【第7話】つながる点と点。消えた子供たち
「犠牲者は全て若い男性だった。歳の頃も一致する。もしホーネットに恨みを持つものが、当時の子どもたちまでもその標的にしているとしたら……」
地下牢から街への帰路、馬車に揺られながら私は思考の海に沈んでいた。
犯行の異常な猟奇性。
犠牲者の全身の皮を綺麗に剥ぐという手口は、男が言っていた『蜂の入れ墨』を削り取るためのカモフラージュだとすれば辻褄が合う。
そして、これまでの犠牲者たちが全員、当時ホーネットで下働きをさせられていた孤児たちだとしたら。
街に到着した私は、休む間もなく街のはずれにあるという孤児院へと足を運んだ。
しかしその道中、道に迷ってしまった私は、荷車に野菜を積んで歩く中年の農夫に声をかけた。
農夫に道を尋ねると、彼は長年、孤児院へ売り物にならない不揃いの野菜を寄付同然で安く届けているのだという。
私が十年前の出来事について尋ねると、彼は顎を撫でながら当時の記憶を呼び起こした。
「ああ、覚えているとも。ある日いつものように野菜を届けると、急に見慣れない子どもが増えていたからよく覚えているよ。たしか、六人か、七人くらいだったかと……。みんなひどく痩せこけて、大人を信用しないような怯えた目をしていたねぇ」
農夫の証言は、地下牢の男が語った言葉と完全に一致していた。
孤児院までの道を聞き、礼を言って農夫と別れた私は、木造の古びた建物の門を叩いた。
「探偵のヒューゴだ。どうしても確認したいことがあり伺いました。今この街で起きている連続殺人と、関係があるかもしれないのです」
応対に出た年配のシスターに頼み込み、特別に十年前の入所記録と退所記録を見せてもらえることになった。
案内された資料室はひんやりと薄暗く、壁際には古い書類が山積みになっていた。
私は分厚い革張りの名簿を開き、十年前のページを慎重にめくっていく。
そこには、ある時期を境に一気に数名の子供が入所した記録が確かに残されていた。
私は色褪せた名簿の文字を、黒い革手袋に包まれた指でなぞりながら、現在の記録と照らし合わせ、ぽつりと呟いた。
「……殺害されたと思われる人数を引いて、現在も行方がわからない残りの子どもたちは、男が一人、女が一人の計二名か……」
さらに名簿の備考欄に目を移すと、そこには子供たちが施設内で呼び合っていた愛称が記載されていた。
本名すら持たない孤児たちにとって、それは互いを認識する大切な名前だったのだろう。
「愛称も記載されているな。レイニー、ペンチ、……スモーキー。それに女が、クイーン!」
スモーキー(煙)とクイーン。
それは、私が犠牲者の遺体からネクロマンシーで引き出した言葉そのものだった。
「ビンゴだ!」
死者たちが残した不確かな言葉の欠片が、ホーネットの孤児たちという一つの冷酷な事実へと収束した瞬間だった。
だが、その事実は最悪の事態を意味している。
「まずいぞ。残りの二人も『フレイヤー』に狙われているかもしれない!」
私の顔に、かつてないほどの鋭い焦燥が走った。
犯人『フレイヤー』が入れ墨を持つ孤児たちを順番に見つけ出し殺害しているのだとしたら、残るターゲットはこの街のどこかに潜んでいる、元孤児の男と女の二人だけだ。
一刻の猶予もない。
私は該当ページを急いで書き写すと、シスターに手短に礼を言い、弾かれたように孤児院を飛び出した。
黒いマントを翻し、一目散に向かったのは街の中心にある騎士団の詰め所だった。
勢いよく執務室の扉を開けると、そこには若手騎士のロイが一人で書類整理を行っていた。
「ヒューゴ殿!?いったいどうしたのですか、そんなに血相を変えて」
驚いて目を丸くするロイに対し、私は写し取った名簿の記録を机に叩きつけた。
「急いでくれ。この記録にある男女二名の孤児が、一連の連続殺人事件の次の標的になる可能性が極めて高い。今すぐ残る子どもたちを街中から探し出し、保護するように手配を命じる!」
いつもはドライで感情を見せない探偵のただならぬ剣幕に、ロイは驚いた表情で何度か頷くと、すぐさま他の騎士たちを呼ぶために部屋を飛び出していった。
ーー
