477 自由騎士タイランその10 不思議な庭園
そこは得も言われぬほど美しい庭園だった。
砂と岩に囲まれた熱波と静寂の世界から、一行は草木彩り湧水が踊る桃源郷に迷い込んでいた。
「なんだ、ここ?」
ボンドァンは空を見上げた。
四囲を茶色い岩壁が天に向かい突き立て、その先に雲ひとつない抜けるような青い空が望める。
空気は澄んでいて、風が吹けば身にこびりついた俗世の悪臭を、たちまちのうちに吹き飛ばしてくれようかと思えた。
岩壁から染み出す清水が池を作り、その周囲に種々の花々が咲き誇る。
赤、黄、白。
紅紫、淡紅、青紫。
橙赤、暗紫、淡藤、鮮紅、桃、紫、白黄。
「すごいな、ここ。こんなに花が咲き乱れている光景、初めて見た」
「けど変だわ」
感激するボンドァンとは対照的に、バイド=バイタは丹念に花々を見ていった。
「リコリス、ナツシロギク、サキシフラガ。センブリ、サルビア、コルチカム」
花の名をそらんじる。
「クチナシ、アロエ、レンギョウ、シャクヤク、サンザシ、アキレア、アスクレピアス、ワレモコウ」
「すげえ。オレ花なんて見ても一個も名前出てこないよ」
ボンドァンは感心するが、バイド=バイタは腕を組んで考え込む。
「バイド、何が気になるんだ?」
クロウが尋ねる。
「ここに咲く花はね、ほとんどが薬になるものばかりよ。例えばこの白い花、サラシナショウマは解熱、鎮痛、抗炎作用。そっちの黄色いのはコウホネ。利尿、利水効果があって、浮腫、打撲傷、疲労回復、風邪にも効くわ」
彼女が言うには他にも解毒剤や咳止め、胆石症、去痰薬、止血剤、火傷、鎮痛、痛風の特効薬になるものまであるそうだ。
「薬草園か、ここ」
「もちろん有毒のトリカブト、ディフェンバキア、麻酔作用のあるコマクサなんかもあるわね。ほら、胃腸の弱いクロウのために、私がよく煎じてるゲットウもあるじゃない」
「なんだアンタ、胃腸が弱いのかよ」
「おい余計なことは言うな」
これ見よがしに揶揄するボンドァンを睨み付けながらバイドに向かいぼやく。
タイランも足元の花を見てみる。
「この紫の花は見覚えがある。たしかケンタウロス族の集落だ」
「それはヤグルマギク。属名のセントーレアはケンタウロスに由来した呼び名。察しの通りケンタウロス族が薬草に使う事で知られるわ」
タイランはなるほど、と呟いた。
さすがにこれ程の知識は彼も持ち合わせていなかった。
「それはわかったがバイドよ、ここの何が変なんだ? 見たところずいぶんと丁寧に手入れはされてるようだが」
湧水が庭園に行き渡るよう水路が整備され、花も花壇や棚に綺麗に植えられている。
「全て咲いてるでしょ。見事なほどに。本来季節もバラバラなはずの花が」
「そんなことか」
「そう言うけどそれがどういうことかわかってる? ここは自然界の法則を無視しているのよ」
「まあ、そうかもしれねえけどよ。なぁ」
クロウは毛のない頭をポリポリと掻きながらボンドァンに助けを乞う。
「おまえたち、何者だ!」
突然岩場の上から声がかかった。
見上げるとこちらを見下ろす高い位置にひとりの青年がいた。
「おっと、あいつだぜ」
そう言ったクロウ・リーの顔に緊張感が戻る。
「あいつがなんだって?」
「あいつなんだよ。オレたちが駆けつけた時、太守の奥方を連れ去るのを見た。奴が砂虫使いだ」
「あれが首謀者? ちょっとイメージしてたのと違うな」
そう言ったボンドァンと年齢は同じぐらいに見えた。
人間の青年で、赤毛にブルーの瞳。
鎧を着こんでいるが少しくたびれている。
だが元は上等な装備であることは明らかだ。
剣を抜き、こちらの返答を待っている。
「さあて、答えを出す時が近いぜ。どっちにつくべきかをな」




