」
「まだ生きてるわよ。勝手に殺しちゃダメでしょ」
「なら完全に意識を断つべきだった……」
「悍ましい、ことを……言うん、じゃな……い」
麻痺して体勢を崩しかけているレオンをリオは支える。
「アラン、レオンを治してやってくれ。この場で麻痺したままでいるのは危険だよ」
「まぁそうだな。仕方ないからやってやる」
「なんで、ちょっと……嫌そうなんだ」
アランの治療魔法で回復したレオンは深く息をする。感電から解放された呼吸器官が一気に空気を取り込んでいた。
「次レオンがバケモノに成りかけた時には凍らせてあげるからね」
「しれっと怖いこと言わないでくれ」
などとレオンが恐怖した瞬間だった。
爆発音と共に夜空に光が咲く。空に花火が上がっていた。
「花火……夜のパレードの時間か。これ一時間くらい続くんだっけ?」
「長っ、めちゃくちゃお金と魔力かけてそう」
「その分綺麗な花火ね。さすが皇国一番のお祭り、これは見応え抜群ね」
「これを見てると心が落ち着くな。さっきまで荒んでたのが嘘みたいだ」
「単純な精神構造してんな、お前は」
次々に夜空に花火が上がる。街中の皆が足を止めて空を見上げていた。
夜間だからこそ再現できる光景の数々。皇都がより華々しく彩られていく。
「そう言えば、皆でこんな景色を見るのは初めてだな」
「一人でなら何度か見たことあるけど、確かにそうね。そう思うと感慨深いものがあるわね」
「実際に海礼祭を見届けると、やっぱり守れて良かったなって感じるよ」
言いながらリオは振り返り、
「アランもそう思───」
目にした光景に言葉を止める。
「…………アラン?」
そこにアランの姿はなかった。慌てて周囲を見回すが、やはり彼はいない。
「リオ、どうしたの?」
「アランがいないんだ!さっきまでここにいたのに!」
「え、そんなこと……ってホントだ。アランの魔力も感じない。どっかに行っちゃったみたいだね」
「まさか連れ去られたとか!?」
「この人混みでそれは無いだろ。そもそもアランを連れ去るなんて無理だろ実力的に」
「それもそうね……じゃあ自分から何処かに行ったってことよね」
「いつもそうだけど、ホントに変な事する人だね」
アランが変人であることは今に始まっった事ではないので、全員この状況にそこまで違和感を抱かなかった。
「どうする?探すか?」
「いや、辞めておこう。きっとアランも一人でやりたい事があるんだよ。僕たちはここにいた方がいい」
彼が何をするつもりなのかは気になるが、何も言わずに去ったからには事情があるはずだ。察した彼らは変わらず海礼祭を楽しむことにした。
***
その頃、アランは一人で皇都を歩いていた。途中で気になる出店があれば、寄って二人分の売り物を買い、また歩き出す。
(アイツらはどうしてるか……まぁ急に俺がいなくなっても理解してくれてそうだけど)
次第にアランの周りから人気が減る。彼の向かう先にある物が明確になってきた。
それは皇城。アランは皇城に向かい、フィーネに会おうとしていた。
元々、アランはアリシアの護衛として学園の八日間の長期休暇中に、リフレイム皇国の事件を解決しに来ていた。
休暇の一日目でリフレイム皇国に到着。二日目は情報収集。三日目から本格的な調査を始めた。四日目に事件の首謀者との決戦に向けて準備を進め、五日目で夜通しでオルレアとヴァッシュを討伐し、リヴァイアサンを封印した。
六日目である今日は海礼祭当日。アランとアリシアがエルデカ王国に帰るのは明日だ。この国にいられる時間は長くない。
しばらく歩き続け、ようやく皇城に辿り着く。
皇城は外側から見る限りは修復されているが、内側はまだボロボロだ。最低限、城内を歩ける程度の修復しかされていない。今は皇城の修理に携わっている者たちも海礼祭に参加しているので放置されているが、明日からまた城内の修復が始まるだろう。
(……あそこか)
魔力探知でフィーネの居場所を探り当てる。フィーネは自室にいるようだ。
正面入口から皇城に入り、瓦礫まみれの床を歩く。城内では今も皇都の要人たちが行ったり来たりしている。すれ違う度に会釈しながら、アランはフィーネの部屋の近くまで来た。
