【第1話】名探偵ヒューゴの来訪
僕の名前はテオ。
王都で名を馳せる名探偵ヒューゴの助手として、重苦しい空気に包まれたこの辺境の街を調査している。
国境に近いこの小さな街は、王都から派遣された騎士団が滞在する駐留地として有名だ。
馬車から降り立った途端、爽やかな初夏の風が吹き抜けた。
だが街を行き交う住民たちの顔は一様に暗く沈んでいる。
街角に立つ騎士たちの物々しい装備が、ここがただの、のどかな田舎街ではないことを無言で物語っている。
ヒューゴ先生をこの街へ呼び寄せた依頼主は、この街の騎士団の責任者である騎士団長ランドルフだ。
引き締まった体格に黒の短髪が特徴的な彼は、王都から到着したばかりのヒューゴ先生をひどく険しい表情で出迎えた。
無理もない。
この小さな街では、すでに凄惨な連続殺人事件が起きていたからだ。
最初の犠牲者は、全身の皮を綺麗に剥がされ、顔面をひどく潰された身元がわからない無惨な遺体となって発見された。
続く2人目の遺体は、崖下へ転落死した状態で発見されたという。
殺害の手口こそまったく違うものの、ランドルフ団長はこの異常な事態を同一犯による連続殺人と断定した。
そしてその犯人、通称『フレイヤー(剥ぎ取り魔)』を追うために、藁にもすがる思いで王都の名探偵に依頼を出したのだ。
僕の前を歩く細身で長身のこの男こそが、その名探偵である。
紫色の髪を風に揺らし、黒のスーツにマントを羽織り、足元のブーツから両手の黒の革手袋まで、全身を黒一色で統一した異端の探偵ヒューゴ。
彼は国中の難事件を解決に導いてきた名探偵であると同時に、死者を操るネクロマンサーの一族でもあった。
常にドライであまり感情を見せないヒューゴ先生は、重苦しい街の空気にも全く動じることなく、淡々とした足取りで騎士団の詰め所へと足を踏み入れた。
しかし、騎士団の全員が僕たちを歓迎しているわけではなかった。
顔合わせの席で、ミディアムの銀髪を揺らす細マッチョな男が、葉巻の煙をふかしながら鋭い視線を向けてきた。
副団長のリックだ。
彼は威圧的に僕たちを見下ろし、低い声で露骨に釘を刺してきた。
「暑苦しい格好をしやがって。ネクロマンサーだか何だか知らないが、俺たち騎士団の管轄を荒らすなよ」
あからさまな敵意だった。
ランドルフ団長が慌てて彼をたしなめたが、リックは面倒くさそうにそっぽを向いてしまった。
どうやらこの街での捜査は、姿の見えない殺人犯だけでなく、騎士団の一部にも神経をすり減らすことになりそうだ。
気を取り直して、僕たちが案内された滞在先は、街で一番大きく立派な宿屋だった。
騎士団の隊員たちも日常的に利用しているらしく、一階の食堂はかなり広々としている。
だが、ここでもまた歓迎されない空気を感じることになった。
宿屋の主人であるガンツは、大柄で無愛想、スキンヘッドで強面の男だった。
彼はカウンターの奥から、よそ者である僕たちに向かって鋭い視線を向け、あからさまな警戒心を隠そうともしない。
事件のせいで部外者に敏感になっているのかもしれないが、それにしても少し睨みすぎではないだろうか。
しかし、その張り詰めた空気を一瞬で和らげてくれた存在がいた。
「いらっしゃいませ!遠いところからよく来てくださいましたね」
ガンツの娘であり、この宿の看板娘でもあるソフィアだった。
年の頃は二十歳ほど。
美しい金髪のロングヘアを揺らし、常に明るい笑顔を絶やさない彼女が現れただけで、薄暗かった宿屋の空気がパッと華やかになったように感じた。
料理上手で笑顔も素敵な彼女は、この街の住人や駐留している騎士たちからも愛される存在らしい。
さっきまで僕たちを睨みつけていたガンツでさえ、彼女が声をかけた途端に目尻を下げて優しげな顔つきになったほどだ。
ソフィアは部外者である僕たちにも嫌な顔一つせず、大歓迎で宿の施設を隅々まで案内してくれた。
「ここが寝室、ここが厨房よ。裏庭のここが燻製小屋、あとはほとんど畑なの。採れたてだからウチの野菜はいつも新鮮よ。一箱しかないけどお父さんが養蜂もしているの。後で一緒にハチミツを取りましょう。三時にはホットケーキを焼くので楽しみにしててね」
