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【第13話】地下室の眠り姫

王都の西区にあるヴィンセントの治療院に私たちが到着した時、そこにはいつものように多くの患者で溢れ、忙しない日常の空気が流れていた。


しかしアンダーソン団長をはじめとする武装した屈強な騎士たちが、何人も足を踏み入れたことで待合室の空気は一変した。


ものものしい騎士団の団体と、青ざめた顔でうつむく院長のヴィンセント。


そして黒ずくめの私と助手の姿に、受付や処置室で立ち働いていた看護師たちは手を止め、不安げにざわめき始めた。


「ヴィンセント先生、何かあったんですか?」


一人の看護師が恐る恐る尋ねるが、ヴィンセントは力なく首を振った。


「……みんな、聞いてくれ。今日は、いや、今日からしばらくこの治療院は休院にする。悪いが、待合室にいる患者さんたちにもそう伝えて、今日はもう帰ってくれ。君たちも、後片付けが終わったら帰りなさい」


ヴィンセントの絞り出すような声に、看護師たちは顔を見合わせながらも、院長のただならぬ様子に逆らうことはできず、戸惑いながら患者たちに事情を説明し始めた。


やがて患者たちが不満や不安の声を漏らしながら治療院を後にし、看護師たちも足早に帰り支度をして一人、また一人と帰路についていく。


広くなった待合室に静寂が戻りかけた時、そこにはまだ一人の看護師が残っていた。


栗色のロングヘアをお団子に束ねた、有能な看護師のリリーだ。


「先生、どうしたんですか。騎士団の方々までいらして、先生に何があったんですか?どうか教えてください」


リリーは不安そうな顔でヴィンセントにすがりつくように問いかけた。


動揺するのも無理はない。


彼女からすれば、ずっと背中を見てきた尊敬する先生が、犯罪者のように騎士団に取り囲まれているのだ。


「リリー君……君もいいから、早く帰りなさい。ここからは、君が知る必要のないことだ」


ヴィンセントは目を合わせようとせず、突き放すように言った。


しかし私は一歩前に出て、ヴィンセントの言葉を遮った。


「いいえ、リリーさんも話を聞く権利があります。……さあ、一緒に行きましょうか」


「ヒューゴさん、彼女は関係ない!」


ヴィンセントが鋭く声を上げたが、私は彼を冷ややかに見据えた。


「関係あるかないかは、すべてを知った後で彼女自身が決めることです。案内してください、ヴィンセント先生。四人目の犠牲者の『本当の身体』がある場所へ」


私の言葉にヴィンセントは唇を噛み締め、それ以上反論することはなかった。


不思議そうな顔で私とヴィンセントを交互に見つめるリリーを連れて、私たちは治療院の奥へと進んだ。


廊下の突き当たり、普段は固く鍵がかけられ、ヴィンセント以外の誰も立ち入ることが許されていない重厚な扉の前に立つ。


ヴィンセントが震える手で鍵を取り出し、鍵穴に差し込んで回すと、重々しい金属音が響き、扉がゆっくりと開いた。


そこには地下へと続く薄暗い石階段が口を開けていた。


「進んでください」


コツ、コツ、コツ……


アンダーソン団長に促され、ヴィンセントを先頭に、私たち一行は狭い階段を足音を響かせながら降りていく。


階段を一段下りるごとに、まるで冬の遺体安置所に戻ったかのように、鋭い冷気が足元から這い上がってきた。


「ずいぶん寒いな……。この下に何があるというのだ」


アンダーソン団長がマントの襟を合わせながら、低い声で漏らした。


