764 ディスインテグレイト
「同じ日を繰り返してるだって? 世界が崩壊した日を?」
世界の崩壊とはもちろんアマンたちのいた亜人世界の事ではない。
それより以前、何万年も前にあった世界、シオリのいた世界の事だ。
それはつまり、レイのいた世界であり、アユミのいた世界でもある。
「ここは夢の世界なんだよ。世界崩壊の日を延々と繰り返す」
「夢……」
アマンは気付き始めていた。
この世界で目覚める前、アマンは棺で眠るシオリを起こそうとした。
あのとき、シオリを捕らえる夢の世界にどうしたわけか、アマンも引き摺り込まれてしまったのかもしれない。
「ここは夢の中だってのか? こんなにもリアルな感触もあるのに?」
「でも夢らしくとても都合のいいことばかりだったでしょ。お金も持っていたし、誰も私たちを不審に思ったりしなかったし」
「……」
そうしているうちにも周囲は昨夜と同様の荒れ模様を見せ始めた。
ビルの高い位置にある看板は落下し、砕けた窓ガラスの破片は風と共に逃げ惑う人々を傷付ける。
大地に亀裂が走り、破裂した下水管からは水柱が上がり、衝突した自動車は炎上した。
原因は見上げたそこにいる。
虚無を思わせる空洞のまなこが何の感情も見せずに地表を睥睨している。
徐々に、徐々に、その距離は縮まってくる。
昨夜と同じであれば、この巨人が大地にキスをしながら地球を抱きしめることで、この世界は崩壊するのだ。
「クソッたれ! 夢でも何でもこのまま受け入れられるかってんだ!」
パシッ!
「ッ!」
アマンはシオリの頬を叩いた。
びっくりするシオリに向かい、アマンは無気力無抵抗な様を非難するよう喚き散らした。
「姫神になれ、シオリ! 奴をぶちのめしてやるんだ」
「でも……」
「奴を倒せばこの夢も終わるはずだ! 今日はオレもいる! お前ひとりじゃないんだ。転身して、オレを空高く連れて飛んでくれ」
懐疑的な眼差しはそのままだったが、シオリは言われたとおりにした。
どこからか取り出した光の神器シャイニング・フォースを握り、
「転身、ブラン・ラ・ピュセル」
姫神となって背中に生えた白い翼を大きく広げた。
「よし、飛べッ」
シオリはアマンの手を掴むと共に暴風の中を飛翔した。
シオリに掴まり、風にあおられながらアマンは炎を試し撃つ。
思い通りに火球を放つことが出来て安堵した。
「オレたちの能力はここでもちゃんと使えるみたいだ」
「うん」
夜闇につつまれた上空はなお風の勢いが強かった。
それだけでなく、まきあげられたゴミや土砂、それに人やペットなど動物の死骸までが行く手を阻んだ。
視界に収まりきらないほどに巨人の顔面が迫るも、そこへと到達できる見込みは薄かった。
「上手く飛べない」
「シオリ! あそこだ! あの高い塔の上へ」
アマンが示したのはスカイツリーの事だ。
東京都墨田区押上にある、高さ六三四メートルある電波塔だ。
ふたりは一般客が上がれる高さ四五〇メートルの天望回廊よりもさらに上、電波送信用のアンテナ設備のある最上部へとどうにか降り立った。
着いたはいいが、あまりに凄まじい風が轟々と猛り、目を開けることも口を開くこともままならない。
しかも少しでも気を抜こうものなら風にあおられ地上まで為すすべなく真っ逆さまだ。
唯一の救いは街の灯も消え、遥かな足元も暗く、視界からは高さに怯えることもないぐらいだ。
もっともそれ以上にどうにもならない恐怖がすぐ頭の上いっぱいに広がっているのだが。
「クッソ! 喰らいやがれ」
ドン、ドン、ドン! とアマンは立て続けに火球を撃ち出すが、炎は巨人に届くはるか以前に暴風でかき消されてしまった。
ならばもっと大技を繰り出そうとするも足場が悪く、周辺の悪天候もあって上手いこと捌くことが出来ない。
なんとか昨日のように風に吹き飛ばされないよう、塔にしがみついているので精いっぱいだ。
「チックショー! テメェ汚ねえぞッ! 正々堂々勝負しろィ」
「熱ッ」
鉄の支柱を掴んでいたシオリが焼けつく痛みに悲鳴を上げた。
掴んでいた手のひらが焼けて赤黒く腫れている。
すると次第にシオリもアマンも身体中の皮膚が焼けつく痛みに襲われ、露出している部分から順にむくみ、皮膚がめくれ、沸騰するほどの熱さと痛みを覚えた。
それは皮膚だけにとどまらなかった。
スカイツリーの鉄塔も急激に錆が浮き始め、腐食するとボロボロと崩れ出したのだ。
「ど、どういうことだ! 奴が近付いてくるにつれて何もかもが崩れ出してく」
シオリもアマンももう立っている事すらできなかった。
足から順にボロボロと、まるで塩の柱が崩れるように、二人とも身体の原形をとどめていられなかったのだ。
スカイツリーも同様で、二人は崩壊する塔と共に奈落の闇へと落ちていった。
分子レベルの崩壊――。
世界は今日も跡形もなく消滅した。




