482 自由騎士タイランその15 サエーワの木
「ちょっとあなたと二人きりでお話したくてね」
薬師の女の言葉に、タイランは剣の柄にかけていた手を離した。
しかし女の視線はタイランの腰にある剣に注がれたまま。
「神剣ククロセアトロ」
「この剣を知っているのか」
「そうだね。今はあなたが持ち主なのね」
女は切り立った岩壁に打ち込まれた階段状の杭を降りつつタイランを手招きする。
杭と杭の間は不均等で、一歩踏み外せば奈落の底へと落ちかねなかったが、女は星だけが輝くこの暗闇の中をほいほいと下って行った。
みなが眠る庵からだいぶ下がった位置まで来ると、そこに人ひとりが通れる程度の洞穴の入り口が待っていた。
中へと向かった女の後を追い、タイランもその中へと踏み込む。
「おぉ!」
思わず感嘆のうめき声を上げた。
洞穴の中は一端の道場並みに広く、しかも暖かかった。
しかし何よりも驚いたのは壁といわず、地面といわず、天井といわず、その全てに満天の星空のごとく青い色の結晶が光輝いていたことだ。
松明などの灯りは不要。
いや、そんなものは無粋であろう。
タイランはまるで手を伸ばせば届く星空の中に浮いているような心地であった。
だがこの洞穴の主は星々のような結晶ではない。
中心部、その天井からは水が幾筋も流れ落ち、それはまさしく幻想的な雨模様を描いている。
雨は地面に大きな清水の池を作り、その真ん中に一本の樹を生やしていた。
青白い光を浴びて、青々とした葉を雄々しく茂らせている。
「太古の昔、まだヒトも亜人も知恵を持たなかった時代。大海の真ん中に一本の大樹があった。不思議なことに幹からは様々な種類の薬草が生えていたという。だけどその木を炎の神と闇の神が枯らしてしまった」
暗闇で語る女の目ははるか遠い光景を映しているようだ。
女は続ける。
「そこで大地の神と水の神と風の神とが枯れた大樹を粉末状にすると、雨と風に乗せ世界中に振り撒いたの」
女の顔が青い光に照らされて怪しく微笑む。
「そうしたらさ、どうなったと思う? 世界中の大地という大地、あらゆる場所に植物が芽吹き、この世界に緑を生い茂らせたのよ」
愉快そうに嗤って言う。
「どう? スゴくない? 今、この世界に植物が茂るのは、その大樹のおかげなんだって」
「神話の類であろう?」
「……そうだね。でもここにある木はその大樹のひと枝だったって言われてるんだよ」
二人で木を見上げる。
「神剣ククロセアトロの柄頭にあるレリーフ」
タイランが柄頭を見つめる。
精霊銀製の葉っぱの飾りが付いている。
「それはサエーワの葉。そしてこの大樹こそがサエーワの木よ」
「これが……」
タイランが柄頭から大樹へと目線を移す。
と、突如目前に刃が差し迫っていた。
ギィィッン!
咄嗟だったが素早く神剣ククロセアトロを抜き放ち刃を弾いた。
だが刃は弾かれた勢いそのままに、一回転すると続けて横薙ぎとなって追撃してきた。
首を倒してかわした。
しかし足を払われスッ転んでしまう。
慌てて起き上がろうとはせず、そのまま地面を何回転もして転がる。
それを追うように刃が地面に突き立てられる。
最後は地面を蹴って大きく回転しながら翼を広げると、軽く浮き上がり相手を見据えたまま体勢を立て直す。
合わせて追撃を抑えるために剣を前方に長く突き出す。
片手で三日月刀を上段に構えた薬師は満足そうに嗤った。
「うん、よくしのいだね。想定どおりだ、スゴイよ」
だがタイランは内心で焦りを感じていた。
首を倒してかわしたところまでは冷静だった。
しかしあの時相手に足払いを仕掛けようとしたのはタイランも同様だったのだ。
だが逆に払われたのは自分だった。
そこからは危機を感じた身体が勝手に動いてくれたにすぎない。
まさにタイランにとっては想定外のことだった。
「何を想定していたのかは知らないが」
相手の意図は未だにわからない。
だが剣を下ろすことは絶対に出来ない。
女がまたしても刃を振るい迫ってきた。




