476 自由騎士タイランその9 流儀と正義
「え? どっちって、何のことだよ?」
訝るボンドァンにクロウ・リーは「太守か誘拐犯かのどっちかだ」と丁寧に答えてくれた。
「はあ? なに言ってんだ? オレたちの依頼人は太守だろうが。あんた裏切るのかよ」
「場合によっちゃぁな」
事も無げに答えた元暗殺者に若き剣士は激昂した。
「依頼を反故にする気か! そんなのはオレの正義が許さねえ」
「それがお前の流儀だってんなら否定はしねえがよ。だがな、正義なんて言葉は使うな」
「偉そうに! 元暗殺者のアンタがよ」
「あの太守は極悪人だ。それでも仕えるのがお前の正義なのか?」
「なっ」
クロウ・リーの諭すような静かな声音にボンドァンは言葉が詰まった。
「なにを根拠に……」
「あの老人、だいぶ私腹を肥やしている。着てる服、食事、館の内装、調度品。こんな辺境の小さな宿場町に似つかわしくないだろ?」
「うっ」
「町を見ても活気がねえ。旅人は少ねえしサキュラ神の教会も寂れていた。なあ、お前も何か感じたろ、〈赤い鳥〉よ?」
クロウ・リーがタイランに続きを促すと、
「あの太守は誘拐犯の正体を知っている。恐らく恨みを買っているのだろう」
タイランも静かにそう答えた。
ほらな、とクロウ・リーは坊やに合図する。
「なんでそんな事がわかるんだよ」
タイランまでもがこの元暗殺者の意見に同調したことで、ボンドァンの勢いはだいぶ削がれてしまった。
「誘拐犯の侵入を阻むためと五氏族連合側の門を閉ざしたらしいが、オレが着いたエスメラルダ側は解放されていた。もっとも、門番に絡まれはしたが、あれも腕の立つ流れ者を吟味するよう命令があったのかもな」
「それは要するに太守が誘拐犯の氏素性を知っているってことなのさ」
クロウ・リーの発言にタイランも頷く。
「ああ。オレたちを誘拐犯の一味だとは疑わなかった。きっとその首謀者には金も力もないのだろう」
「なんでそんな奴相手にわざわざオレたち冒険者なんかを雇ったんだよ?」
ボンドァンがなお食って掛かる。
それも二人に簡単にいなされる。
「正規の兵は使いたくない理由があるんだろうぜ」
「ということは、狙いが金品や太守の命ではなく、あの若く美しい奥方であった、ということに意味がある」
「そりゃ考えられるとすれば……」
「その答えはもうじきわかるよ」
先行していたバイド=バイタが手招きしていた。
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洞窟はなだらかな登り道が続いた。
岩は固めの地面が続いたが、半分ダークエルフの血を引くバイド=バイタには、この暗がりでもわずかな足跡を見分けることが出来たのだ。
洞窟はいくつも枝分かれした支道を作っていたが、目的の場所は唐突に空の明かりを示した。
人がひとり通れる程度の穴を潜ると一行は高い岩壁にせり出した岩場へと出た。
空は抜けるように青い反面、遠くを見れば砂嵐とぶつかりあう浮遊石が見てとれる。
そこから壁に沿って下方へと続く自然の階段状の道があった。
だいぶ迂回するようにその道を今度は下っていく。
岩山に囲まれ下界からは決して望むことの叶わぬ隠された場所へと導かれていく。
やがて到着した場所は、この広大な砂漠の世界に横たわる険しい岩山の中にあって、信じられない光景であった。
まったくもってそこは瑞々しいほどの水と緑に支配された庭園なのであった。




