【第1話】着飾られた美しき遺体
私の名前はヒューゴ。
季節は冬。
王都の街並みは灰色の雲に覆われ、石畳の路地には凍てつくような木枯らしが吹きすさんでいた。
そんな底冷えのする早朝、王都の外れにある薄暗い路地裏で、最初の凄惨な事件が発覚した。
「だ、誰か来てくれ!早く!」
朝の定期巡回を行っていた若手騎士の悲鳴に近い叫び声が、静寂を切り裂いた。
駆けつけた他の騎士たちが目にしたのは、無惨にも切断された若い女性の頭部だった。
血の気は失せ、霜が降りたように青白くなった顔。
乱れた栗色の髪が凍りつき、石畳に張り付いている。
首から下、つまり胴体部分は現場のどこを探しても見当たらなかった。
王都の治安を維持する騎士団はただちに非常線を張り、大掛かりな捜査に乗り出した。
しかし、事態は早々に行き詰まりを見せることになる。
検死を依頼されたのは、王都でも名医として名高いヴィンセントだった。
彼は愛想がよく腕も確かな街医者であり、その手腕を買われて騎士団から時折検死官の仕事も請け負っていた。
銀髪のミディアムヘアに眼鏡をかけた彼は、いつもの穏やかな表情を少しばかり曇らせて、騎士団長に報告書を提出した。
「申し訳ありません、アンダーソン団長。私としても力になりたいのですが、いかんせん頭部だけの検死では限界があります」
ヴィンセントは眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、静かな声で言った。
「死因の特定すら難しいということですか?ヴィンセント先生」
騎士団長アンダーソンの大きな地声が、冷え切った安置所の壁に響く。
赤毛の短髪に筋骨隆々の巨体を持つ彼は、苛立ちを隠せない様子で低い唸り声を上げた。
「ええ。首の切断面は鋭利な刃物によるものと思われますが、それが致命傷だったのか、あるいは死後に切断されたのかも判断がつきません。犠牲者が何か毒物を飲まされていなかったか、あるいは病気を患っていなかったかなどを調べるための臓器もありませんからね。犯人に繋がるような有益な情報は、ここからはほとんど割り出せないというのが正直なところです」
頭部だけのその遺体は、おそらく二十代前半の女性であると推定された。
しかしそれ以上の進展はなく、現場に争った形跡も残されていなかったことから捜査は難航を極めた。
ーー
それから数週間後。
王都の人々の記憶から最初の事件の衝撃が薄れかけ、ただの不気味な未解決事件として処理されようとしていた頃。
第二の遺体が発見された。
今度は頭部だけではなく、全身が揃った状態だった。
だが、そのあり様は最初の事件以上に異様で、発見した者たちを芯から戦慄させることになった。
「なんだこれは……まるで……」
現場に駆けつけたアンダーソン団長は、雪がうっすらと積もった公園のベンチを見下ろして絶句した。
遺体には、まるで生きているかのように精巧で美しい死化粧が施されていた。
頬にはほんのりと赤い紅が差され、唇には艶やかなリップが塗られている。
首元には、幅広の黒いベルベットのチョーカーが巻かれ、その身には豪奢なレースがあしらわれたゴシック調のドレスがまとわされていたのだ。
両手は腹の上で行儀よく組まれ、美しく整えられた栗色の髪が肩に流れている。
まるでショーウィンドウに飾られた、精巧な等身大の人形さながらの美しい遺体であった。
それは凄惨な殺人事件の犠牲者というよりは、狂気じみた芸術作品のようだった。
死を美しく装飾することに異様な執着を見せる、見えざる犯人を騎士団の者たちは畏怖と嫌悪を込めてこう呼ぶようになった。
殺人鬼『ドールメーカー』と。
ーー
「おい、助手。お茶の準備を頼む」
「ヒューゴ先生、いつになったら名前で呼んでくれるんですか?」
王都の一角にある私の探偵事務所で、ソファに座っていた助手が不満げに口を尖らせた。
こいつは私の助手だ。
少しばかり空気が読めないところはあるが、どんな凄惨な現場でも物怖じしない性格を、私は密かに気に入っている。
「口を動かす暇があるなら手を動かすんだ。そろそろ客人が来る頃だぞ」
私は黒の革手袋をはめた手で、デスクの上の書類を片付けた。
紫色の前髪が視界をよぎる。
黒のスーツにマント、ブーツと全身を黒一色でまとめているのは、私の生業にとって都合が良いからだ。
私が王都で名探偵と呼ばれているのは、単に推理力に長けているからというだけではない。
ごく限られた一族のみに適性のある死霊術、ネクロマンシーの使い手だからだ。
死者を一時的に蘇らせ、その声を聞き、事件を解決に導く。
それが私の探偵としてのやり方だった。
つまり常に死者と関わり合いになる私にとって、黒色は正装とも言えるのだ。
間もなくして激しいノックの音が事務所に響き、助手が分厚い扉を開き、訪問客を招き入れた。
「あ、団長さんこんにちは。もうちょっと優しくノックしてもらえます?ドアが壊れるかと思いましたよ」
相変わらず助手は、思ったことをすぐに口に出している。
「ヒューゴ殿、急な訪問ですまない」
現れたのは、王都騎士団の団長であるアンダーソンだった。
いつもは悩みなど無さそうに豪快に笑っている彼だが、その顔には深い疲労と焦りが刻まれていた。
「構いませんよ、アンダーソン団長。巷を騒がせている『ドールメーカー』の件ですね」
私が静かに促すと、団長は重々しく頷き、持参した資料をデスクに広げた。
「すでに耳に入っているとは話が早いです。騎士団はこれを、同一犯による連続殺人事件と断定しました」
資料には、先日発見されたという二つの遺体の調書が綴られていた。
一つ目は路地裏で見つかった、首だけの遺体。
二つ目は公園で発見された、ゴシック調のドレスを着せられ、死化粧を施された全身遺体。
「どちらの犠牲者も、年齢は二十代前半の若い女性です。指紋記録簿に登録は無し。まぁ、犯罪歴がなければ当然ですが、一つ目の遺体は頭部しかなかったのだから言わずもがなです。どちらも歯型の照合によって身元が特定できました」
団長は忌々しげに吐き捨てた。
「猟奇的な犯行手口に加え、遺体を着飾るという異常性。これ以上、犠牲者を増やすわけにはいかない。ヒューゴ殿のネクロマンシー(死霊術)で、いつものとおり犠牲者から犯人の手がかりを聞き出してほしい」
「承知しました。行きましょう、遺体安置所へ」
私はマントを翻し、立ち上がった。
「ほら、お前も行くぞ、助手」
「だから、助手じゃなくて……」
助手のぼやきを背中で聞き流しながら、私は冷たい風が吹く王都の街へと足を踏み出した。




