483 自由騎士タイランその16 人形劇
再度、薬師の女はタイランに斬りかかった。
右から来た斬擊を受け止め、その後数合打ち合う。
弾き返した三日月刀が今度は左から来る。
目まぐるしい剣さばきと、舞踊を舞うかの如く華麗な足さばきを女は披露する。
速さは互角。
いやむしろタイランの方が勝る。
しかしタイランの剣が女を一度かすめるところ、女の剣はタイランに二度かすめる。
左側頭部を襲った横薙ぎに対してタイランは首をひねってかわす、と次の瞬間目の前に剣が突き付けられていた。
「はい、おしまい」
「…………」
剣を突きつけた女がニッコリ笑う。
タイランはその女の表情を見るだけだ。
「何も言わないのは納得してるってことでいいのかな」
タイランは黙って剣をしまった。
「女に本気にはなれないとか、殺気を感じなかったからとか」
「そんな風には思っていない」
タイランは真っ直ぐにそう答えた。
「うん。いいね。気に入った。あなたやっぱり強いよ」
「そんな風にも思えんが」
「いや、私は別だから。数に入らないもんだし。ね。気にしないで」
ぱたぱたと両手を振りながら、薬師の女は必死になってそう弁明した。
「話というのはこの事だったか?」
「ううん。これから言いたいことを言う」
女は池の水をすくうと喉を潤した。
タイランにも勧める。
グローブを外し水に手を浸すとひんやりとして心地よい。
口に含むと身体に籠った熱気が冷めていくのを実感した。
「あなたさ、左肩、重いでしょ?」
「ッ……」
「やっぱり感じてるんだね。ほんの些細な差異でしかないけれど、右からの反応に比べて左が遅い。首の可動域も数ミリ足りてないんじゃないかな。いつ頃から自覚してた?」
「数ヶ月前に戦いで負傷した。その後からだ」
空中に浮かぶ苔むした光の宮殿。
そこで獣神ガトゥリンと戦った時のことだ。
シオリの防御魔法が効いていて、なおダメージが残った。
日毎に良くはなっているが、わずかな違和感は残っている。
「うん、十分回復してるし、日常生活も支障はない。だろうけど、拮抗した相手との戦いにおいては自己のイメージ通りに身体がついてこないもどかしさは命取りになる」
「医者としての見立てか?」
「違うよ。これは洞察力。相手の動きだけじゃない。体格、姿勢、呼吸、表情、構え、動作、衣服の好み、傷み、スレ具合、汚れ方。どこがどうなっているか、どうしてそうなったのか。観察して、推察する。そうやって相手の行動を読み取るの」
「先読み」
「そう! 察しがいいね。速さはあなたの方が上だった。でも私の剣の方が先に届く。左側を襲えばね」
「おろそかにしたつもりはないのだがな」
パシッ、と自分の左首を叩く。
確かに少し固いか。
「それはね、あなたがまだその剣を信じていないから」
「……これか?」
「神剣ククロセアトロ。別名を〈人形劇〉という。二千年前に現れた姫神、御崎サクラが使っていた神器」
「サクラ……?」
タイランが薬師の女の顔を見る。
「違うよ。私の事じゃない。私は姫神じゃないよ」
「……」
「あなたもそう。姫神じゃないからその剣の真の力は引き出せない。でも恩恵にはあずかれる。世に数多ある魔剣、聖剣のようにね」
女はタイランが肩で息をつくのを見過ごさない。
「ああ、己れの技量を高めたいタイプなのね。魔剣の力に頼りたくないて顔してる。意外にロマンチストなんだ。もっとリアリストだと思ってた」
「そこはたまに迷う所ではある」
強さを求めることと、剣の上達を志すことは、必ずしも同じ方を向いている訳ではない。
「別にその剣を振ったからって炎や雷が出るんじゃないよ。そもそもさ、道具にこだわるのはプロなら当然でしょ。重さや軽さ。重心や触り心地。使いやすさ。要は魔剣だろうが、高品質な武具だろうが、相性のいいものを選ぶ。でしょ?」
「そうだな」
「大切なのはその道具に愛着があるのかどうか。あなたにはまだそれがない」
神剣ククロセアトロ。
エスメラルダのサトゥエ女王より賜った剣。
軽くてよく手に馴染む。
だが、その美しい刀身と自分とが、まだ溶け合っていない気はしている。
「この剣を心から信頼すればいいという事か」
「そういうこと。そうすればあなたの剣は今より数段強くなる」
タイランはジッと、青い光の中で赤い刀身を見つめ続けた。
「あなたは賢いし、冷静だから、その剣を十分使いこなせるよ。頑張ってね」