騎士団への手配を終えた私は、宿に戻る前に遅めの昼食を取ろうと、大衆酒場『牛の蹄』を訪れた。
昼間の喧騒が嘘のように、中途半端な時間帯の店内は数人の常連客がまばらに座っているだけで静かだった。
私が店に入り、隅の空いている席につくと、目ざとく看板娘のニーナが駆け寄って注文を取りに来た。
「いらっしゃいませ、探偵さん!お酒ですか?それともお食事ですか?」
「食事を頼む」
「はい、少々お待ちくださいね!」
ニーナが元気よく厨房へと戻っていくのを見送ると、私は懐から先ほど孤児院で書き写したメモを取り出し、今日の捜査の進展を一人静かに振り返った。
「『蜂』『クイーン』『煙』。遺体から引き出した3つの不完全なキーワードは、全てホーネットという過去の闇、そして孤児院にいた名もなき子どもたちに繋がっていた……。一刻も早く、残る二人の子どもたちを見つけ出さなければ……」
「孤児院の子供って……何か今回の事件と関係があるんですか?」
不意に頭上から声がして、私はハッと顔を上げた。
いつの間にか戻ってきていたニーナが、お盆に乗せた温かい食事をテーブルに「コトッ」と置きながら、ひどく不安そうな顔で私を見下ろしていた。どうやら独り言を聞かれてしまったらしい。
「いや、なんでもない……」
私は一度ははぐらかそうとしたが、目の前のニーナを見つめ、少し考え直したように言葉を継いだ。
「いや、やはり君にも聞いてもいいだろうか?君と同じ歳くらいで、孤児院出身の男性か、あるいは女性をこの街で知らないか?」
その問いかけに対し、ニーナは明らかに動揺したように視線を泳がせ、持っていたお盆を胸の前でギュッと抱きしめた。
彼女はしばらく葛藤するように唇を噛んでいたが、やがて重たい口をゆっくりと開いた。
「私……実は、孤児院出身なんです」
ニーナの口から出た意外な告白に、私は紫色の瞳を少し細めた。
「でも、同世代の知り合いは1人もいません……。私は別の街の孤児院出身なので……」
ニーナは俯き加減で、ぽつりぽつりと過去を語り始める。
「お父さんとお母さんは、孤児だった私を引き取って、本当の娘のように愛情を注いで育ててくれました。私のために、過去の生い立ちを伏せてくれているんです。だから私、いつか王都に行ってたくさんお金を稼いで、お父さんたちに楽をさせてあげたいんです」
それは、彼女が王都に行くことに強くこだわっていた本当の理由だった。
育ての親への深い感謝と、彼女なりの健気な恩返しの決意。
ニーナのその真っ直ぐな告白に、私はいつものドライな態度を崩し、珍しく優しい言葉を投げかけた。
「そうか。話してくれてありがとう。しかし、君が王都に行ってお金を稼ぐことよりも、こうして元気な姿でそばにいてあげることが、ご両親にとっては一番の親孝行だと思うよ。一度、自分の本当の気持ちをご両親に話してみるといい」
私の言葉に、ニーナは少しハッとしたような、それでいて複雑そうな顔をした。
「……はい、一度ちゃんと話をしてみます」
彼女は少しだけ照れくさそうに笑うと、空いたお盆を抱えて厨房へと戻っていった。
「たまには、あいつにも優しい言葉をかけてやるべきかな……」
私は久しく会っていない助手の顔を思い浮かべ、少し懐かしい気持ちになった。
ーー
一方その頃、僕は宿屋の自分の部屋のベッドの上で、大きく伸びをしていた。
「うーん……よく寝た」
短剣で胸を深く刺されるという重傷を負ったはずなのに、ソフィアの献身的な治癒魔法のおかげか、傷口はすでに綺麗に塞がっていた。
モーリス先生からは安静にするようにと言われていたが、むしろ体は羽が生えたように軽く、自分でも驚くほどピンピンしている。
ヒューゴ先生がわざわざ用意してくれたあの不思議なポーションが、劇的に効いたのかもしれない。
そんな風に能天気に自分の体の回復力に感心していると、ガチャリと扉が開き、数日間の単独捜査を終えたヒューゴ先生が宿屋に帰還した。
ヒューゴ先生は、ベッドからすっかり起き上がり元気そうに部屋の中を歩き回っている僕の姿を見ると、いつものドライな態度のまま、しかし口角を少しだけ上げて軽く微笑んだ。
「すっかり元気そうだな、テオ」




