766 八耀鏡
薄暗い場所で目が覚めて、わずかに上下動する温かい感触を確認して、アマンは気持ちよくまどろみの続きをむさぼった。
「起きなさいよっ」
スパン! と頭を叩かれて、急激に意識を覚醒されるとアマンは叩いた主を恨めしげに見上げた。
一羽のフクロウだった。
「なんでアンタは試合をサボってシオリの上で寝てるのよ」
「えっ」
しゃべるフクロウのオーヤに言われて、ようやくアマンは地面と思い込んでいた温かい感触の正体を知った。
「ん……」
同時にシオリもうっすらと瞼を開ける。
ふたりは共に黒い棺の中で重なるようにして眠っていたのだ。
アマンはシオリの胸にべったりと頬を押し付けて、気持ち良さげに眠っていたとオーヤに教えられた。
「アンタ、私らが居ない間にシオリに手を出したんじゃ?」
「バッ……んなわけあるかッ! オレはただシオリを起こそうと……」
言い淀みつつ棺から飛び出す際にアマンは内蓋の角に頭をぶつけて悶絶した。
「くぅ……」
「バカね」
寝起き早々のドタバタにシオリの意識も覚醒してきた。
「あ……」
頭を押さえてうずくまるアマンを目で追ったとき、シオリは棺の内蓋に縁に精巧な装飾が施された古い鏡が嵌めこまれていたことに気が付いた。
鏡はシオリの全身を映すほどのサイズがあり、内蓋の幅いっぱいに広がる大きさだ。
「この鏡、なんだか不思議な感じがする」
「鋭いわね。それは八耀鏡といって、大事なメモリーを伝えるのに使えるのよ」
「あ! ひょっとしてオレたちに繰り返し見せたあの夢って」
「別にアンタに見せようとしたんじゃないわよ、バカガエル。アンタ関係ないんだし」
「おまっ……オレだってなァ」
食って掛かるアマンをいなしつつオーヤはシオリに向き直った。
「何があったかは理解したわね?」
シオリの表情が硬くなる。
それでオーヤは察した。
「理由は知らない。でもあれは今となっては遠い昔に現実にあった事よ。どう受け止めるかは好きになさい」
それだけ言ってオーヤはこの薄暗い部屋を出ていった。
「お、おい! 試合はどうなった?」
「勝ったわよ」
そのあとをアマンも追いかけていく。
「ところでジャックはどこだよ」
「どっか行ったわ」
部屋にはシオリひとり残された。
落ち着いて考えてみる。
あれが世界の終わりで、そしてこの亜人世界が始まるのだろうか。
リノは生きていた。
子供もいた。
私がいなくなって何年も経過した後だった。
そこで世界はなくなる。
私がいた時代からほんの数十年で。
そのことを知った。
この世界に来てから二年も経っていない。
本当に、世界って突然に終わるんだ。
悲しい気持ちが押し寄せて、シオリはひとりむせび泣いた。
こうなる事をわかって、オーヤはさっさと出て行ってくれたのだろうか。
オーヤはこの事実をどう思っているのだろうか。
わからないからシオリは泣き続けた。
もう帰る場所はないのだと思い知らされたから。
異世界なんて、来たくなかった――。




