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【幕間】

王都の厳しい冬が完全に終わりを告げ、探偵事務所の大きな窓からは、暖かな春の陽光がたっぷりと降り注いでいた。


分厚いオーク材のデスクの上には、騎士団から送られてきた今回の連続猟奇殺人事件、通称『ドールメーカー事件』に関する膨大な調書と書類の山が積まれている。


私は黒の革手袋をはめた手でそれらの書類を一枚一枚確認し、事件の最終的な整理を行っていた。


「ふぅ……。これでようやく、大変な書類仕事も一段落ですね、ヒューゴ先生」


向かいのソファに深く腰掛けていた助手が、両腕を大きく上に伸ばして背伸びをしながら言った。


「ああ。これでもう、王都の暗がりで新しいドール遺体が発見されることはないだろう。ヴィンセントの地下室に隠されていた四人目の犠牲者の本当の身体も、無事に取り戻せた。すべての遺体は元の頭と身体に正しく繋ぎ直され、身元も特定されたことで、みな遺族の元へと帰っていったよ。これで事件は本当に解決だ」


ネクロマンサーである私にとって、死者の声を聞き、真実を暴くことと同じくらい、死者の肉体をあるべき場所へ還すことは重要な使命だった。


他人のパーツを繋ぎ合わされた狂気の芸術作品ではなく、親から授かった本来の姿で弔われること。


それが、理不尽に命を奪われた彼女たちの魂に対する、せめてもの手向けとなるはずだ。


「それにしても、なんだかひどく悲しい事件でしたね」


助手が珍しく、少しだけしんみりとしたトーンで呟いた。


「恋人を病気で失ったお医者さんが、その悲しみを受け入れられずに、彼女の妹まで巻き込んであんな恐ろしい事件をおこすなんて。愛って、時々人を狂わせちゃうんですね」


助手の言葉に、私は書類から顔を上げ、小さく首を横に振った。


「いや、騎士団での取り調べの供述によれば、どうやら焚き付けたのは彼女の方らしい」


「えっ……彼女って、リリーさんのことですか?」


「そうだ。ヴィンセントは確かにアイリスさんの死を受け入れられず、遺体を地下の冷凍室に保存していた。しかし、最初から殺人まで犯して身体をすげ替えようと考えていたわけではないようだ。実際に姉に異常な執着を見せていたのは、妹であるリリーの方だった。彼女は、恋人を救えずに意気消沈し、絶望の淵にいたヴィンセントを洗脳するように誘導し、あの狂気の計画を提案して犯行の手伝いをさせたのだ」


ヴィンセントは王都でも屈指の上級治癒魔法の使い手だった。


その卓越した技術があれば、健康な身体さえ手に入れば、姉は生き返るかもしれない。


姉を慕うあまり正気を失った妹は、その狂った希望にすがりつき、ヴィンセントの腕を利用して自ら夜の街へと凶行に繰り出していたのだ。


「ええーっ!実際の黒幕は、あの愛想のいいリリーさんだったんですか!?」


助手は目を丸くして、ソファから身を乗り出した。


「人は見かけによらないとは言いますが……まさか白衣の天使の裏の顔が、連続殺人の実行犯だったなんて。見た目や普段の態度だけじゃ、人の心の奥底なんて本当にわからないものですね」


助手は両手で自身の腕をさすりながら、ブルッと大げさに身震いしてみせた。


「ああ。狂気は時々、最も日常的で穏やかな顔の裏に潜んでいるものだ」


私が事件の深い闇に思いを馳せていると、目の前の助手が不意にお腹をさすり始めた。


「はぁ……。なんだかすごくびっくりしたら、急にお腹が空いてきちゃいました。頭を使ったらエネルギーを補給しないといけませんよ」


「お前は書類の整理を手伝わずに、クロスワードをやっていただけだろう」


「まあまあ、細かいことは気にしないでください。そうだ、ヒューゴ先生!事件解決のお祝いも兼ねて、ビストロ・コーラルへお昼を食べにいきましょうよ!あの真っ黒なイカスミと麦のリゾット、僕ずっともう一回食べたいって思ってたんです!」


助手はさっきまでのしんみりとした空気など完全に忘れ去り、目を輝かせながら立ち上がった。


「はぁ……。お前は本当に食べ物のことしか頭にないな」


私は呆れ果てて深くため息をついた。


しかし、毎日のように冷たい遺体安置所や凄惨な現場に足を運び、死者の声に耳を傾け続けてきた私にとって、この助手のブレない食欲とポジティブさは、不思議と心を現実世界に繋ぎ止める錨のような役割を果たしてくれていた。


「……まぁ、そういえば少し腹は減ったな」


私はデスクの上の書類を、すべて1冊の分厚いファイルに綴じ、書類棚へと並べた。



『Case No.36【ドールメーカー事件】』



そして黒の革手袋をはめ直し、マントを翻して扉へと向かう。


「いくぞ、助手。今日はお前の胃袋が満足するまで食わせてやる」


私がそう声をかけると、助手は嬉しそうに駆け寄り、探偵事務所の分厚い扉を開け放った。


春の暖かな風が、冷たい死の記憶を洗い流すように事務所の中へと吹き込んでくる。


「やったー!先生の奢りですね!……ってもう、いつになったら名前でよんでくれるんですか?ヒューゴ先生」


春の陽光が降り注ぐ王都の街へ、助手の不満げで、しかしどこか弾んだ声が響き渡っていった。

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