487 自由騎士タイランその20 重力場
「うっ」
バイド=バイタを連れて飛ぶタイランの身体が大きくかしいだ。
上昇していたはずが右方向へと旋回する。
「どうしたの?」
お互いの腕を掴んだ形でぶら下がるバイドが頭上のタイランに問いかける。
しかしタイランは答えることができなかった。
突然視界が狭まり世界がぼやけた。
耳鳴りが生じ、前後左右上下の区別がつかない。
異常を感じ取ったバイドがぶら下がったまま大きく身体を振ると、二人はすぐに下方に漂う小さめの岩塊にしがみついた。
息も絶え絶えなタイランの身を横たえると、バイドはその様子を観察した。
脈を取り、呼吸を確認し、瞳孔を診る。
少し脈が速く、呼吸も浅い。焦点も定まらないようだ。
腰のベルトの薬品ポーチから小瓶を取り出すと中の液体をタイランの右肘から注射した。
「何を打った」
「ただの鎮静剤。数分でいいから眠りなさい」
タイランは素直に従った。
というより眠気に抗えなかった。
きっかり十分後に目を覚ますと身体はだいぶ落ち着きを取り戻していた。
「なるほど。ここでは迂闊に飛ぶわけにもいかないようだ」
詳しい原理は不明だが、どうやら浮遊する岩からその身を離すと神経に異常をきたすようだ。
「私もひとつ気付いたことが」
バイドが握った小石をいくつか宙に放る。
小石は空中をゆっくりと漂う。
次に空になった小さな薬瓶を放る。
するとその薬瓶も落ちずに宙に漂い続けた。
「重さにも寄るようだけど、どうやらここは重力が一定ではないみたい」
「浮遊石は石が浮いているのではなく、この地が浮かせているのか?」
先ほどこの岩へと身を振った際、バイドは自身の身体にわずかながら浮遊する感覚を覚えたのだ。
「おそらく中心に向かうほど重力が定まらない」
「目的地は?」
「上よ。ただしみんなのいる場所からは裏側で隔てられてしまった」
「闇の男は助けに来るか?」
バイドは少し考えると首を横に振った。
「いいえ、目的地へ向かう。優先順位は常にミッションの成功。それがいつだって最良の結果を呼び込むと信じている」
「同感だ」
二人は太陽にまで届きそうにも思える巨岩へと飛びついた。
確かに、空中に跳んだ瞬間地上とは違う身の軽さを感じた。
まさに浮遊する感覚であった。
上へと向かえそうな足場に着くとタイランは改めてバイド=バイタに礼を言った。
「先に助けてくれたのはあなた。この先も助けてくれるのはあなた。私は自分に得することをしただけ。さあ、私を夫の元へ連れていって、騎士殿」
「騎士、ね」
とっくに誉れあるクァックジャード騎士団を破門されている。
今となっては流浪の民でしかないのだが。
それでも信じるべきは己れの中にある騎士道精神であろう。
それが唯一、自分のすがれるよすがなのだから。
上空から身の毛のよだつ咆哮が聞こえた。
それもふたつ。
二人は顔を見合わせる。
「急いだほうがいい。今のはドラゴンの咆哮だ」
クロウたちがすでに頂上へたどり着いたのかもしれない。
二人は足場の危険も省みず、全力で駆け上がった。




