753 水
ト=モが試合場へ戻ると、次の試合、Bブロック一回戦第三試合はすでに決しようとしていた。
全身青一色の肌にピタッとしたボディスーツに身を包み、顔もフルフェイスマスクで隠した女がひとり立っていた。
その周りで三人の戦士が溺れていた。
竜の頭部を象った冑に槍を携えた髭面の戦士リクヨウ、大柄な体躯ながら二刀を操る暗殺専門の盗賊トキサダ、筋肉質で大柄な女戦士ミウミック。
冒険者家業を営む者ならば一度は名を聞いたこともあるベテランの冒険者たちが彼らだ。
使い込まれた武具、身のこなし、経験に裏打ちされた自身のみなぎるたたずまい。
試合開始直前まで、会場中の予想はベテラン風情のこの三人の戦士たちに向いていた。
しかし、いざフタを開けてみると勝敗は呆気なかった。
ベテラン三人に対し、相手をしたのはこの青い全身スーツの女ひとりだった。
チームメイトである他の二人、赤いスーツの女と、黒いスーツの女は一切の手出しをしていない。
三人の戦士たちはひとりで出てきた女に対しいきり立ち、一斉攻撃に出た。
しかし彼らの攻撃は青いスーツの女には届かなかった。
突如彼らの顔の周りに無数の水滴が発生すると、瞬く間に一抱えはあるツボがいっぱいに満たされるほどの水量となり、それが彼らの頭部をスッポリと覆ってしまったのだ。
水は重力の倣いに従わず、ゆらゆらと表面を揺らす水球のまま、彼らの頭部を覆い尽くしていた。
見た目にはひっくり返した金魚鉢をかぶったような、または水晶球の中に顔が映りこんでいるような、少し滑稽に見えなくもないが、当の彼らは呼吸が出来ず焦り、もがき苦しんでいる。
水に手を突っ込むことはできる。
だが顔を出すことはできない。
この水による怪異が青いスーツの女によるものであることは明白だった。
そのうち三人は絶望を知ることになる。
貼り付いた水は減ることはなく、むしろ増えているのだ。
彼らが気付いていたかは定かではないが、空気に湿気がある限り、青いスーツの女は水を具象化することが出来るのだ。
水は口を閉ざしていても、まるで生き物のように鼻孔から、耳から侵入してくる。
それを防ぐ手立てはない。
万いち穴を塞いで防いだとしても呼吸はできず窒息死が待っているだけだ。
あっという間に肺まで水がいっぱいになり、彼らは一度も刃を交えることすらできずに溺死した。
「ベテラン冒険者、ラッキークラウドチームあっけなく散ルッ! 勝利したのは謎の美女チームッ」
ピースウイングの実況も場内は盛り上がるどころか騒然としていた。
普段剣闘士同士の戦いに目の肥えた観客たちも、この魔法じみた怪異には声を失うばかりであった。
当然掛け率も反対に多く掛かっていたので失意のため息も多く聞こえた。
そんななかで勝利した青いスーツの女は客席の上の方、一点を見上げてほくそ笑んだ。
その視線の先には最も豪華な観覧席があり、妖精女王ティターニアと、藍姫のサチがそこにいた。
珍しいことに、普段何事にも我関せずな姿勢のサチが腰を浮かせて今の試合を食い入るように見入っていた。
どことなく信じ難いというように、試合の状況を飲み込めない惑いが見えた。
「いかがなされた、藍姫殿?」
ティターニアの呼びかけにサチはゆっくりとこちらを向いた。
惑いは消えていたが、代わりに不機嫌さがにじみ出ていた。
「あたしに似ている」
「似ている? ああ、たしかに水を操りましたね」
「ちがう。そうじゃなくて……」
サチはそれ以上何も言わなかった。
上手く言語化できなかったからだ。
「なんだかあいつ……なんだか……」
はっきりとはしなかったが、まるで自分が戦っている時と似た感触がした。
それがたまらなく落ち着かなかったのだ。
無遠慮に土足で家に上がり込まれたような気分がした。
「あいつ、なんなの……」
ティターニアはこれほど感情の揺らぎを露わにするサチを久しぶりに見た。
それがたまらなくうれしくあった。
「調べておきましょう、藍姫殿」