だが、その時。
「娘に何か用かな?アートノルト殿」
暗い廊下の先から声がした。
フィーネの部屋の近くに立っている者がいた。それはフィーネの父にしてリフレイム皇国の国王、アルシュード・リフレイム。
「……やはり、陛下もここにいらっしゃいましたか」
「流石、予想できていたか」
フィーネに会いに行く前から分かっていた。彼女に会いに行けば、確実にアルシュードに話しかけられることは。今のアルシュードはアランに尋ねたい事があるはずだ。
「ご質問がありましたら、是非お尋ねください。何なりとお答えしましょう」
「そうか、では率直に聞こう。フィーネに何をした?」
予想通りの質問。アランがフィーネに与えた変化はアルシュードも既に実感していた。
「リヴァイアサンが復活した後、フィーネが私の下に駆けつけて来た。最初、私は思っていた。フィーネはいつものように混乱して、何も出来ずに隠れるだけだろうと。だが違った。フィーネは私に堂々と意見をぶつけてきた。あの時のフィーネはまさに覚悟を決めたような様子だった。そしてその通りに、臆する事なく私の前に立ってみせた。緊急時だったとは言え、私にはとても信じられない事だ」
「陛下はその原因が私にあるとお考えなのですか?」
「その通りだ。このタイミングでフィーネが急激に成長する要因があるとするなら、アートノルト殿がアリシア・エルデカ王女しかいない。その場合、アートノルト殿の方がフィーネを変える可能性が高いと判断した。これはほとんど勘だがな。だが其方がここに来たという事は、つまりそういう事なのだろう?」
「はい。フィーネ・リフレイム様を変えたのは私です」
今後のフィーネとの関係を考えれば、ここは堂々と言うしか無かった。
「私はフィーネ様を支えると決めました。才能の有無など関係ありません。フィーネ様を皇族に名を連ねるに相応しい御方に成長させてみせます。私の全てに懸けて誓いましょう」
真摯に心からの決意を伝える。アルシュードは何も言わず聞いていた。
「……陛下はこれからどうするおつもりですか?私をフィーネ様から引き離しますか?」
アランが懸念していたのはそれだ。
フィーネは今まで周りに失望され、見放されていた立場だ。そんな彼女が成長した時、中にはそれを不快に思う者もいる。
それはフィーネを見下していた側の人間。彼女が同じ立場に立とうとしている現実を、その者のプライドが許すかという問題だ。
アランはアルシュード・リフレイムという人間をほとんど知らない。故にアルシュードが自己の感情を理由に、自分をフィーネから引き離そうとする可能性を捨てきれなかった。
仮にこの関係を反対されたとしても、引き下がるつもりは一切無いが、果たしてどう答えるか。密かに警戒するアランにアルシュードが出した返答は、極めて合理的なものだった。
「そんな真似はしない。むしろ私からアートノルト殿にフィーネの教育を頼みたいほどだ。エルデカ王国の五大最高戦力ともあるアートノルト殿の助力を得られる。これほど有意義な話はない。我が国に優秀な人材が増えるというなら、私は歓迎しよう」
「……ありがたいお言葉です」
安堵する。これは良い方の予想が当たった。
フィーネを非才だからと見放す当たり、アルシュードは結果を重んじる合理主義な人間なのだと思っていた。そして予想通り。アルシュードは良くも悪くも合理主義な人間であった。
常に最良の結果を求める彼は、フィーネの成長をプライドのために否定するような真似はしない。むしろフィーネがより良い人材に育つ機会と考え、肯定的な姿勢を見せた。
「しかし、やはり疑問に思わずにはいられない。何故、アートノルト殿はフィーネを選んだのだ?」
だが合理主義だからこそ理解できないこともある。
非才を無理に育てる必要などない。天才をさらに伸ばす方が何倍も得するはずだ。合理主義に近い思考を持つアランが利益の少ない選択をする理由が、アルシュードには理解できなかった。
「そうですね。正直、私にも分かりません。なぜフィーネ様を助けようと思ったのか」
「ほう。理由も無しに、ここまで躍起になっていたとは。私は断片的な情報でしか其方を知らないが、経験から其方の思考の傾向というのは大まかに予想できる。だからこそ、其方の選択が意外でならない」
