【第14話】ドールメーカーの真実
「ハハハハハッ……」
冷え切った地下室に、男の乾いた笑い声が響いた。
「ああ……そうだ。彼女を救うためには、健康な若い女性の身体が必要だったんだ」
ついにヴィンセントが落ちた。
狂気に満ちた執念の鎖が断ち切られ、彼は床にへたり込んだまま、虚ろな目で手術台の上のアイリスを見つめている。
「なぜ、あのような何の罪もない犠牲者たちを狙った?」
アンダーソン団長が、怒りを噛み殺した声で問いただす。
この王都の治安を預かる者として、善良な市民が独善的な目的で殺されたことは到底許せるものではなかったのだろう。
「なぜ?…なぜとは?……そんなことわかりきってるじゃないですか…」
ヴィンセントは、団長の質問の意図がまったくわからないといった様子で、不思議そうに首を傾げた。
その瞳には罪悪感など微塵もなく、ただ純粋な狂気だけが宿っている。
「健康で、年齢、身長、体重が近く、同じ髪色、同じ髪型、さらに血液型がアイリスと同じだった。ただそれだけのことだ。それ以上でも以下でもない……」
「なんだと……」
ただ、自分の恋人の身体のスペアとして条件が合致しただけ。
犠牲者たちには何の怨恨もなく、ただ運悪く栗色のボブヘアで身体の規格が当てはまってしまったというだけの理由で、未来ある命を理不尽に奪われたのだ。
「もういいだろう……。私が彼女たちを殺して、首を切り落とし、ドールに仕立てて遺棄したんだ……。そうだ、私が『ドールメーカー』だ。だから……アイリスには、触らないでくれ……」
ヴィンセントは全てを諦めたように告白し、深く頭を垂れた。
「わかった……。おい、手錠をかけろ」
アンダーソン団長が騎士たちに指示を出し、ヴィンセントを拘束しようとしたその時だった。
「待ってください、団長。彼は一つ嘘をついています」
私の言葉に、騎士たちの手が止まる。
床にへたり込んでいたヴィンセントの肩が、ビクッと大きく揺れた。
「どういう意味ですか、ヒューゴ殿?彼が犯人ではないと?」
団長が鋭い視線を私に向ける。
「いいえ、彼は確かに死体を切り刻み、街にばらまいた『ドールメーカー』です。しかし、彼の言葉には一つだけ決定的な偽りがあります。そして皮肉なことに、それは彼自身が証明してしまっているのです」
私は薄暗い地下室を見渡し、静かに言葉を紡ぐ。
みなが私の推理に耳を傾けていた。
「彼の偽り。それは、彼自身が『犠牲者たちを殺した』ということです」
「なっ……」
「彼は三人目の犠牲者、つまりジェシカさんが殺害された夜、治療院のスタッフたちに裏打ちされた鉄壁のアリバイがあった。彼自身がそれを高らかに証明してみせました。……なら、犠牲者を誘拐し、殺害したのはいったい誰なのか?」
私は黒の革手袋をはめた右手をゆっくりと持ち上げた。
「彼には、手足となって動く共犯者がいたのです」
その言葉に、極寒の地下室の空気がさらに冷たく凍りついた。
私は真っ直ぐに指を突き出し、部屋の片隅で無言のまま立ち尽くしている人物を指し示した。
「そしてその共犯者は、あなただ、リリーさん」
全員の視線が、栗色のロングヘアをお団子に束ねた有能な看護師へと集中する。
「リリーは関係ない!私が一人でやったんだ!全部私だ!」
ヴィンセントが床に這いつくばったまま、顔を真っ赤にして狂ったように叫び出した。
「ヒューゴ殿、彼女が殺人の実行犯ということですか?いくらなんでも、あんな小柄な女性が……。それに、動機は何なのですか?」
アンダーソン団長が信じられないといった様子で問いかけてくる。
私はマントを翻し、斜め後ろに控えていた助手に視線を向けた。
「助手、説明を」
「はい、待ってました!僕の調べによるとですね、リリーさんはヴィンセント先生の婚約者、そこに横たわっているアイリスさんの実の妹さんです。お姉さんのことをすごく慕っていたみたいですから、おそらく彼女もヴィンセント先生の狂気じみた計画に協力していたんだと思います!」
助手がここぞとばかりに胸を張り、調べ上げた事実を地下室に響き渡る声で披露した。
「違う!私が全部一人でやったんだ!彼女がやったという証拠がどこにある!?適当なことを言うな!」
ヴィンセントは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、必死にリリーを庇おうと取り乱している。
当のリリー本人は、何も言わず、ただうつむいて沈黙を保っていた。
「証拠ならありますよ。死者は決して嘘をつかないのです」
私は冷酷に事実を突きつける。
「彼女が犯人だという証拠の一つは、三人目の犠牲者のジェシカさんが残したキーワード、『女性の声』と『甘い匂い』です」
「甘い匂い……ああ、あの時、香水店や菓子屋を探し回ったが手がかりはなかったと、ご報告いただきましたな」
団長が手帳を片手に頷く。
「ええ。私は以前、雨上がりの大通りでリリーさんと会った時に、微かに甘い匂いを嗅いだ気がしました。その時は香水店の前にいたので、客の残り香か、気のせいかと思ったのですが……次にこの治療院へ伺った際に同じ匂いを嗅ぎ、その正体をはっきりと思い出したのです」
私はヴィンセントの目を真っ直ぐに見据えた。
