第百三話 今日という奇跡
魔装士二名の襲撃に加え、海帝龍リヴァイアサンの復活。リフレイム皇国史上最大の大事件の後でも、今日の皇都は朝から活気に満ちていた。
今日は海礼祭の開催日。皇都の通行人の数は普段の倍。道端では多くの店が売り物を出したり、今日限定の商品を販売している。どこもかしこも大賑わいだ。
中でも注目が集まっているのは皇城。昨夜の事件は既に皇都で広まっていた。特にリヴァイアサンの復活は皇都にいる全ての者が認知していた。
故に海礼祭の開催を心配する者はもちろん、リフレイム皇国の存続を危ぶむ者も多くいた。結果的にはそれらの心配は杞憂に終わったが、未だに不安を抱える者は少なくない。
多くの者が朝から不安を抱く中、遂にその時がやって来た。
「まずはおはよう、我が民たちよ。皆、海礼祭を楽しんでくれているようで何よりだ」
皇城のテラス、そして皇都の上空十メートルほどの地点を飛び交う複数の球体状の遠隔通信魔導器から声が響く。
「私はリフレイム皇国の現国王、アルシュード・リフレイム。今日は皆に話すべき事が多くある」
魔導器から空中に映し出された映像は皇城のテラスを映している。そこには一人の男が立っていた。
彼こそリフレイム皇国の国王、アルシュード・リフレイム。皇都の誰もが足を止めて彼の話を聞いていた。
「まずは昨夜の事件について話そう。既に知っている者も多くいると思うが、昨夜、皇城にて魔装士二名による襲撃、そして『十二死天の大厄災』の一柱である海帝龍リヴァイアサンの復活があった。皆、今回の件について心配している事が多くあるだろう。このような事態を引き起こしてしまったことを、今一度ここに謝罪しよう。だが安心してほしい。二名の魔装士は既に捕獲した。リヴァイアサンの封印も完了している。負傷者は少なくないが、死者は一人も出ていない。何一つ欠けることなく、我らは今日を迎える事ができている」
本来は海礼祭の開催すら怪しかった。事件が解決しない可能性、事件からリフレイム皇国に傷跡が残る可能性。皇城では海礼祭を延期するべきという声も少なくなかった。
今日、海礼祭が開催されているのは奇跡に等しい事だ。
「今回の事件はこの国の歴史に於いて類を見ないほどの大事件だった。それでもこの程度の被害に収まっているのは他でもない、この事件の解決に大きく貢献してくれた者たちがいたからだ。彼らがいなければ、今頃この国は滅びていただろう」
アルシュードの後方、テラスの入り口から五人の少年少女が姿を現す。アルシュードは彼らの横へ移った。
「彼らは今回の事件解決に大きく貢献してくれた若き聖裝士たちだ。皆、各々の経緯でエルデカ王国から来ている。右から順に紹介しよう──」
一人目はアリシア・エルデカ。今日はリフレイム皇国によばれた海礼祭の来客として来ているので、華やかなドレスを着ている。学園では見れない王女としての気品に溢れた姿だ。観衆の中にはアリシアの姿に見惚れる者も多くいた。
二人目はアラン・アートノルト。王命を受けて彼もアリシアの護衛として来ているので、今日は清楚なスーツ姿だ。元々アランはシリノアと共に山奥に暮らしていたド田舎出身である。慣れない正装と大舞台に、アランは内心かなりソワソワしていた。
三人目はリオ・ロゼデウス。彼も立派な事件解決の貢献者だ。リオが単身でリヴァイアサンを相手に時間稼ぎをしていなければ、アランたちがリヴァイアサンに勝つことはあり得なかった。
本人は「僕の身には余る名誉だ」と言ってこの場から逃げようとしていたが、アランが「一人だと寂しいから」と言って連れてきた。なおリオに同行していたアシュリーたちは城の中に控えている。
