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【第12話】凍りついたトリック

「ではこの悪魔の所業とも言える、すげ替えトリックが、他でもないヴィンセント先生、あなたでなければ成立し得なかったという明確な理由を説明いたしましょう」


重苦しい安置所に、私の声が静かに響く。


ヴィンセントは無言のまま、白衣のポケットの中で拳を握りしめたまま、私を睨みつけていた。


「まずは、二人目の犠牲者の記憶です。私がネクロマンシーで引き出した彼女の最後の記憶は、『パスタを食べたこと』と『雨が降っていたこと』でした。しかし、ヴィンセント先生、あなたが検死をした結果、胃の中にパスタの痕跡はなく、代わりに真っ黒な『イカスミと麦のリゾット』が入っていた」


「……それがどうしたというのですか。ただ単に、彼女がパスタの後にリゾットを食べたというだけの話でしょう」


ヴィンセントが冷たい声で反論する。


「ええ、最初は私もそう考え、空白の時間を埋めようと王都中を歩き回りました。しかし、頭と身体が別人であるという前提に立てば、この矛盾はあまりにも簡単に説明がつく。胃の中にパスタがなく、イカスミと麦のリゾットが入っていたのは、パスタを食べた頭部に、リゾットを食べた別人の身体が繋がれていたからだ。ただそれだけのことだったのです」


アンダーソン団長が「ああ……」と低く言葉をもらし、自身の額を強く押さえた。


「さらに、ネクロマンシーで私が彼女に『立ち上がれ』と命令した時、遺体は全く動くことができなかった。あの時あなたは、首の骨が折れ、神経が完全に断裂しているからだと説明しましたね。そして、それは尋常ではない腕力、つまり肉体強化魔法の使い手による犯行だろうと我々を誘導した」


私は一歩、ヴィンセントへと近づいた。


「ですが、大人の首をへし折る肉体強化魔法の使い手などという異常者は、最初から存在しなかった。首の骨が折れ、神経が切断されていたのは、首を絞められてへし折られたからではない。鋭利な刃物で完全に切断された首が、他人の身体と繋ぎ合わされていたからに過ぎないのだ。あなたは検死官という立場を悪用し、切断の事実を隠蔽して我々の捜査の目を『腕力の強い魔法使い』という幻影へと向けさせたのです」


私の言葉に、ヴィンセントは「ギリッ」と歯を噛み締めた。


「……こじつけですね。検死の結果をどう解釈するかは医者の裁量です。それに、私がそんな手の込んだパズルをする動機がない」


「動機ですか……。そこに関しては私もまだ掴みきれていない部分があります。だが目的ならわかります。あなたは犠牲者たちの『身体』そのものを欲していたのです」


私がそう断言すると、ヴィンセントのまぶたが微かに震えた。


「三人目の犠牲者……身元不明とされていたドール遺体の検死の時を思い出してください。あの時、あなたは遺体のおかしな状態を指摘した。少し暖かくなってきた気候で腐敗したにしては、胸腔に大量のドリップが溜まり、肝臓がスポンジのように崩れていると」


「ええ、言いましたよ。それが医学的な事実だからだ。遺体は一度凍らされて、細胞が破壊されていたと断言できる」


「その通りです。しかしあの時、私は一つ強烈な違和感を覚えていました」


私は遺体袋に包まれた三人目の犠牲者に目をやった。


「身体は一度凍らされてから解凍されたことで、内臓がドロドロに崩れるほど腐敗が進んでいるのに、顔だけは不自然なほど綺麗だった。その違和感の正体こそが、頭と身体の腐敗速度のズレです。三人目の犠牲者として遺棄されたこの遺体は、新しいジェシカさんの頭部に、二人目の犠牲者の身体が繋ぎ合わされていた。二人目の身体は、あなたがずっと自身の冷凍室で保管していたからです」


「冷凍室で、身体を……?」


アンダーソン団長が信じられないものを見る目でヴィンセントを見た。


「そうです。ヴィンセント先生。あなたは犠牲者を殺害し、首を切り落とした後、その『身体』だけを何らかの目的のために冷凍室で保管していた。しかし新しい身体を手に入れるたびに、古い身体は不要になる。だからあなたは切り落とした不要な頭部を、不要になった古い身体に接続して、この王都の街へドール遺体として遺棄していたのだ」