春めいた地上の陽気とは打って変わり、地下の空気は異常なほどに冷え切っている。


「そうですか?僕は全然平気ですよ。ちゃんと食べてますか、団長さん?」


「お前はただ鈍感なだけだ。それにもっと気を引き締めろ。ここは『ドールメーカー』の巣穴だ……」


私のその言葉に、助手の表情が少し固くなる。


階段を降りきった先は、石造りの広い空間だった。


そこは壁に強力な冷却用の魔導具がいくつも設置された冷凍室となっていた。


部屋の中央には金属製の台が置かれ、メスや縫合用の糸、止血鉗子などの医療器具が整然と並べられていた。


「なんだここは……。冷却装置で極限まで冷やされているのか。まるで巨大な冷凍室、いや、手術室じゃないか」


アンダーソン団長が、吐く息を白く染めながら部屋全体を見回した。


その時、団長の視線が部屋の中央に置かれたもう一つの金属台で止まった。


そこには、白いシーツがこんもりと人型に膨らんでいるのが見えた。


「誰かいるぞ。おい、確認しろ」


団長が背後の騎士たちに合図を送り、彼らが用心深くそのシーツの膨らみへと歩み寄ろうとした瞬間だった。


「触れるんじゃない!」


それまで無言でうつむいていたヴィンセントが、急に狂ったように叫び声を上げ、騎士たちの前に立ち塞がった。


その目は血走り、いつもの冷静な名医の面影は微塵もなかった。


「退きなさい、ヴィンセント先生。我々は捜査の権限を持っています」


アンダーソン団長が静かだが威圧的な声で告げ、騎士の一人がヴィンセントを強引に押しのけて、金属台の上の白いシーツを勢いよくめくった。


そこには、一人の若い女性が仰向けに横たわっていた。


栗色のボブヘアがよく似合う、儚げで美しい顔立ちの女性だ。


血の気は全くなく、肌は冷却装置の冷気によって陶器のように冷たく硬直している。


「死んでいるな。ヒューゴ殿、この女性はいったい誰だ?行方不明者の中に、このような女性はいなかったはずだが」


団長が怪訝な顔で私に問いかけた。


私はヴィンセントと、その後ろで息を呑んで立ち尽くしているリリーに目をやり、静かに答えた。


「その女性は、彼の婚約者だったアイリスさんです。……そうですよね、ヴィンセント先生」


私が代弁すると、アンダーソン団長は驚いたように眉をひそめた。


「なんだと……。ヴィンセント先生、なぜご自身の恋人の遺体をこんな地下室で保管しているのだ?ご家族への報告や、埋葬はどうした?」


団長の常識的な問いかけに対し、ヴィンセントは目を大きく見開き、信じられないことを聞いたというように首を振った。


「埋葬?なぜそんなことをしなければならない?彼女は死んでなどいない。今はただ、少しばかり深く眠っているだけだ。健康な身体さえ手に入れられれば、彼女はきっと目を覚ますんだ!」


ヴィンセントの口から飛び出したのは、常軌を逸した狂気の言葉だった。


彼の脳内では、目の前の冷たい遺体はまだ生きていることになっているのだ。


「あなたの過去を調べさせてもらいましたよ、ヴィンセント先生」


私は黒の革手袋をはめた手でマントを翻し、冷徹に事実を突きつける。


「アイリスさんは、数年前から重い難病を患っていました。あなたは彼女の治療を何年も必死に行っていましたね。王都でも名医と呼ばれるほどのあなたの治癒魔法をもってすれば、どんな大怪我も治せたはずだ。しかし、治癒魔法は万能ではない。病気を治すことはできないのです」