四人目はシエル・グレイシア。彼女は相変わらず眠そうな顔をしている。
シエルはリヴァイアサンを封印した後も働いていた。リフレイムの聖裝士や職人と共に、昨夜の戦闘で大きく破損した皇城を徹夜で直していたのだ。
その甲斐あって、外から見る限りでは城はほとんど修復されている。実際のところ内側はまだ壊滅状態だが、これは今後リフレイムの職人たちが直すだろう。もちろん、この追加業務にシエルはかなり文句を言っていた。
五人目はグレイ・フォーリダント。彼はエルデカ王国の王家直属聖裝士団の現団長の息子だ。こうした大舞台は慣れているので、この場でも堂々と立っている。
ここに来る前、上手く正装を着れないアランをグレイが煽ったことでアランが逆上し、いつもの如くプチ喧嘩が起こっていた。アランに対してのみ大人げない男である。
「──彼らは異国の聖装士でありながら、我らの未来のために命を懸けてくれた英雄たちだ。無論、彼らの他に我が国の聖装士たちや封印魔法士、他にも多くの者が尽力してくれた。故に私がこの国と全ての民を代表し、其方らに、そしてこの国のために戦ってくれた全ての戦士に深く御礼を申し上げよう」
アルシュードは頭を下げ、アランたちに感謝の意を伝えた。
皇都にいる者たちも、拍手や歓声をアランたちに送った。中には感謝の言葉を叫んでいる者もいる。
「…………」
アランは口を開いて呆けていた。
これだけ多くの人々が自分達に深く感謝してくれている。まさか自分がこんな立場に立つ日が来るなど、夢にも思っていなかった。
「凄げぇな、リオ。俺たち、こんなに沢山のものを守ったんだな」
「ああ。これを見ると、命を懸けて良かったと思えるよ」
歓声に包まれる中、彼らは自分が成し遂げた事の大きさを実感していた。
「アリシア・エルデカ王女にはこの後、来賓者として改めて話をしていただく。皆も是非聞いてくれ。そして私からは、今一度この言葉を述べよう」
それは通例の行事であるが、海と共に繁栄してきたリフレイム皇国では最も重要な儀礼だ。
「海は必ずしも恵みを齎すものとは限らない。時に我らに災いを齎すこともある。自然の力に人が滅ぼされた例は少なくない。だが、それ以上に我らは恩恵を受けている。この大地に立ち、海の恵みを受け、我らは今日を迎える事ができている」
人間に限らず、あらゆる生物は自然とは切っても切り離せない仲にある。大地、大気、水、食物など、生物が生きる上で必要な全ての原点と基盤は自然にある。
「私は感謝しよう。そして誓おう。リフレイム皇国の王として、如何なる災いや試練が訪れようとも、この大いなる海が与えてくれた恵みと共に、この国の未来を必ずや遥か彼方まで繋ぐと。故に我が愛すべき民たちよ、どうか大いなる海への感謝を忘れることなく、希望を持って生きてほしい。そしてこの海礼祭を存分に楽しんでくれ」
それが締めの言葉であった。アルシュードはその場から退がり、代わってアリシアが前に出る。
「続いてアリシア・エルデカ王女から来賓の言葉をいただく。皆、是非聞いてくれ」
アリシアは一度テラスの外へ会釈をし、口を開いた。
「リフレイム皇国の皆様、初めまして。私はエルデカ王国の第一王女、アリシア・エルデカと申します。本日はこのような素晴らしい祭典にお呼びしていただけたこと、心より感謝を申し上げます───」
そうして式は続く。海礼祭はさらに盛り上がりを見せ、皇都の誰もが今日という幸福を噛み締める。
絶望を破り、英雄たちが紡いだ未来。人々は今回の事件を次のように呼び、リフレイム皇国にて長く語り継ぐ。
厄災の夜の果てに迎えた希望の朝。すなわち、『来望の夜明け』と。




