【第3話】路地裏の追跡と、僕の失敗
ホーネットの線は可能性が薄いと判断した矢先、またしても凄惨な事件が起きた。
全身の皮を綺麗に剥がされた遺体が、新たに発見されたのだ。
この猟奇的な手口の犠牲者としては、これで三人目となる。
今度の遺体からは、ヒューゴ先生のネクロマンシーによって『クイーン』という単語が引き出された。
息の詰まるような捜査の合間、僕とヒューゴ先生は情報収集と休息を兼ねて、大衆酒場『牛の蹄』へ向かった。
世話焼きで朗らかなベンとハンナの夫婦が営むこの店は、いつも活気に溢れていて居心地が良く、僕たちが定期的に食事に通うお気に入りの場所になっていた。
「あ、いらっしゃいませ!」
店に足を踏み入れると、酒場の看板娘で、ベンとハンナの娘でもあるニーナが元気いっぱいに挨拶をしてくれた。
彼女もまた、この街ではソフィアと1、2を争う人気の娘だ。
愛嬌のある笑顔で、常連客のテーブルを忙しそうに飛び回っている。
僕たちが席について一息ついていると、「そういやあんたたち、ガンツさんとこに泊まっているんだよね?」とハンナがおしぼりでテーブルを拭きながら話しかけてきた。
閉鎖的な国境近くの街において、王都からやってきたヒューゴ先生のような存在は、噂話が好きなハンナにとって格好の的になっていたのだ。
「そうだが、何か問題が?」
ヒューゴ先生は話の意図がわからないと首をかしげる。
「いや、ガンツさん愛想ないだろう?」
ハンナは少しさびしそうな顔をして、周囲を気にするように声を落とした。
「ガンツさん、何かあったんですか?、あ、僕カツカレー大盛りで」
僕が尋ねると、彼女はいつもの口癖をこぼした。
「ここだけの話なんだけどね、ガンツさんは娘さんが生まれた時に奥さんを亡くしてるんだ。さらに数年前には、その大事な娘さんも事故で亡くしてね……。あの当時は、見ていられなかったよ」
あまりに突然の重い話に、僕は言葉を失った。
「え?娘ってソフィアさんですよね?お姉さんか妹さんがいたんですか?」
思わず立ち入ったことを尋ねてしまった僕に、ハンナは首を横に振る。
「ソフィアちゃんは養女さ。娘さんが亡くなってしばらくしたら、ガンツさんが引き取ってきたんだ。亡くなった娘さんはオフィリアさんっていうんだけど、ソフィアちゃんと名前と顔がよく似てたんで、『娘が帰って来た』って大喜びでね。それ以来、ソフィアちゃんを溺愛してて、近寄る男連中には敵意丸出しさ」
宿屋の主人のあの愛想の無さと過剰な警戒心の裏に、そんな悲しい過去が隠されていたなんて。
僕たちはなんとも言えない、胸が締め付けられるような気持ちになった。
「でも、あの娘が来てくれてほんとに良かったよ。今では街中の人気者さ。ウチの娘のニーナとも親友だしね」
彼女の存在が、ガンツさんだけでなくこの街の多くの人を救っているのだろう。
そんなしんみりとした空気を吹き飛ばすように、ニーナが料理の乗ったお盆を抱えて戻ってきた。
「ねぇ、探偵さんは王都から来たんですよね?いいなぁー王都。私もいつかこんな田舎を出て、王都に住みたいなぁ」
ニーナも王都から来たヒューゴ先生に興味津々のようだ。
目を輝かせてヒューゴ先生の、高そうな黒いコートを見つめている。
「空気は悪いし、夜でも騒々しい。おまけに冬はずっと薄暗くて厳しい。この街の方がよっぽどいいと思うぞ」
ヒューゴ先生が無表情のまま現実的な話を返すが、ニーナは全くめげない。
「それでも行ってみたいの!探偵さん、お仕事が終わったら私も連れて帰って!」
冗談交じりに笑うニーナを、「バカ言わないの。それにあんた、彼氏はどうするんだい?」とハンナが呆れたように諌めた。
「もう別れたわよ……。最近会えばケンカばっかりだったし。せいせいしたわ」
ニーナが唇を尖らせてそっぽを向く。