「あれは、医療用の麻酔薬の匂いだと」
アンダーソン団長がハッとして息を呑む。
「リリーさん。あなたはあの時、重い荷車を引いて薬の仕入れに行っていましたね。その荷車に乗せてあった大量の麻酔薬の香りが、荷台の厚手の布をめくった時にフワリと漂ったのです」
私はうつむく彼女へと一歩近づいた。
「おそらくあなたは、夜の暗がりで犠牲者に優しく声をかけて油断させ、強力な麻酔薬を嗅がせて意識を奪った後、抵抗できない状態にしてから絞殺した。……あの小柄な身体で大人の女性を殺害し、運搬できた理由。それは肉体強化魔法などというものではなく、医者の知識を悪用した麻酔薬と、普段から薬の運搬で使い慣れているあの大きな荷車があったからです」
私の言葉が、静寂に包まれた地下室に一つ一つの事実として積み重なっていく。
「そして、その遺体を荷車に乗せて治療院まで運搬し、二人でこの地下室まで運んだんだ」
「そんなの、私以外でもできるじゃない!」
突然、うつむいていたリリーが顔を上げ、鋭い声で叫んだ。
その顔つきは、いつもの親しみやすい看護師のものから、冷酷で刺々しいものへと完全に豹変していた。
「王都には薬を扱う人間なんていくらでもいるわ!荷車だって誰でも引ける!それだけで私が人殺しだなんて、言いがかりもいいところよ!」
彼女は必死に声を荒げ、私を睨みつけた。
「ええ、それだけならただの状況証拠に過ぎません。ですが、証拠はまだあります」
私は少しも動じず、言葉を続けた。
「次が、あなたが犯した決定的なミスです。四人目の犠牲者が残したキーワードを覚えていますか、団長」
「四人目……激しく腐敗した遺体からヒューゴ殿が引き出した言葉だな。たしか『真っ暗』と『揺れる地面』だったはずだ」
「その通りです。それはおそらく、布をかぶせられた木製の荷車に乗せられ、石畳の上を運ばれている状態を指しているのではないですか?」
私の言葉に、リリーの顔が明らかに曇り、さっと血の気が引いていくのがわかった。
「ここで一つの疑問が生じます。ネクロマンシーは死ぬ直前の強い記憶を引き出す魔法。ならなぜ四人目の犠牲者の最後の記憶が、荷車に乗せられた記憶だったのか」
私はリリーから目を逸らさず、冷酷な推理を突きつける。
「それはおそらく、あなたが麻酔薬で眠らせて殺したと思い込み、荷車に乗せた犠牲者が……実はまだ死んでいなくて、運搬の途中で目を覚ましたからではないでしょうか」
「あっ……」
リリーの喉から、小さな悲鳴のような音が漏れた。
「厚手の布の下の真っ暗な荷台の上で意識を取り戻し、揺れる地面の感覚に恐怖する犠牲者。そして犠牲者が意識を取り戻した気配に気づいたあなたは、荷車の上で布越しに首を締め、今度こそ確実に彼女を殺害したのだ」
地下室に沈黙が落ちた。
殺害の生々しい光景が、その場にいる全員の脳裏に浮かび上がっていた。
「ふざけないで!それもただの推測じゃないの!私が殺したという証拠とは言えないわ!」
リリーは顔を引きつらせ、なおも食い下がった。
「確実な物的証拠なら、すぐそこにありますよ」
私は静かに振り返り、部屋の中央を指差した。
「団長、手術台の上のアイリスさんの指先を、よく見てもらえますか」
アンダーソン団長は訝しげに眉をひそめながらも、言われた通りに手術台へと近づいた。
そして、青白く硬直した遺体の右手に顔を近づけ、その指先をじっと見つめた。
「……指先が少し擦りむいてるな。それに、爪の間に何か茶色いものが詰まっているようだ」
団長の報告に、リリーが目をつぶり下唇を噛み締める。
「私は先日、治療院の前で、木製の荷車を引きながら帰ってきた彼女と偶然出くわしました。その時、助手が勝手に荷台の布をめくってしまったのですが、荷台は空でした。しかし、その空の荷台を見た時に、私はあることに気づいたのです。荷台の底板に、まるで爪で必死に引っ掻いたような、生々しい傷跡が残っていたことに」
「あ、あの時の!」
助手が驚いたように声を上げる。
「そう。つまり、荷車の上で殺された四人目の犠牲者は、苦しみもがくうちに荷台の底板を激しく引っ掻き……その木片が、爪の間に残ったのです」
私は手術台の上の遺体に目をやった。
「ヴィンセント先生の狂気によって、この遺体の首から下には四人目の犠牲者の身体が繋ぎ合わされている。つまり、この指はアイリスさんのものではなく、四人目の犠牲者のものです。その爪の間に残された異物と、リリーさんが使っている荷車の底板の成分を分析してください。必ず一致するはずです」
逃れようのない、決定的な物的証拠。
犠牲者が最期の瞬間まで生に執着し、もがき苦しんだその痕跡が、皮肉にも『ドールメーカー』たちの犯罪を暴く最後の鍵となったのだ。
私のその言葉を受け、リリーを繋ぎ止めていた何かが崩れ落ちた。
「ああ……あぁぁぁぁぁっ……」
彼女はもはや反論する気力も失い、何も言わずにその場に崩れ落ちた。
冷たい石の床に膝をつき、両手で顔を覆って声を殺して泣き始める。
「アイリスお姉ちゃん……ごめんなさい……お姉ちゃん……」
一人の女性を慕うがあまり、凶行に走ってしまった一組の男女。
彼女の悲痛な泣き声だけが、冷え切った地下の手術室に虚しく響き渡っていた。




