492 自由騎士タイランその25 聞きたいこと
冷たい空気を和らげようと太陽の光が地平の彼方からまろび出る。
遠目に見渡す大小多くの黒い塊がはっきりと浮遊石として視覚化されていく。
剣のような峰が立ち並ぶ人跡未踏の地に庵を構え、自然界の法則を無視した不思議な薬草園の主にもその光は届いていた。
ラクス・シャルキーの踊り子が着るベラに似た衣装を着ていた。
胸部分を覆うブラと腰から下に履くハーレムパンツは色鮮やかな赤に金糸で細かな刺繍が施されている。
緩やかな長めの金髪は、朝の光の中ではほのかな桜色に見えて、頭部を覆う白いベールが春の風のように見えてしまう。
同様に風のような色をしたサッシュベルト、両腕両足首には金の飾りが輝き、遠目には光の中に淡い桜の木が立っているようにも見えた。
昼間には砂漠の熱がこの場所にまで届くとはいえ、今この冷気の外で平気でいられる格好ではない。
だが彼女の吐息はどこにも白いモヤを生み出さず、彼女の健康的な小麦色の肌もその寒さを示す表現を一切出さなかった。
女は腰に手を当て少し前のめりになり陽の差す浮遊石の彼方を眺める。
「五日目の朝。やはり荷が勝ちすぎたかな」
この庵の主で薬師であるサクラと名乗った女だった。
感情の見えない冷めた目線を飛ばすと、踵を返し庵へと戻ろうとする。
その足元にドサッ、と一抱えはありそうな荷物の入った革袋が放り出された。
革袋に目を止め目線を上に飛ばす。
庵の屋根に全身赤い出で立ちの鳥人族が腰掛けていた。
五日前に送り出したうちのひとり、タイランだった。
ひと目でくたびれているのがわかる。
しかし女は直前まで彼の気配に気付けなかった。
「賢者の石だ。採れる限りを採ってきた」
「そうだね。大したものだよ」
袋の中を改めるまでもない。
それよりも女はタイランから目を離せずにいた。
周囲に他の者はいなかった。
「彼は戻らない。こいつを彼女に渡してくれ」
指輪が投げて寄越された。
受け取った女の手のひらの上で、それはほのかに暖かい。
ずっと握り締めていたのだろう。
「自分で渡したらいいのに」
同じ事をこの赤い鳥も彼に言ったのだという事を女は知っていただろうか。
「頼まれればなんでも出来るだなんて思わないでくれ」
一瞬だがタイランの顔に苦悩が滲んだのを女は見逃さなかった。
だがタイランはゆっくりと立ち上がると女に背を向ける。
「もう行くの?」
「用は済んだ」
「本当に?」
「……」
「聞きたいことあるんじゃないの?」
「何故そう思う?」
女の顔がニンマリと笑む。
「所作。空気。というより顔。うぅん、目かな」
タイランが振り向いた。
「なんでもいいよ。答えてあげるかは別だけど」
「なぜ彼にあんな薬を持たせた」
タイランの声は空気よりも冷たく静かだった。
女は腕組みをして正面から彼を見つめる。
「なるほどね。あのダークエルフの娘なら薬の成分を聴きそうだけど、そういうことはどうでもいいんでしょ?」
「……」
タイランは静かに女の回答を待っていた。
「応援……かな。無力な彼に大事なモノを守るための力をあげたわけ」
「……」
「愛情だよ」
いつの間にか抜いていた、タイランの剣が閃いた。




