752 姫神因子
エルフ族の女王となったト=モは考えた。
姫神を手懐ける必要がある――。
エルフ族の復権のために姫神の力を利用する。
数百年に一度、姫神は世界各地に現れる。
ト=モが女王になった前後、北の地に降り立った白姫がいた。
その姫神は獣神ガトゥリンと相打ちとなったが、そこに新たにハイランドという強国が誕生した。
その世代の姫神は、その白姫、確か名はヒカリといったか、その娘以外に創造主足りえることはなかった。
ト=モは次の世代の姫神出現を待った。
それは長い雌伏の時だった。
六百年が経過し、ようやく次の世代が降臨した。
この日のために密偵として鍛え上げたエルフ族の精鋭たちを各地に派遣した。
今回も姫神はエルフ族の領域には降臨しなかったのだ。
しかし収穫はあった。
優秀なスカウトに育ったナ=シが黒姫を連れて戻ったのだ。
大谷ユウと名乗ったその黒姫は実に変わった姫神であった。
大抵の姫神は異世界より勝手の違うこの亜人世界に迷い込むと混乱し、恐怖し、そして委縮するものだが、ユウはそうではなかった。
最初から自信をみなぎらせ、まったくもって傲岸不遜であった。
ト=モは黒姫が姫神の中で特別であることを調べ上げていた。
どういうわけか黒姫だけは毎回決まった地点に降臨するのである。
それは幻想種族バステトの王、冥界の支配者であるマグ王の居城セヘト・イアルである。
しかしユウはそこから脱け出し、単身で世界を彷徨い、あるいは戦っていたのだ。
ト=モはそんなユウに姫神としてだけでない興味を覚え、親睦を深めていった。
ユウからはいくつか冥界の秘密を聞き出すことが出来た。
中でも興味をそそられたのが七つの炎によって封印された秘宝〈トレジャー・ギア〉に関してだ。
その宝が何のためにあるのかは知れないが、間違いなく世界の根幹を担うモノではあるらしい。
その管理を請け負った見返りとして、マグ王は毎回、黒姫を手元に呼び寄せる権利を得たというのだ。
「誰からそんな権利を得たというのじゃ?」
「決まってるわ。神様よ」
ユウと知り合ったことでト=モの世界を見る目に変化が訪れていた。
エルフの理想郷を構築する目的に変わりはないが、その手段は変化していた。
「この世界は神を自称する者が管理運航している。姫神システムもその一環に過ぎない。真の狙いは姫神が保持する大量のマナにある。それは世界の存続にどうしても欠かすことのできないエネルギーなのだ」
そのことを知ってからト=モの世界を変えようとする視点が変化したのだ。
姫神を利用するのでは、与えられたご褒美にむしゃぶりついているにすぎない。
そうではなく、今のシステムを破壊して、その力の全てを奪い取ってやるのだ。
「新たな姫神システムを生み出す。そのための人造の姫神を用意する。それは異世界から来る小娘などでなく、我らエルフの血族からでなくてはならない」
そうしてト=モの姫神造りが始まった。
そのために必要と思われる知識、技術、神秘を学んだ。
もとより極めていた精霊魔術に加え、黒魔術、呪術、死霊魔術、仙術、符術、自然魔術、回復術、付与魔術、錬金術まで。
またそのために入用となる財を築くため、マラガの盗賊ギルドを支配、手中に収めた。
金の工面だけでなく、使える人材、希少な魔道具、実験材料となるニンゲン、あるいは亜人、モンスターなどをかき集めるのにも役立った。
ト=モの準備が整いだした頃にはその世代の姫神はほぼ見かけなくなっていた。
知己を得、心だけでなく身体においても親睦を深めたあの黒姫ユウとも連絡は途絶えた。
最後に会ったとき、白姫である姉を助けに行くと言っていたのを思い出す。
姉妹で姫神になることもあるのだと、そのときは平凡な感想を持ったのだった。
ユウがト=モにもたらしてくれたのは、知識と意識の変革だけではない。
姫神因子――。
一言で表すならそういう言葉に落ち着くが、要は彼女の細胞、遺伝子に他ならない。
毛髪、皮膚、唾液、汗、血、体液、それと魔力。
手に入れたそれらをとことん調べ、姫神とそれ以外の生物との違いを探した。
結果としてわかった事はそれが全てとは思わぬが、必要なパーツを埋めるには至った。
姫神は常人の数千倍に及ぶ未知のエネルギー体を保持している。
その正体は〈意識の粒子〉とでも表そうか。
思考、感情、心、意識。
それら無形と思われる精神を具象化する力が姫神にはある。
その粒子が大量のマナを放出する。
おそらくどの生物にもその意識の粒子はある。
そしてマナを放出している。
それがあって我々は生きていくエネルギーとしている。
姫神はその数が桁違いなのだ。
先天的なものか、選ばれてから後天的に与えられたのかは定かではない。
大事なのは姫神が姫神である由縁、核となるものを発見したことにあった。
それからはこの姫神因子を持たせた人造ホムンクルスの制作に励んだ。
それが一定の効果を現したのがチェルシーだ。
実験として姫神因子をニンゲンの女以外にも植え付けられるか幾度となく試みた。
結果は振るわなかった。
モンスターはその力を具象化することなく自壊した。
男もまた同様、細胞が耐えられず肉体は崩壊、精神ももたなかった。
そこで既存の生物ではなくホムンクルスで試すとチェルシー=ゼイムスに仄かであるが姫神としての素養が見て取れた。
ハイランドの王宮で白姫シオリと相対した際、パンドゥラの箱という姫神の神器を扱えたのにはそういう理由があった。
しかし成果はあったがその力は微々たるものだ。
そこでようやくエルフ族に因子の適合手術を開始した。
ハイエルフのことだ。
「あーッと、ここで忍者シューエイ倒れる! 勝ったのは天狗族、鬼狩り士チームの二回戦進出決定」
会場から試合終了を告げるアナウンスが聞こえる。
どうやら第二試合の決着がついたようだ。
「どれ。次はわらわの娘たちの出番か」
ト=モは会場に向かい歩き出した。
次の試合はハイエルフの三人、赤と青と黒の三人だ。
「戦闘力を測るのにもこの大闘技会は絶好よの。特に新造の紅姫因子は気になるところじゃ。ナ=シ」
「は、ここに」
声を掛けると暗がりから軽装のエルフが姿を現した。
「あの娘らの監視を続けよ。何かあれば逐次報告せい」
「はっ」
エルフの密偵が姿を消すと、ト=モもまたその場を立ち去った。
充分な間が過ぎた後、さらにもうひとつの隠れた気配がこの場を離れたことを、誰も知らない。




