481 自由騎士タイランその14 紅い光線
「解毒剤の材料があとひとつ足りてないの。それが賢者の石。来て」
薬師の女が外に出ていく。
空は茜色に染まり、風も刺すように冷たかった。
「見て。あそこ」
岩壁に立ち彼方を指差す。
山々が連なるそのさらに向こう側。
遠目にいくつも浮遊する岩塊が見える。
「浮遊石地帯か」
「もうすぐ陽が落ちる。ちょっと待ってて」
全員が静かに夕陽を見つめていた。
誰も言葉を発せず、なんとすれば物静かなこの美しい一時に、それぞれが自己を見つめていたのかもしれない。
ここには先を見る者と後を見まいとする者たちがいる。
やがて日没の最後の瞬間が訪れた。
その瞬間、もっとも紅い光線がまっすぐ薬師の庵に伸びる。
「わかるかな。太陽が落ちるこの先に、浮遊石地帯最大規模の岩礁があるの」
全員が見つめる先にそれはあった。
ひときわ巨大な岩。
天に向かい高く伸びた岩は途中から二又に分かれ伸びている。
「〈二本ツノ〉と呼んでる。あの角のような岩の間を太陽光線が抜けてここまで照らしているの」
「にしても紅いな」
眩しそうに目を細めるクロウ。
その光も時間の経過と共に徐々に薄らぎ、消えていった。
辺りを静寂と暗闇が包む。
「紅いのはそこに賢者の石があるから」
「どういうこと?」
ボンドァンが首を傾げる。
「賢者の石とは特殊なガーネットのことなの。あの場所にそのガーネットがあり、太陽の光が反射して紅い光線をここまで届けてくれてるのよ」
「ガーネット? 賢者の石の正体はガーネットなのかよ?」
「特殊な、って言ったよ私。ガーネットは別名〈柘榴石〉とも言う。ザクロとは冥界の食物。この世の理の外にあるモノよ」
冥界、という言葉を聞いてボンドァンはうすら寒さを覚えた。
「そう構えなくてもいいの。所詮は鉱石、欠片でいいから採取してきてほしい」
「確かにあそこへ行くには飛べるに越したことはねえやな」
クロウがタイランに厭味ったらしく不適な笑みを飛ばす。
タイランは静かに答える。
「しかしあそこは磁気嵐の中だ。浮遊石嵐に飛び込む奴など、どれだけ無謀な鳥人族でもいない」
「それでも行ってほしい」
薬師は毅然とした声でそう言った。
「行かない、なんて選択肢、あなたにはない。でしょ?」
「何故だ?」
「そういうヒトだから。わかるよ」
難儀な性格だということは自覚している。
「でね、もうひとつ伝えないといけないことがあるんだけど」
「勿体ぶらずに全部言えよ」
「ああ、ここまで聞かされたんだ。なにも驚かねえよ」
「じゃあ言うけど、怖じ気づかないでよね、坊や」
「ムッ」
「賢者の石なんだけどね、ドラゴンが守護しているわ」
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みなが寝静まると、タイランはひとり起き上がり外へ出た。
今夜は薬師の用意した薬膳料理をいただき就寝することになったのだ。
「あなたたち全員、栄養不足な顔ばかりで見てられないよ」
そう言って出された料理は思いのほか舌に幸福感を与えてくれた。
疲労感も重なり全員熟睡している。
熟練のクロウ・リーまでが寝入っているところを見るに、ここは心底安全だと判断したのだろう。
その様であってほしいものだが、タイランはそこまで身を預ける気にはなれなかった。
ひとりになって明日の目的地、遠い二つの角の形をした巨大な浮遊石を目で追った。
しかし星の瞬き以外に灯りのない静寂と暗闇の世界だ。
夕方見た時は遠目にもあれは浮いている島に見えた。
そこへ明日、向かうというのだ。
まったくもって、おかしな事に巻き込まれたものだと思う。
どこでルートを見誤ったのだろうか。
思い返してみるも答えは出ない。
「暗いから見えやしないよ」
振り向くと薬師の女が立っていた。
とっさに剣の柄に伸ばした手をゆっくりと離す。
薬師はまるで愛しい我が子を慈しむかのように微笑みで返した。
「まあそう警戒しないでよ。ちょっとね、あなたとはお話がしたくって」




