【第4話】献身的な看病と、新たなキーワード
裏路地での一件で、僕は一目散にヒューゴ先生に抱えられ、宿屋へと担ぎ込まれた。
今は自分の部屋のベッドに横たわり、ソフィアから付きっきりの介抱を受けている。
彼女はベッドの脇に腰を下ろし、淡い光を放つ両手を僕の胸の傷口にそっと当ててくれていた。
「治癒魔法のおかげでいつのまにか痛みもすっかり消えたみたいです。もうピンピンしてるのに「今日は休んでろ」なんてヒューゴ先生も大げさなんですよね」
僕が笑いながらそう言うと、ソフィアはとても心配そうな顔で、僕の顔を覗き込んできた。
「ダメですよ、先生の言うことはちゃんときかないと!」
至近距離で見つめてくる彼女の瞳には、真剣な光が宿っている。
そしてただ黙々と、傷口の奥深くまで魔力を届かせるように、念入りに魔法をかけ続けてくれていた。
凄惨な事件に巻き込まれ、短剣で胸を刺されるという恐ろしい目に遭ったはずだが、僕は彼女の献身的な看病のおかげで、恐怖よりも心温まるような安心感を感じていた。
その時、コンコンと控えめなノックの音がして、僕の部屋に3人の訪問者が現れた。
若手騎士の一人であるクライグ、検死官のモーリス先生、そして酒場の看板娘であるニーナだった。
「テオ、大丈夫か?……騎士団を代表してお詫びにきた」
クライグはどうやら、捜査の途中で一般人である僕が怪我をしてしまったことへの見舞いと謝罪のためにやってきたらしい。
「危険な目に合わせてしまい、申し訳ありませんでした。今後は必ず我々騎士団がみなさんを守ってみせます」
彼は口では立派な謝罪をしていたが、その視線は僕ではなく、僕のベッドの傍らで献身的に看病をしているソフィアに釘付けだった。
そして僕に対しては、あからさまに恨めしそうな、嫉妬に満ちた目を向けてくる。
ニーナはというと、「探偵さんの助手さんが怪我をしたって聞いたから」と、わざわざ心配してお見舞いに来てくれたらしい。
宿屋の前でたまたまモーリス先生たちとバッタリ出会い、一緒に部屋まで来たのだという。
「さて、ワシも一応医者じゃからな。少し診せてくれんか?」
モーリス先生はそう言うと、ベッドに近づき、僕の傷口を覆っていた包帯をそっとめくった。
彼は目を丸くして、しげしげと傷跡を見つめる。
「ほー、もう傷が塞がっとるの。こりゃあ驚きじゃ。ソフィアちゃんの治癒魔法というものは、なかなかすごいのう」
感心しながら、モーリス先生は僕の傷口だけでなく、腕や首元など、体を隅々まで興味深そうにチェックし始めた。
医者の性なのだろうが、あまりにぐいぐいくるため、僕は少し戸惑ってしまった。
「も、……もういいですか?」
このままでは丸裸にでもされるのではないかと思い僕が身を引くと、モーリス先生は「ああ、すまんすまん」と頭をかいた。
「ただの職業病じゃよ。……ところで、ちょっと聞くんじゃが、お主は孤児院の出身か?」
唐突な、検診とは全く関係のない質問だった。
その言葉が出た瞬間、部屋の隅にいたニーナの肩がビクッと跳ね、少し動揺したように視線を泳がせたのが見えた。
「いえ、そんな記憶はありませんけど……」
僕が答えると、モーリス先生は「そうか、変なことを聞いてすまんかったの」とあっさりと引き下がった。
「傷は綺麗に塞がっとるが、念のため二、三日は安静にして休むようにと、ヒューゴ殿からことづかっとる。それから、これはワシが彼から預かってきたものじゃ」
そう言ってモーリス先生は懐から錠剤が入った小袋と、小さな瓶を三つ取り出し僕に手渡した。
錠剤の方は、いつも食べすぎの僕に「毎日一粒飲むように、食べすぎた物を魔力に変換してくれる薬だ」と以前手渡してくれたものと同じだが、もう一方の小さな瓶は初めて見るものだ。
中には青く濁った液体が入っている。
「うぇ…、これ、何ですか?見るからにまずそうなんですけど?」
「魔力回復ポーションじゃ。まあ、一種の精力剤みたいなもんじゃな。一日一本飲んでおくと元気になると言っとったわい。あの探偵殿、いつもドライに見えて、助手に対しては意外と過保護じゃのう、ほっほっほっ……」
ザックを取り逃がす原因になり、完全に足手まといになってしまったと落ち込んでいたが、ヒューゴ先生が裏で僕の体を気にかけて、わざわざこんなものを用意してくれていたことが、たまらなく嬉しく感じた。
そんな僕たちのやり取りを、ソフィアは傍らで微笑みながら静かに見守っており、クライグはそんな彼女の横顔にすっかり見とれていた。
やがて検診が終わり、「それじゃあ、ワシらは仕事に戻るとするか」と、モーリス先生とクライグが退室していった。
