484 自由騎士タイランその17 それぞれの動機
出発の朝を迎えた。
タイラン、ボンドァン、クロウ・リー、バイド=バイタ、そしてヨハネス・アナハイの五人は肌寒い空気の中、眩しい朝日を浴びながら装備の点検を終えた。
「それがおっさんの得物かい? 意外だね」
ボンドァンが黒塗りのクロスボウを手入れするクロウ・リーに話しかける。
「あんまり暗殺者向けって感じしないな」
ピッ、と風を切る音がしたかと思うと、ボンドァンの喉元に刃物が突き付けられていた。
クロウの短剣だった。
素早い動作で横につかれ、背中の剣に伸ばしかけた右腕も掴まれていた。
「本業は短剣だ。弓を見せると近接に対し油断する。今のお前のように。もう辞めたがな」
「お、おう……」
「今回はドラゴン狩りだ。なら遠距離武器の方が役立つだろうよ」
「そ、そうだね……も、もう、離してくれていいんだけど」
「フッ」
軽くこづかれてボンドァンは解放された。
「痛ってぇ」
「不用心に近寄りすぎるからだ。仮にも〈闇の男〉とあだ名されるアサシンだぞ」
「そうだけどよぉ」
苦言めいたことは言ったが、タイランはボンドァンのこの他人の領域にズカズカと入り込む感覚をそれなりに評価していた。
誰しもが持てる能力ではないからだ。
まあ多少馴れ馴れしく煩わしい印象を与える危険もあるのだが。
少なくともこのメンバーの空気を和らげる効力は機能していると思う。
「ところで、どうしてお前も行く気になったんだ? オレたちの依頼主は太守であり、これから行く場所はその依頼に反する事なんだぞ」
「確かにそうだが、オレ様はそれ以上に大切なものを優先することにしている」
「なんだ?」
「正義だ」
タイランの質問にボンドァンはキッパリと答えた。
その疑う事すらないほどまっすぐな回答にタイランは苦笑した。
「笑ったな? 笑うがいいさ。オレ様は自分の信じる正義に殉じてみせるだけだ」
「いや済まない。お前は立派だ。少なくともオレがお前ぐらいのときよりもな」
「この国ではそうする以外ないんだ。オレには」
最後の台詞は声が小さく、あまりタイランには聞き取れなかった。
「それよりアンタたちは何で行くんだい? 報酬はもらえないんだぜ?」
ボンドァンが暗殺者夫婦に尋ねる。
「あの太守からケチな依頼料を頂くよりもな、もっといいものが貰えそうってな」
「なんだいそれ?」
「バイドがここの薬草園に惚れちまった。あの薬師との縁が最良の報酬だってな」
クロウの隣でバイド=バイタがうなづいている。
「こいつが喜んでるのがオレにとっての報酬さ」
「そ、そうかい……」
「あの、みなさん」
そこへだいぶくたびれているが元は立派であったろう鎧と剣を装備したヨハネス・アナハイが、おそるおそる一同に声を掛けた。
「僕たちの事を理解していただき、ありがとうございます。しかも賢者の石を取りに行くのまで手伝っていただいて……」
「別に、あんたの為じゃねえよ」
少し冷めた口調でボンドァンが返す。
「それはいいがよ、いくらここから眺められるったってよ、あの巨大な浮遊石の頂上までどれぐらいかかるんだよ?」
「それは、ここから少し山を下りてから僕の砂虫を呼んで皆さんをお運びします」
「え? あれに乗るの?」
ボンドァンが気味悪そうに言う。
「最も大きい奴を呼び出せば背に乗り切れるはずです。それで地上をあの二本角と呼ばれる浮遊石の直下まで行きましょう」
「ガチでか? ま、まあ、歩いていったらどれだけかかるかわかんないしなあ」
「貴重な経験、と思う事にするか」
ボンドァンもクロウ・リーも同じように不安な表情を隠そうとしなかった。
そんな一行を眺める薬師の女を、タイランはもう一度じっくりと観察した。
その目線に気付いた女がタイランにニッコリとほほ笑んで見せる。
いったい何者なのか?
正体は未だ判然としないが、差し当たって敵と認識することもあるまい。
最悪の場合、この冒険を降りる自由は許されている。
「それじゃ、いってらっしゃい。気を付けてね」
薬師の女に見送られ、一行は薬草園を離れ下山した。
「ところであんたはどうして行くのさ?」
ボンドァンは自分が受けたタイランからの質問を同じように投げかけてきた。
「何故かな」
茶化したわけではなかった。
本気でわからなかったのだ。
「難儀な性格、だからかな」
「はあ?」
〈蒼剣〉のボンドァンは眉間にしわを寄せる。
タイランも同じ気持ちだった。
そしてこの受けた質問でまたひとつ疑問が明確になった。
薬師のあの女も動機はわからないままじゃないか。




