754 ハイ・ケンプファー
「さあBブロック一回戦も最後の試合! まずは当コロッセオでも活躍中の剣闘士チームが登場ダッ」
場内には男ふたり、女ひとり構成のチームが入場した。
三人とも鍛え抜いた肉体を誇示するよう最低限の防具のみを身に着けている。
「対するは我らがアーカムを守護する戦闘怪人の上位版! 魔獣学士バサナ博士推薦ハイ・ケンプファーチームだァッ」
ピースウイングの威勢の良い実況に盛り上がる場内だったが、なんと登場したのは全身をすっぽりとローブで隠し包んだ小柄な人物ひとりだけだった。
「おやあ? ハイ・ケンプファーチームはたったひとりだゾォ! みなさんご存じのように、このハイ・ケンプファーチームは特別招待枠として予選を免除されていまスッ! したがってどのような戦いを見せてくれるのか、今もって謎なのですが、本当にひとりでよろしいのでしょうカッ」
「クソッ、シードのケンプファーどもと聞いてくじ運のなさを嘆いていたが、こうまで舐められると逆に怒りが湧いて来たぜッ」
剣闘士のひとり、片目のボッソンが相手を睨みながら吐き捨てた。
「でもチャンスよ。あたいら剣闘士は勝機と見たら絶対逃さない。ひとりでやるってんならやればいい。こっちは遠慮なく三人でやらせてもらいましょう」
ショートソードにスモールシールドを携えた女剣闘士ソアーがそう言って、もうひとり、筋肉質で長髪の剣闘士ナガチャも無言でうなずいた。
闘技場の中心に四人の戦士が集まる。
「バサナ博士、仕上がり具合はどうなのかね?」
「おお、ホルゥ博士……コホ、コホッ、失礼……ええ、順調ですよ、私の実験体どもはね」
眼下の闘技場とはガラスで隔てられた特別観覧席、そこにいたのはこれから試合に臨むハイ・ケンプファーを造り上げた獣魔学士バサナ博士と、同三博士のひとりであり、リーダー格の魔霊学士ホルゥ博士だ。
年老いたホルゥ博士の方がまだ健康的に見えるほど、がりがりに痩せて頻繁にせき込むバサナ博士は薄気味の悪い容貌をしていた。
話すたびに歯と歯の隙間から吐息がフシューッと漏れ聞こえ、話し声もまた耳障りが悪い。
そんな病的な彼も今日はいつもと違い活力をみなぎらせていた。
「いよいよ始まりましたね、本戦が……コホッ、待ちわびましたよ」
「ひとりしか出ていないようだが」
「フシュシュ……まだ一回戦です。手の内を全てさらけ出したりはしませんよ」
「……そうか、わしも楽しみだったんじゃが。博士の造る魔獣と掛け合わせた新生ケンプファーをのう」
アーカムが誇る戦闘怪人ケンプファーとは、健康な人体に様々な動物の因子を複合させて作る改造人間の事である。
そのケンプファーの生みの親は誰あろう、この老学士ホルゥであるが、彼に追随する形でバサナとカルスダという二人の博士がいる。
現在ホルゥはケンプファーが持ちえない術技を操る力を備えさせようと躍起になっているのだが、バサナは違った。
彼はより強い肉体を持つケンプファーを作ることに精を傾けているのだ。
そして辿り着いた答えが魔獣、モンスターとニンゲンを複合することであった。
クックック、とバサナ博士は含み笑いを漏らす。
「今日戦うのはバジリスクと掛け合わせたハイ・ケンプファーです」
「バジリスク。〈小さな王〉という意味を名の由来とする蛇か。神経を麻痺させる即死級の毒、あるいは邪眼による石化。どちらだね?」
「両方ですよ、クックッ、まあご覧ください」
「ほう、なるほど」
ホルゥ博士が試合に目を移すと剣闘士チームはすでに二人が戦闘不能に陥っていた。
片目の剣闘士ボッソンは剣を振り上げた姿勢のまま石化していた。
表情は驚きと恐怖に満ちたまま、全身が動かぬ石像と化していた。
そのかたわらに女剣闘士ソアーが倒れている。
力なく痙攣し、弛緩した全身から大量の汗とヨダレ、糞尿を垂れ流していた。