「また別れたのかい?この娘は次から次へと……ちょっとはソフィアちゃんを見習って、落ち着いてほしいもんだね」
「もう、そんな話ばっかりしないで!楽しい気分が台無しよ!」
母親の小言にぷりぷりしながら、ニーナは空いたジョッキを掴んで厨房の手伝いへと戻って行った。
ヒューゴ先生はニーナがいなくなったことをきっかけに、ハンナに問いかけた。
「おかみさん、話は変わるが……『蜂』『クイーン』。この2つの単語から思い出すことは何かないかい?」
ヒューゴ先生の言葉を受け、噂好きのハンナが嬉しそうに身を乗り出してきた。
「ここだけの話なんだけどね」
ハンナは再びいつものセリフを言い、声を潜めながら、街の危険な裏話を話し始めた。
その中で浮上したのが、過去に蜂蜜酒の密造で逮捕歴がある小悪党、ザックの存在だった。
彼が経営するパブの名前はずばり『クイーン』だという。
犯人『フレイヤー(剥ぎ取り魔)』に結びつく明確な手がかりを得た僕とヒューゴ先生は、翌日騎士団と共に、裏路地にあるというパブ『クイーン』へと向かうこととなった。
ーー
表通りの空気とはまた違い、裏路地には独特の淀んだ空気が漂っていた。
昼間だというのに日の光は両脇にそびえる建物の壁に遮られ薄暗い。
ひんやりとした湿気と、カビや酒の入り混じったような、すえた匂いが鼻をつき、ただでさえ重苦しい気分をさらに沈ませた。
薄暗い石畳の細い路地を慎重に進むと、古びた木製の看板を掲げた目当ての店、『クイーン』が見えてきた。
しかしまだ明るい時間のためか、店は重い木の扉を閉ざしており、人の気配はなくひっそりと静まり返っている。
僕たちは足音を忍ばせながら建物の隙間を抜け、店の裏手へとまわってみた。
そこは空き箱や酒樽が無造作に積み上げられた、さらに薄暗く閉鎖的な空間だった。
すると、その木箱の陰で、周囲を極端に警戒しながら何やら怪しい動きで荷物をまとめている小柄な男の姿があった。
「すみません、ザックさんですか?」
僕が背後から声をかけた瞬間、男の肩がビクッと大きく跳ね上がった。
振り返り、騎士団をとらえたその顔はサッと青ざめ、目には明らかな恐怖と焦燥が浮かんでいる。
「お、俺になんの用だ!」
ザックは突然取り乱し、血走った目で僕たちを威嚇しながら後ずさった。
極度のパニックに陥った彼は、追い詰められた獣のように突然暴れ出した。
「捕まってたまるかっ!」
そして懐から隠し持っていた鋭い短剣を引き抜くと、その場でめちゃくちゃに振り回し始めた。
(あぶない!取り押さえないと!)
ザックを取り押さえようと近づいた瞬間、鈍い感触と共に、冷たい刃が僕の胸に向かって深々と突き立てられた。
「あっ……」
僕が呆然と短い声を漏らし、よろめいたその瞬間、ヒューゴ先生が素早く僕を支えた。
「お、俺じゃねぇ!こいつが勝手に飛び込んできたんだ!」
思わず刺してしまったことにさらに動揺したザックは、踵を返し裏路地を逃走し始めた。
「大丈夫だ!傷は深くはない。何をしている、早くヤツを追え!」
ヒューゴ先生が周囲に同行していた騎士たちに向かって、血相を変えて怒鳴り叫んだ。
その声には、常にドライで冷静な普段の彼からは想像もつかないような、必死な焦りと激しい怒りが滲んでいた。
ヒューゴ先生のただならぬ剣幕に圧倒され、騎士たちがザックを追って一斉に路地の奥へと駆け出していく。
荒々しい足音と鎧のこすれる音が遠ざかる中、僕は自分に何が起きたのか理解ができなかった。
「僕なら大丈夫です……犯人を追ってください。こんなの、ご飯を食べればすぐに治ります…」
ふらつきながらもなんとか立ち上がろうとした僕だったが、ヒューゴ先生が無理やり僕の体を強く押さえ込んだ。
「喋るな!じっとしていろ!」
ヒューゴ先生は僕の体を自分のマントで包み込むと僕を両手で抱え、一目散に僕たちが滞在している宿屋へと走り出したのだった。