クライグは部屋に女の子二人と僕だけが残る状況を、最後まで恨めしそうに睨みつけながら去っていった。
部屋が三人だけになった瞬間、それまで大人しくしていたニーナが、待ってましたとばかりに身を乗り出し、唐突な質問を投げかけてきた。
「ねぇねぇ、お兄さんは探偵さんの助手なんですよね?……彼女、いますか?」
ニーナが上目遣いで僕を見つめてくる。
こ、これはやばい。
どうやら僕の人生最大のモテ期が、この辺境の街で到来してしまったようだ。
「ちょっとニーナ、テオさんに失礼でしょ」
ソフィアが困ったようにニーナをたしなめるが、ニーナは全く気にする素振りを見せない。
「えー、別にいいじゃん。もし彼女にしてもらえたら、私も一緒に王都に帰れるかもしれないんだよ?」
「はぁ、この娘ったらもう……。テオさん、騒がしくしてごめんなさい。ゆっくり休んでくださいね」
呆れ果てたソフィアは、ニーナの背中をぐいぐいと押しながら、半ば強引に彼女を部屋から連れ出していった。
バタン、と扉が閉まる。
静かになった部屋で、僕はベッドに仰向けになり、天井を見つめながら幸せなため息をついた。
「ソフィアさんとニーナさん……どっちも捨てがたいなぁ!」
恐ろしい連続殺人事件の裏側で、僕には「どちらの女の子を選ぶべきか」という、なんとも贅沢で新たな悩みができてしまったようだ。
ーー
一方、騎士団に捕らえられたザックだったが、厳しい取り調べの結果、あっさりと容疑は晴れることになった。
彼は凄惨な連続殺人が起きた当時、別の街に滞在していたという完璧なアリバイがすぐに判明したのだ。
ザックはただの蜂蜜酒の密造や小間物密輸の罪を恐れ、騎士団の追及から逃れようと勘違いで暴走しただけの小悪党に過ぎなかった。
これにより、三人目の遺体から引き出した言葉『クイーン』をパブの名前とする解釈は間違っていたことになり、犯人『フレイヤー』へと繋がると思われたザックの線は完全に消え去ってしまった。
ようやく掴んだはずの手がかりがすり抜け、捜査は再び深い霧の中、完全に振り出しに戻ってしまったのだ。
そして、僕がベッドで数日の療養をしている間に、街をさらなる絶望が包み込んだ。
恐れていた『皮剥ぎ事件』の、四人目の犠牲者が発見されたのだ。
知らせを受けて現場へ向かったヒューゴ先生が、今回もネクロマンシーを用いて遺体から新たなキーワードを引き出した。
ヒューゴ先生が持ち帰ってきたその単語は『煙』だった。
数日後、少し体力が戻った僕は、気晴らしに一階の食堂へと顔を出した。
広い食堂の片隅にあるテーブルでは、ヒューゴ先生が一人で大量の捜査資料を広げ、深く頭を悩ませていた。
「火事、タバコ、飲食店……『煙』から想起される事象はあまりにも関連が多すぎる」
ブツブツと呟くヒューゴ先生の横顔には、いつもは冷静な彼でさえ、見えない犯人と増え続ける犠牲者を前に、疲労と焦りの色が濃く滲んでいた。
「ヒューゴ先生、僕も手伝います」
「お前はもう少し休んでいろ。一見大丈夫に思えても、病み上がりで以前のように動くと、別のところに負担がいくからな」
少し張り詰めた空気の中、厨房から紅茶のいい香りと共にソフィアが現れた。
彼女はお盆に乗せた温かいお茶と小皿を、ヒューゴ先生のテーブルへとそっと置いた。
「ヒューゴ先生、テオさん。私にも捜査のお手伝いをさせてください。宿屋の娘の私は、いろんな情報が耳に入ってくるんですよ!早く解決させて、元の平和な街に戻ってほしいんです」
ソフィアはヒューゴ先生の苦悩など吹き飛ばすような、太陽のように明るい笑顔を振りまいた。
「先生、ソフィアさんにも手伝ってもらいましょうよ!」
「…たしかに、街の情報に詳しい君に手伝ってもらうのは、良いかもしれないな…」
ヒューゴ先生はソフィアが持ってきた、小皿の上のナッツを一つ口に運んだ。
「それに、行き詰まった時は一度リセットして、最初からやり直してみるのも良いと思いますよ」
そのソフィアの言葉を聞いた瞬間、ヒューゴ先生の視線がハッと上がり、資料に向かっていた手がピタリと止まった。
「……最初に戻る、か」
ヒューゴ先生は一人静かに呟くと、バラバラに広げられた資料の中から、ある一枚の古い紙片を引き寄せた。
「先生、それって確か…」
それは、最初のキーワード『蜂』から行き着き、すでに壊滅したと結論づけていた盗賊団『ホーネット』の記録だった。
ソフィアの何気ない言葉を受け、捜査を基本に立ち戻ることに決めたヒューゴ先生は、もう一度最初のキーワードから導き出された「ホーネット」の過去を深く調べるため、再び騎士団に協力を要請すべく立ち上がったのだった。