「自分でもそう思います。ですが、それで良いと思ったのです。私はフィーネ様の力になりたい。この思いだけは決して揺るがない真実です」
合理性を排した馬鹿げた思考。アラン本人ですらこの考えに至った理由を理解できていないのだ。アルシュードがアランの考えを理解できる道理はない。
「……どうやら、私の手には負えない分野のようだ」
アルシュードは小さく笑うと、アランに背を向けた。
「時間を取らせてすまなかった。是非、我が娘と仲良くしてくれ」
去っていくアルシュードの背を見届けると、アランは息を吐く。
やはり目上とのやり取りは気にする事が多くて面倒だ。そんな事を思いながら、フィーネの部屋の扉をノックした。
「フィーネ、俺だ。入っていいか?」
「良いわよ。少し散らかってるけどね」
ドアを押し開き、室内に入る。
昨夜の戦闘の衝撃のせいだろう。フィーネの部屋は散らかっていた。家具は倒れ、棚に置いてあった物は飛び出して床に散乱している。
その中でフィーネは椅子に座っていた。
「アンタ、ここに一人でいたのか」
「私も出来るなら海礼祭を楽しみわ。でも皇女だから、簡単には街に出られないの。それに今は色々と考えたい気分だから」
アランはテーブル越しにフィーネの対面の椅子に座る。『虚空の手』を取り付け、いくつかの食べ物や飲み物を取り出した。
「何それ?どこで買ってきたの?」
「海礼祭の出店で買った。アンタの分も買ってるから食っていいぞ」
「わざわざ買ってきてくれたのね」
「アンタが皇城から出れないことくらい分かってたからな。どうせなら何か届けてやろうと思ったんだ」
「それはありがたいけど、なら買った物のお代を……」
「いらねぇって。これでも貯金は大量にあるからな。なんなら今回の事件解決の報酬金で二百万セルク以上は増えるし。もちろんリヴァイアサンを封印した分の追加報酬もアリシアたちからぶんどるつもりだ」
「意外とお金にがめついのね」
「金に拘ってるわけじゃないさ。だが多く報酬を請求しておけば、王族連中は安易に俺に仕事を任せられなくなる。つまり俺の仕事が減る」
「それって楽をしたいだけじゃない」
「むしろそれくらいの生活が普通なんだよ。皆が普通に学生生活を過ごしてる中、俺だけあちこちを飛び回って依頼をこなしてる方がおかしいんだ。俺だって同じ学生なのに……」
不満を垂れ流しながらフィーネの分を渡すと、アランは出店で買った自分の物を飲み食いし始めた。それを見て、フィーネも貰った物を食べ始めた。
「んん!美味しいわね、これ。今まで食べたことの無い味だわ」
「ははっ庶民の味も良いモンだろ」
皇女であるが故に、一般人の食事を味わった事がないフィーネにとっては新鮮な味ばかりだった。二人は次々に買ってきた物を食べていく。
「……そういや、一つ聞きたい事があるんだが」
食べている途中、アランが尋ねた。
「俺が魔鎧騎士と戦ってた時、アンタもオルレアと戦ってただろ。あの時のオルレアは魔鎧騎士の制御で手一杯で体はボロボロだった。実際、リヴァイアサンを復活させた直後に過剰負荷で倒れたからな。いくら相手がアンタみたいな戦闘未経験者とは言え、無理に戦おうとするはずがない。何があったんだ?」
アランが魔鎧騎士を皇城に蹴り落した時、フィーネはなぜかオルレアを氷漬けにしていた。
本当は魔鎧騎士を倒した後に聞くつもりだったが、リヴァイアサンが復活したせいで聞けずじまいでいた。
「ああ、それね。そういえば話してなかったわね」
持っていた物をテーブルに置き、改まって言葉を続ける。
「私がオルレアに聞いたことは単純よ。どうして魔装士になったのか、それを尋ねただけ。でもタダで教えてくれるような人じゃないから、ちょっと武力行使で聞かせてもらったわ」
「そんな事があったのか……で、満足な答えは貰えたのか?」
「貰えたわ。この話は貴方にも話しておきたかったの。私の今後に関わることだから」
「……分かった。聞くよ」
歓声から離れ、波音だけが届く部屋の中。
フィーネは語る。裏切りの従者の物語を。