そして何とも酷薄なことに、客席からは怪人バジリスクの強さと剣闘士たちの無様な姿に喝采と侮蔑の入り混じった声援が送られていた。
怪人バジリスクはその風貌をさらしていた。
試合前に身に包んでいたローブとフードを脱ぎ捨て、蛇の目と皮、柔らかい関節を不気味に動かしておぞましいステップを踏んでいた。
残った最後の剣闘士ナガチャも動けずにいた。
蛇に睨まれた蛙そのままに、握った剣の柄も汗でじっとりとしている。
足もすくみ一歩も動けない。
何年もこのコロッセオで生き抜いてきたという自信はとっくに崩壊していた。
そんな自分の体たらくが信じられず、どこか他人事のように現状を捕らえだしていた。
そうだ! これも奴の邪眼によるものにちがいない。
バケモノらしくオレの神経をかく乱しているのだ。
そんなナガチャの葛藤など気にも留めず、バジリスクはナガチャにどちらがいいか、と問いただした。
「え?」
「ですから、毒で苦しみながら逝くのと、石化して冷たくなるのと、好きな方を選ばせてあげますよ」
バケモノのくせにいやに丁寧な口調に現実感が遠のく気がして、ナガチャは本気になってどちらが良いか悩んでしまった。
チラリと仲間の女剣闘士を見る。
そして思う。
あのような姿を晒しては逝きたくない。
そして思う。
石化なら、万にひとつも蘇生される可能性があるのではないか。
「せ、石化で……」
言った瞬間、首が飛ばされた。
「とまあ、単純な物理攻撃力もありましてね、わたくし」
怪人バジリスクはナガチャの首を飛ばしたことで赤く染まった自らの手刀をペロリと舐めて笑った。
そして客席に大仰なお辞儀をしてショーの終わりを告げると、ややおくれてハイ・ケンプファーチームの勝利を伝える実況が場内に轟いた。
「まあ小手調べですよ。コホ、コホッ。相手が単に剣闘士程度ではね」
咳込みつつもまんざらでもないという目でバサナ博士はそう言った。
「ふむ。では真価を発揮するのは次戦からじゃな」
「そうですねえ」
「おぬしのチーム、次はあの得体の知れぬ女どもじゃな」
赤、黒、青のスーツを着た顔を見せない女たちだ。
「得体は知れてますよ。奴らはエルフです。それも女王ト=モ自らが作り出した人造エルフ、ホムンクルスですよ」
「なんと、どうやって調べた?」
「そこにいます、わたしのハイ・ケンプファーを使いましてね」
「どこに?」
部屋にはバサナとホルゥの二人しか姿が見えなかった。
「クック、そこです。姿をお見せしろ、インビジブルストーカー」
突如部屋の入口に人影が現れた。
骨に直接薄皮がまとわりついたかのような白くて細い人影だった。
顔はこれまた白い長髪に隠れて一切見えない。
「透明の怪人か」
「姿を隠す魔物インビジブルストーカーと複合させたハイ・ケンプファーです。諜報活動にはうってつけでして」
直前までエルフの女王とハイエルフたちの密談を覗き見していたのだ。
「それでいくつかわかりました。ハイエルフ、要は姫神の因子を植え付けられた人造の姫神だそうで。まあ我々のケンプファーに理論は近いですね」
「姫神で、ケンプファー」
「おやおや、ホルゥ博士。なにかいけないことを思いつきましたね。お顔が笑ってらっしゃる」
「わかるかね。じゃが、サチ様で実験するわけにもいくまい」
「そこでひとつ朗報が、ゴホ、ゴホッ」
咳込んだバサナにホルゥが辛抱強く収まるのを待った。
「失礼しました。実はエルフどもはある者を探しにこの街へ来ているそうでして」
「誰じゃ? もしや」
「ええそうです。少なくとも金姫はこの街に、そして白姫もあるいは」
ホルゥが満面の笑みをたたえた。
面白い実験を思いついたときの彼の悪魔のような笑い顔、見るのは実に久しぶりだ。
「そいつはいい! すぐに見つけ出して捕えてくれるぞいッ」




