486 自由騎士タイランその19 二匹いる
見上げた浮遊石は圧倒的に巨岩だった。
広い砂漠に無数に浮かぶ岩のなかでも、これほど大きな物は他に見当たらなかった。
「これが最大かは知らんがな」
クロスボウに矢をつがえながらクロウはぼやいた。
細いワイヤーをくくりつけた矢を直上の岩へ向けて発射する。
深々と突きたった矢の先が岩の中で固定される感触があった。
ワイヤーを力いっぱい引っ張ってみる。
「よし」
抜け落ちる心配はなさそうだった。
「ひとりずつだ。まずはオレが行く」
目的地はこの超巨大な浮遊石の頂上だ。
早速ワイヤーをよじ登ろうとするクロウをタイランが押し止めた。
「なんだ、赤い鳥?」
「オレが行く。お前はワイヤーが外れた場合もう一度撃ち込むために残った方がいい」
「ほう、お前もこれで上へ行くと。自慢の翼は使わねえのかい?」
「浮遊石地帯では磁場の影響で上手く飛べない。だがオレなら落ちても滑空でなんとかなる」
クロウはその場を譲り、代わりにタイランがワイヤーを掴んだ。
最初の数メートルは腕の力でよじ登る以外ないが、やがて岩の壁に足を着けることが出来るようになると登るスピードは速まった。
それでも手を滑らせれば危険が伴う。
堕ちればただでは済まない高さまで登り詰めてから下を覗くと仲間の姿はだいぶ小さくなっている。
「三十五、いや四十メートルぐらいか」
だがクロウの撃った矢はここに突き刺さっていた。
上を見るともう数メートル行けばひと息つけそうな気配がある。
ワイヤーから離れ、自身の指先と足先に神経を集中させながら、さらに数メートル登るとその辺りにヒトが何人も立てるスペースがあった。
腕を伸ばしヘリを掴むと勢いよく上体を引き揚げた。
そこは頂上ではなかったがかなりの広さのある場所だった。
垂直に切り立った崖のような岩がいくつもせり上がり、幾層もの台地を重ねている。
ともあれここからは歩いて上を目指せそうだ。
下に向かいオーケーサインを出す。
二人目はアナハイだ。
彼もワイヤーの届く範囲は難なく登ることが出来たが、タイランのいる位置までのロッククライミングは流石に冷や汗混じりだった。
「はぁ、はぁ、生きた心地がしませんでした」
そんなアナハイの肩を励ますように叩いてやると続く者の姿を確認する。
三人目はバイド=バイタだった。
一行のなかでいちばん身のこなしの軽い彼女はスイスイと登り始める。
ワイヤー部分を超えてもそのスピードは衰えない。
どうやら問題はなさそうだと見ていたのだが。
「なにか、聞こえませんか?」
アナハイの声にタイランも耳をそばだてた。
するとかすかだが、キイキイと何かの鳴声のようなものが聞こえてくる。
「あれです!」
アナハイが指差したのは黒い翼を生やした群体だった。
タイランたちのいる場所よりもさらに上方から大量の何かが飛んでくる。
「コウモリです! あんなにいっぱい」
「いや、ちがう。よく見ろ」
狼狽するアナハイに冷静になるよう指示する。
言われてアナハイは再度コウモリを見据えてみる。
それは一見するとコウモリだが、よく見れば顔の部分に大きな目玉がひとつあるだけの奇妙な生き物だった。
「あんなもの、見たことありません」
「ああ、だが邪悪な雰囲気は疑いようがないな」
飛び込んできた顔いっぱいの目玉コウモリの群れが、崖にしがみつくバイド=バイタの周囲に密集する。
バイドは必死に振り払おうとするが、指先とつま先に全体重を預けバランスをとるこの状態では無力に等しい。
たまらずクロウが下から矢を放つが一匹二匹仕留めたところで状況は好転しようがない。
「いけないッ! 落ちます」
「チッ!」
たまらず手を離してしまったバイドの元へ、タイランは崖から空中へと飛び降りた。
目玉コウモリの群れは今度は空中に躍り出たタイランに向かい密集してくる。
大きな目玉の下に横いっぱいに開いた口から牙がはみ出ている。
噛みつき攻撃はそれほど強力なものではないがなにしろ数が多い。
しかし防御姿勢をとろうとすれば風の抵抗が強まり落下するバイドに追いつけない。
「くっ」
タイランは垂直に身体を伸ばし真っ直ぐに降下した。
目をやると下でもクロウとボンドァンが目玉コウモリの群れと格闘していた。
落ちながらもタイランに気付いたバイドは身体を大きく広げ逆に風の抵抗を大きく受けようとする。
お互いが伸ばした手を掴むと翼を開き浮力を得たタイランは大きく上昇へと転じた。
どうやら地面への激突は免れたと二人が安堵した時だ。
空と風を裂くように怖ろしく大きな鳴き声が響いた。
それはあたかも雷鳴かと錯覚するほどの重い咆哮だった。
頂上からか。
こちらを見下ろす、魔獣の恐ろしい顔が一瞬見えた。
タイランは自分の目を疑った。
ふたつあったのだ。
「二匹だ」
「え」
「二匹だ。ドラゴンは、二匹いるぞ」
タイランの台詞をバイドは聞き違いかと願ったが、彼の表情を見てその期待はすぐに捨て去った。