ヴィンセントの顔が苦痛に歪む。


「懸命な闘病の末、アイリスさんは去年の冬に亡くなられました。それは紛れもない事実です」


「違う!アイリスは死んでない!私の魔法があれば、彼女は絶対に救えるんだ!」


ヴィンセントは頭を抱え、頑なに恋人の死を認めようとはしなかった。


愛する者を救えなかった絶望が、彼を狂気の世界へと引きずり込んでしまったのだ。


アンダーソン団長は、頭を抱えてうずくまるヴィンセントを見下ろし言葉をかけた。


「……あなたが恋人の死を受け入れられず、その遺体を密かに保管していたことはわかりました。愛する者を失った悲しみは察するに余りある」


団長は哀れむような視線を向けた後、すぐさま治安維持の長としての厳しい顔つきに戻った。


「しかし、我々は四人目の身体を探しにきたのです。この地下室にあるのなら、探させていただきます。……おい、くまなく探せ!」


団長の号令とともに、三人の騎士たちが狭い手術室の捜索を始めた。


壁際に並んだ薬品棚、医療器具が積まれたワゴン、そして、部屋の隅に置かれていたひときわ大きな冷却ボックス。


一人の騎士がそのボックスの重い蓋に手をかけ、力いっぱいに押し開けた。


中を覗き込んだ騎士が、弾かれたように息を呑む。


「団長、こちらのボックスに首のない遺体があります!」


その報告が地下室に響いた瞬間だった。


「汚い手で触るな!」


それまでうずくまっていたヴィンセントが突然立ち上がった。


彼は狂ったように暴れ出し、ボックスを開けた騎士へと猛然と掴みかかろうとする。


「取り押さえろ!」


アンダーソン団長の怒声が飛び、すぐさま二人の騎士がヴィンセントの両腕を背後にねじり上げ、冷たい石の床へと押さえ込んだ。


「離せ!彼女に触るな!あぁぁぁぁっ!」


ヴィンセントは床に顔を押し付けられながらも、血走った目で冷却ボックスを睨みつけ、絶叫を続けている。


その異様な光景の隅で、同行していた看護師のリリーは一言も発することなく、ただ青ざめた顔でその場に立ち尽くしていた。


アンダーソン団長は暴れるヴィンセントを一瞥した後、ボックスの中を確認し、深く頷いた。


「ついに証拠が出ましたな、さすがヒューゴ殿だ。ここに隠されていたのが、行方不明になっていた四人目の犠牲者の本当の身体というわけだ」


事件の全容が解明されたと確信し、安堵の表情を浮かべる団長。


しかし、私は首を横に振った。


「みなさんその遺体には触れないでください。それは四人目の犠牲者の身体ではありません」


私の静かな声に、団長も騎士たちも動きを止めた。


「どういうことです?」


アンダーソン団長が怪訝そうに眉をひそめ、私とボックスの中の遺体を交互に見比べる。


「それはアイリスさんの身体です」


私が冷酷な事実を口にした瞬間、騎士団の面々は水を打ったように凍りついた。


助手の口からも「えっ……?」という間抜けな声が漏れる。


団長はボックスの中の首のない遺体と、部屋の中央の金属台に横たわる『アイリス』の遺体を見比べ、なんとか言葉をひねり出した。


「じゃ…じゃあ、この手術台の上の遺体。……この首から下が…?」


「そうです」


私は黒の革手袋をはめた手で、金属台の上に横たわる美しい女性の身体を指差した。


血の気を失いながらも、病の痕跡など一切ない、若く健康的な身体。


「彼は病気で亡くなった彼女の首から下を、健康な身体にすげ替えれば彼女が蘇ると思い、犯行を重ねていたのです」


その場の誰もがその犯行動機を、すぐに理解することができなかった。


「彼は王都の若い女性たちを標的にし、その首を切り落としては『健康な身体』を奪い取っていた。奪った身体をアイリスさんの頭部に繋ぎ合わせ、蘇生を試みる。しかし当然、ただ身体をすげ替えただけで死者が生き返るはずなどない。蘇生に失敗するたびに、また新しい『健康な身体』を求め、彼は犠牲者を増やし続けた。……それがこの異常な連続殺人の動機だったのです」


そして不要になった古い身体は、証拠隠滅のために切り落とした犠牲者の頭部と繋ぎ合わされ、ドール遺体として王都に遺棄されていたのだ。


「そんなこと…正気じゃない…」


歴戦の猛者であるはずのアンダーソン団長でさえ、そのあまりにも常軌を逸した動機に驚愕し、顔面を蒼白にして後ずさった。


床に押さえつけられたヴィンセントは、もはや人間の言葉ではないようなうなり声を上げ続けている。


その中でただ一人。


リリーだけが暗い地下室の片隅で、人形のように無言で立ち尽くしていた。

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