758 ライカンスロープ
「冥界への穴が塞がっているだと?」
「この闘技場の真下に穴があったのよ」
白木の杭に右手を貫かれて悶絶しているウッドマンに代わり、ウナナとゼニスがそれぞれジャックとオーヤに武器を振るってきた。
「なんでまたそんな所に闘技場を建てたりしたんだ? 妖精女王は冥界の穴の事を?」
「知ってるでしょうね。なんでも支配下に置きたがりそうだし」
ウナナはジャックの猫パンチに顔を叩かれ、ゼニスは頭の上にとまったフクロウのオーヤにくちばしで何度も頭頂部を突っつかれていた。
「イタタ! ヤメロ、ハゲるッ」
ゼニスの悲鳴を聞いてもオーヤは突っつくのをやめない。
穴が塞がれた腹いせにも思える執拗なついばみ攻撃だ。
「まったく! 穴は塞がれるし、あのバカガエルはいないしッ」
「オレの目的のエリスも行方が知れん! まったく」
「あーッ! イライラさせるッ」
ふたりが同じセリフを吐き捨てた。
信じられないことだが、小さな小さな猫とフクロウが、歴戦の剣闘士二人を相手になんと素手(?) で張り倒してしまった。
敷き詰められた白い砂が煙となって舞うなかに、鎧の戦士とネコマタの剣士が背中から叩きつけられる光景は、なんとも出来の悪いコミックショーにしか見えなかった。
「おいおいおい、なんだこれ」
「いつまで茶番を見せる気だよ」
どうやら観客の中にも白けてきた人々が現れだした。
猫とフクロウに翻弄される剣闘士たちに罵詈雑言を浴びせ始める。
「おっと、よくないな、この雰囲気は」
ジャックは四方の観客席を見上げ苦虫を嚙み潰す。
闘いを見世物にする運営と、それを楽しむ観客。
どちらにも好感を持ってはいないが、この状況は剣闘士チームを追い詰めることにしかならない。
「下手したら殺す以外に終われなくなってしまう」
ジャックの目線の先で三人の剣闘士たちが立ち上がっていた。
先ほどまでの荒々しさはなりを潜め、何を考えているのか静かに横一列に並んで呼吸を整えているようだ。
「あら驚いた」
先に異変に気が付いたのはオーヤだった。
三人の剣闘士たち周辺の空気に色濃い魔素が混じり始めたのを感じ取ったのだ。
同時に三人の身体に変化が生じた。
全身の皮膚からうっすらとした剛毛が生え、耳や牙が突き出し、尻尾が蠢いた。
三人とも目はらんらんと狂喜の輝きを灯している。
「こいつら、ライカンスロープだわ」
獣化種族ライカンスロープとは、ニンゲンや亜人を常態としつつ、特定の獣の身体能力を引き出し、その際に姿を変える変身能力を有した種族である。
亜人世界では通常あまり見られることのない希少種で、どちらかと言えばここより別の次元、魔界の住人に近い存在と言えよう。
目の前の三人は異様な姿に成り代わっていた。
左から狼型のライカンスロープであるワーウルフに変身したウッドマン。
虎型のワータイガーに変身したウナナ。
猪型のワーボア、ゼニス。
「ライカンスロープとはな。オレ的には見過ごせない連中だぜ」
ライカンは場合によっては吸血鬼の支配下に置かれることもある。
吸血鬼を狩ることを生業とするジャックにとって、無視はできない存在なのだ。
「けど思ったより観客が大騒ぎしないのは、周知の事実ということなのでしょうね」
「長いことコロッセオで生き抜いてきた理由はこれだったのか」
やれやれとふたりはため息を吐いた。
どうやら適当にあしらえるレベルの敵ではなかったようだ。
「で、どうする?」
「何が?」
三人の獣人が今度は一斉に襲い掛かってきた。
真っ先に突進してきたのはワーボアのゼニスだ。
重い鎧をまとったまま、信じられない速度で突撃してきたのを左右に跳んでかわした。
猪の巨体は鋼鉄製の壁にぶち当たり、逆に壁の方をひしゃげさせた。
左右に避けたふたりをそれぞれ、ワーウルフとワータイガーが待ち受けていた。
「グォウォッ」
「ガァーッ」
ワータイガーのしなやかな身体が伸び、一条の剣閃が走る。
同時にワータイガーの荒々しい一撃が炸裂する。
空中で身をひねったジャックだが、ワータイガーの剣は浅く胴体を斬りつけてきた。
ワーウルフの攻撃を軽やかに飛んでかわしたオーヤだが、ウッドマンは直角に進行方向を変えて横合いから爪でフクロウの羽根をいくつか引きちぎって見せた。
「どうするんだ、魔女さんよ?」
「だから何がよ」
再び二対三の横一列に並んで向かい合う。
「お前の目的は冥界の穴を通る事だろう。ここでの勝利に意味はない。闘う理由はないんじゃないのか?」
「あらお優しい。私に逃げろと忠告しているわけ?」
「闘う理由がないだろう」
「あなたにはあるわけ? 狩人さん」
ジャックは肩をすくめて見せる。
「オレはフリーランスなんでね。舐められたらおしまいなのさ」
「舐められるのが嫌いなのはあなただけじゃないのよ」
「ほお」
「ふふ」
ふたりしてニヤリとしてみせた。
「お前、フクロウが本来の姿じゃないんだろ? 元には戻れるのか?」
オーヤは首を横に振って否定した。
「残念だけど、もう少しマナを蓄えないとね」
「そうか。なら仕方ない。オレがやろう」
ジャックはオーヤを下がらせ自ら前線に立った。
三匹のライカンスロープが半円状にジャックを包囲する。
「言っておくが、オレはヴァンパイアハンターだ。お前らがライカンスロープと知ったからには放ってはおかねえぜ」
「へえ」
オーヤは素直に感嘆した。
ライカンスロープが変身した時に感じた魔素の集まり。
いまジャックにも同じ流れを感じるのだ。
それもジャックのそれはライカン達のそれを合わせたよりも遥かに多く、濃密に凝縮されている。
「見せてやろう。幻想種族バステトの、ハンターとしての戦いを」




