759 ジャック・ザ・ヴァンパイアハンター
どこからともなく流れてきた煙が濃く立ち込めて、ジャックの姿を覆い隠した。
三匹のライカンスロープは構わずに煙の中へ、灰色の猫を屠りに足を踏み入れる。
しかし煙に触れた皮膚は直ちにただれ、吸い込んだ肺は焼けつく痛みに襲われた。
たまらず煙の中から撤退し、外周をウロウロするしかなくなった。
「魔の者を退ける聖なる煙。さすがはヴァンパイアハンターね」
オーヤと会場中の人々が見守るなかで、徐々に煙が晴れていくと、そこに現れたジャックの姿は変貌していた。
少々くたびれたテンガロンハットはそのままに、くすんだライトブラウンという同じ色の皮製ロングコート、黒のスラックスの腰回りにはいくつもの単筒を留めた鋲打ちのベルトを巻き、唯一、色鮮やかな緋色のスカーフを首にしたヒト型になっていた。
耳だけが猫のそれであるネコマタ族とは違い、頭部は変わらず灰色の毛に黄色の瞳をしたジャックの姿はまぎれもなく、希少とされる幻想種族バステトのそれであった。
「へえ、それが本職のハンターとしてのスタイル?」
「ああ。あとはオレに任せておけ」
両手を肩から背中に回したジャックは二丁のマシンガンを取り出すと颯爽と走り出した。
コートの裾が風にひるがえる。
いや、そうではない。
ピンと立った灰色の猫の尻尾が裾を押し上げているのだった。
走りながら三匹のライカンに向けて右手のハンドガンを連射する。
飛び出たのは短めのダーツだ。
人差し指でトリガーを引くと数十発の矢が速射されるジャック特製のマシンガン・ダーツだ。
よく見れば長めのグリップには弾倉が装着され、同じものをジャックはいくつも腰にぶら下げていた。
鋭いダーツが数十発飛んでいくと、ライカン達は散り散りに跳んでいく。
その中の一匹に的を絞り、着地の予想地点へ左手のマシンガンを連射した。
狙われたのはワーウルフのウッドマンだ。
寸分たがわず着地した直後のウッドマンに何発も矢が命中する。
十本程度だろうか、刺さった矢傷から途端に肉を焼く焦げた匂いと白い煙が立ち込めて、ウッドマンは苦鳴を上げた。
「三日三晩、聖水に浸した矢だ。お前たちにはさぞ激痛だろう」
その通り。
ウッドマンは矢で刺された以上に体内に浸透する聖なる波動によって全身に耐えがたい苦痛を帯びていた。
「グモォッ」
横合いから突進してきたワーボアのゼニスは正面からマシンガン・ダーツの洗礼を受けたがひるまずに突撃を敢行した。
「タフな奴だ」
突進してきた巨体をジャンプしてかわすと、跳びざまに懐から出したビンを投げつけた。
ワーボアに当たり砕けたビンからぶちまけられた聖水を全身に浴びてしまい、ゼニスもまたもだえ苦しみ、地面に倒れのたうちまわった。
「直はよく効くんだ」
ジャックの台詞などゼニスには聞こえていなかった。
「ガァッ」
怒りに任せたワータイガーのウナナによる爪攻撃をひらりとかわすと、ジャックとウナナは正面から向かい合った。
「ネコ科同士、決着をつけるとするか」
「猫が虎に勝てるものかッ」
ウナナが咆哮を上げて襲い掛かった。
ジャックは飛びのいて距離を保とうとするもウナナはそれを許さない。
素早い動きでジャックのあとを追い、距離を詰めると連続で鋭い爪による攻撃を繰り出した。
ジャックはかわしたり、マシンガンで受けたりしていたが、不意を突かれてコートの裾を掴まれると力任せに振り回されて地面に叩きつけられた。
直後に覆いかぶさったウナナの牙で首筋を噛まれる。
「終わったね! ライカンに噛まれた者は獣化が伝染する! お前もあたいらの仲間入りだよッ」
「その心配は無用だ」
ドドドドッッッ!
ワータイガーの身体が跳ね上がった。
地面に押し倒されたジャックがゼロ距離からウナナの腹部にダーツを撃ち込んだのだ。
聖なる気をまとった矢傷にウナナものたうちまわった。
白い煙を噴き上げる傷口を抑えながら断末魔の絶叫を上げ続けたウナナは次第に動きが緩慢になり、そして動かなくなると元のネコマタの姿に戻っていた。
ウッドマンとゼニスも同様だ。
三人とも生命活動が停止していた。
「勝者! 可愛いペットさんチーッィム」
実況の声がこだますると会場も割れんばかりの拍手喝さいが鳴り響いた。
どうやら予想外の激闘に観客も満足がいったようである。
声援に応えながらジャックの姿はまた小さな灰色猫に戻っていった。
オーヤの元へ戻ると意外にも魔女は温かく迎えてくれた。
「ごくろうさま。ところで噛まれたけど、大丈夫なの? ライカンに傷付けられるとウイルスが侵入してその者もライカンになってしまうと聞いたけれど」
「問題ない。オレはヴァンパイアハンターだぞ。とっくに対策済みだ」
「どうやって?」
「オレの血液にも聖水が混じっている。そいつが吸血鬼やライカンの伝染ウィルスを滅却してくれるのさ」
「なるほどね。で、その聖水ってなんなの?」
「もちろん、企業秘密さ」
悠々と退場するジャックのあとをオーヤはしつこく尋ねてみたが、結局教えてはくれないままだった。
そのわけはいたって簡単。
聖水とは教会で祝詞を唱えた水に過ぎず、ジャックはさらにその水に、ニンニクをすりおろしたものを入れて飲んでいるだけなのだ。
「こいつを教えるとほとんどの奴がガッカリするんでな。言うのをやめたんだ」