次々と飛び出す魅力的な案内に、僕の疲れも吹き飛んでしまいそうだ。
「それに私、少しだけど治癒魔法も使えるんです。ケガをした時は私が治してあげるから、安心してくださいね!」
なんて素敵な娘なんだ。
僕は会ったばかりの彼女の明るさと優しさに、すでに惹かれ始めている自分に気がついていた。
隣を歩くヒューゴ先生は相変わらず無表情で施設を眺めているが、僕の足取りはすっかり軽くなっていた。
宿の案内を終えたソフィアは、厨房の奥から抱えるようにして何かを持ってきた。
「はい皆さん、これは私からのプレゼント」
そう言って彼女が差し出したのは、手作りの水筒だった。
ヒューゴ先生や僕だけでなく、この宿を利用している騎士団の全ての人たちに配っているらしい。
「もうだいぶ暑くなってきたから水分補給は大事ですよ。はい!副団長さんも」
彼女が飛び切りの笑顔で水筒を渡すも、副団長のリックは迷惑そうに片手で受け取り、ふんっと鼻を鳴らして葉巻をふかしていた。
せっかくの好意になんて態度をとるのだろうか。
とりあえずリックは誰に対しても愛想が悪いということがよくわかった。
彼女がくれた水筒は、なめらかな革製で素人目に見てもかなりしっかりとした作りだ。
「すごく器用なんだね」
僕が心から感心して声をかけると、彼女は少し照れたように笑った。
「ふふっ、いろんなものを手作りするのが趣味なの。あ、今晩はお父さんが狩ってきた鹿肉のステーキよ。今から仕込みに行ってくるわ」
「ヒューゴ先生、今晩はステーキらしいですよ!おかわりしてもいいのかなー?」
今晩の夕食のことで頭がいっぱいの僕のことは置いておき、いつも無表情なヒューゴ先生も、明るく笑うソフィアを見て珍しく口角を上げた。
「いいお嫁さんになれそうだ」
「うふふ、ありがとうございます」
そんな和やかな空気の中、ふとヒューゴ先生の手元を見た僕は思わず声をあげた。
「あ、ヒューゴ先生、そっちの水筒と変えてもらえませんか?」
「どれでも一緒だろ?」
「そっちがいいんですよ。…ありがとうございまーす!」
半ば強引に自分の水筒と交換する僕に、ヒューゴ先生は少し呆れたような顔をした。
そんなヒューゴ先生をよそに、僕はさっそく騎士団の若手たちと新しい水筒を見せ合いながら談笑を始めていた。
彼が押し付けられた水筒を手に取ると、その端には小さな黒い汚れが付いていた。
「普段はがさつなのに、こういうところは神経質なんだな……」
ヒューゴ先生は僕の背中を眺めながら、静かに微笑んだ。
ーー
翌日から、本格的な捜査が開始され、専用の捜査チームが結成された。
まずは探偵であるヒューゴ先生と助手の僕。
そして騎士団からは代表として騎士団長ランドルフ、副団長リック。
さらに実働部隊として若手の騎士からはロイとクライグが選ばれ、計6人のチームとなった。
ロイとクライグは僕と同世代の青年だった。
重苦しい捜査の中にあっても、彼らと同じチームになったことは少し心強く感じた。
しかし、事件はそう簡単には解決しない。
毎日街中を歩き回り、聞き込みと捜査に奔走するが事態は進展せず、僕もひどい疲労を感じていた。
それでも、宿に帰ればソフィアがいつも僕にだけ特製のスープを振る舞ってくれた。
「テオはひょろひょろで顔色も悪いんだから、もっとしっかり食べて太らないと」
彼女は冗談めかしながら、輝くような笑顔で僕を応援してくれる。
「いやーいつも結構食べてるんだけどね。ひょっとしたら太らない体質なのかも」
少し鼻の下が伸びていたかもしれないが、さっそく彼女特製のスープを一口飲む。
(ちょっと薄味だけど……この娘、ひょっとして僕のことが好きなのでは?)
勘違いかもしれないが、そう思うだけで僕のやる気は俄然アップしていた。
僕が食堂でソフィアと親しげに話していると、決まって彼女に好意を寄せる若手騎士のクライグが慌てて割って入ってくる。
「ちょっとテオ!彼女に色目を使わないでくださいよ!」
「色目なんて使ってないよ。ただ料理の話を少しね」
「嘘つけ!鼻の下が伸びてたぞ!」
凄惨な連続殺人事件の裏にある、そんな温かい日常のやり取りが、張り詰めたこの街での、僕の唯一の息抜きだった。




