757 厄介ごと
三人の剣闘士たちのうち、ジャックとオーヤにまっすぐ向かってきたのは大柄な体格のウッドマンひとりだった。
当然だろう。
剣闘士として長いことコロッセオを生き抜いたベテランの格闘士である彼が、猫とフクロウを叩きのめすのに仲間の協力を仰ぐわけがない。
そんな事をすればいい笑い者だし、そうでなくてもこの状況はいい笑い種なのだ。
「動物をいじめるのは性に合わんが、大勢の前で舐められるのはもっと気分が悪いからなッ」
近付いて蹴散らすように思い切り蹴りつける。
丸太のような太い足を驚くほどの速さで振り抜いた。
「厄介ごととは何だ?」
「ん~? まあ……ねぇ」
ウッドマンの蹴りをかわしながらジャックとオーヤは普段と変わらない調子で会話を続けている。
「歯切れが悪いな。隠さなくてもお前が冥界の穴を目指していることは知れているぞ。そうだろ」
「そうよ」
ひょいひょいと攻撃をかわされ続け、ウッドマンの顔が怒りと羞恥で真っ赤になっている。
二匹の小動物に翻弄されている風にしか見えない光景に、会場からも失笑が沸き起こっている。
「おのれ、ちょこまかとッ」
ブオン、と振り回した右フック。
ジャックは避けざまにその腕を経由して頭に跳び乗ってやると尻尾でバシン、とウッドマンの目の辺りを叩いてやった。
軽い目つぶしを受けて涙目を抑えたウッドマンがよろけると、会場からはやんやの囃子声が笑いと共に沸き上がった。
「お前が冥界の穴を通じてマグ王の元へ行こうとしていることは知っている。オレもピエトロ―シュでの出来事は聞かされたからな」
「マグ王に?」
「そうだ。だからこそ、裏切り者の吸血鬼エリスを追ってここまで来たんだ。ここにもあるんだろ? 冥界の穴が」
「そうだけどねぇ」
「だから何が厄介ごとなんだ?」
ジャックとオーヤの一連の会話はウッドマンの攻撃をいなしながら行っていたが、さすがに業を煮やした他の二人、ネコマタの女剣士ウナナと戦斧を振りかざす重戦士ゼニスも加勢して、今や三人の同時攻撃をかわしながらの会話となっていた。
そもそもすばしっこい小動物に一撃を当てるのは至難の業だ。
たいていは襲うフリでもすればそそくさと逃げ出してしまうもので、一撃を加えようなどとは普段は考えに至りにくいものだ。
そんためかウッドマンら三人の攻撃は技と呼べるものではなく、ただ滅多矢鱈に暴力を振りかざそうとしているにすぎなかった。
「やれやれ、少々うっとうしくなってきたな」
「同感ね」
「そろそろ痛い目にも遭わせてやるか」
殴りかかったウッドマンは突然右手のひらに焼けるような痛みを覚えた。
見ると手のひらから甲にかけて、一本の細い白木の杭が貫通していた。
ジャックが口に同様の杭を横向きに咥え様子を窺っている。
「ッ!」
剣闘士たちは驚愕した。
ただの猫が武器を振るったことに慄然としている。
それは観客たちも同様だ。
わずかばかりの静かな時間が訪れた。
その間にジャックは最前の質問を繰り返す。
「だから厄介ごととは何なんだ? 魔女さんよ」
フクロウのオーヤは大きく羽根を広げると思案顔で地面を見つめていた。
「だからね、ここなのよ」
「うん?」
「ここにあるはずの冥界の穴が塞がってるわけ。この闘技場、冥界の穴の真上に建設されてしまったのよ」




