478 自由騎士タイランその11 青年と女
「どっちって、まだそんなこと言ってるのかよ。敵を目の前にしてよぉ」
クロウの発言にボンドァンは憤り、剣を抜いて岩場の上に立つ青年に向かい構えた。
「オレはちゃんと責務を果たすぜ」
「そうか、お前たち、バギン太守に雇われた冒険者だな。まさか追ってくるとは」
「その通りさ。営利誘拐は重罪だ。観念しろ」
「営利誘拐だと? ふざけるなッ」
青年は怒りに任せて拳を壁に叩きつけた。
「リュキアは僕の妻なんだ! 誘拐したと言うならそれはあの太守の方だ」
「信じると思うかよ」
「事実だッ」
「いいや信じないね。なによりあの奥方は太守とかなりイチャついてたぜ。どっちかと言えば奥方の方が積極的……」
「それ以上言うなッ」
青年は懐から巾着袋を取り出し中身をぶちまけようとする。
その手を止めた者がいた。
「ここで砂虫は呼ばないって、言ってあるよね?」
女だった。
青年のとなりに若い人間の女が立って、青年の手首をつかんでいた。
小麦色の肌は健康的で、緩やかな長めの髪は金色。
ゆったりとした絹のスカートを履き、袖の短い上着に様々な腕輪や首飾りで装飾している。
黒い瞳が真っ直ぐに青年を見つめている。
「けど、あいつら……」
女の瞳がタイランたちに移る。
「よく見て。やる気になってるのはあの坊やだけ」
「坊やだと! って、あれ?」
ボンドァンは元暗殺者夫婦だけでなく、〈赤い鳥〉まで戦闘態勢に移行していない事に気付いた。
「ちょっと……」
クロウがボンドァンの剣を下げさせる。
「まあ落ち着け。あの女の事は知らねえが、あの男なら知っている。ヨハネス・アナハイ。ハイランドの貴族レンブレス・アナハイ侯爵の次男坊だ」
「貴族? あいつが? ほんとかよ」
「オレは世界中の要人を知り尽くしている。いつ暗殺依頼が舞い込むか知れんからな」
そう言ってクロウ・リーはボンドァンに不適な笑みを向ける。
その顔にボンドァンは一瞬寒気を覚えた。
「あ、あなたはひょっとして」
ヨハネス・アナハイという名の青年は、タイランの姿を認めると驚いて剣を鞘に収めた。
「間違いない! クァックジャードの」
「いや……」
「やはりそうだ」
「どこかで会ったかな」
「ええ。ですが僕の事は覚えておられなくても不思議はありません」
「ん?」
青年は岩場を駆け下りるとタイランの前までやって来た。
「あなたと剣聖グランド・ケイマンの闘いを目の前にしました。あの老人との熾烈な剣戟を生涯忘れられるはずがありません」
「もしやケンタウロス族の集落」
「あなたに殺されたクスラー卿の代わりを僕が務めました」
「そうか」
「ですが逆にあなたたちの奮戦に圧倒されていました」
「そうか、あの場にいたのか」
青年のとなりに女も下りてきた。
「さて、ここではいっさいの戦闘行為は私が認めない。けど言う事を聞くならお茶を振舞ってやろうと思うが」
一向は顔を見合わせると女の言うとおりにすることにした。
※タイランと青年との昔語りは「210話 アップランドの会戦」から「212話 天使に会いに来た悪魔」あたりのエピソードのことです。