安置所の空気が、さらに数度下がったかのように錯覚した。


連続殺人鬼『ドールメーカー』の正体。


それは、美しい死体を愛でる狂気の芸術家などではなく、ただ単に不要になった死体のパーツを組み合わせ、証拠隠滅のために捨てていた冷酷な解体者に過ぎなかったのだ。


「……なんておぞましい……」


ジェシカの母親が、顔を覆ったまま泣き崩れた。


「でも、それなら四人目の犠牲者はおかしくないですか?」


重苦しい空気を破るように、助手が手を挙げて口を挟んだ。


「四人目のご遺体は、顔も身体も同じくらい腐敗してましたよね。それまでのように身体だけが冷凍保存されていたのだとしたら、やはり顔の腐敗速度は身体より遅くなるんじゃないですか?」


「……よく気がついたな、助手。お前のその、たまに鋭い観察眼には驚かされるよ」


私が珍しく素直に褒めると、助手は「えへへぇ」と照れくさそうに頭を掻いた。


「助手の言う通りです。三人目の犠牲者の検死の際、私は顔の腐敗だけが遅れていることに違和感を覚えました。しかし、それに気づいたのは私だけではなかった。……そうでしょう、ヴィンセント先生。誰よりも優秀な検死官であるあなた自身も、他人の頭と身体を繋ぎ合わせたことによる『腐敗速度のズレ』という致命的なミスに、その時気づいてしまったのです」


ヴィンセントの眼鏡の奥の瞳が、僅かに見開かれた。


「だからこそ、あなたは次の犠牲者からは手口を変えた。四人目の犠牲者からは腐敗速度をあわせるために、切り落とした不要な頭部も一度冷凍室に入れ凍結させたのだ。そして、頭と身体の細胞の破壊具合を均一にしてから、古いジェシカさんの身体とつなぎ合わせて遺棄した。その結果、四人目の犠牲者は顔も身体も同じように激しく腐敗し、どす黒く変色していたというわけです」


私は安置所内の人々の顔を一通り見つめ、一呼吸置いてから話を続けた。


「これらの遺体を繋ぎ合わせるための、極めて高度な治癒魔法の腕前。さらには、検死に直接立ち会った者でなければ知り得ない現場の情報を、即座に次の犯行の隠蔽工作へと反映させることができる人間。……それが可能なのは王都広しといえども、ヴィンセント先生、あなただけなのですよ」


私の決定的な告発に、ヴィンセントはもはや反論しなかった。


薄暗い安置所の中で、彼は力なくずっとうつむいたまま黙っていた。


完璧だと思われていた『ドールメーカー』の芸術的な偽装工作は、完全に崩れ去ったのだ。


「……信じられん。あなたのような立派な医者が、なぜこれほどまでにおぞましい事を」


アンダーソン団長が、理解の範疇を超えた狂気に声を震わせる。


その目には、長年検死官として信頼を寄せていた男に対する深い失望と、抑えきれない怒りが渦巻いている。


三人の護衛の騎士たちも、いつでもヴィンセントを取り押さえることができるよう、じりじりと包囲の輪を狭めていた。


「なるほど、ヒューゴ殿。『ドールメーカー』がこの男であり、遺体のすげ替えトリックを行っていたことは理解できました」


アンダーソン団長は手帳を固く握りしめ、険しい表情のまま私に問いかけた。


「しかし、まだ解けていない謎がありますぞ。三人目の犠牲者の頭部であるジェシカさんが残した『女性の声や甘い匂い』、そして四人目の犠牲者が口にした『真っ暗で揺れる地面』。これらの死者の言葉が意味するものは何なのですか?それに……四人目の犠牲者の身体がジェシカさんのものだというのなら、四人目の『本当の身体』は、今どこにあると言うのですか!」


団長の問いかけは、この事件に残された最後の暗部を突いていた。


不要なパーツを組み合わせたドール遺体がここにあるということは、最後に手に入れた「一番新しい身体」は、まだ犯人の手元にあるということだ。


「ええ、その通りです、団長」


私は頷き、うつむき立ち尽くすヴィンセントを見据えた。


「残された死者の言葉の謎は、四人目の身体の在りかと共にすべて紐解かれます。これ以上、彼に犠牲者の身体を弄ばせるわけにはいきません。……さあ、四人目の本当の身体を取り戻しに行きましょう。案内してくれますね、ヴィンセント先生」


私の静かだが逃げ場を許さない言葉に、安置所は再び重苦しい静寂に包まれた。


冷却装置が唸る中、ヴィンセントはゆっくりと顔を上げた。


いつもの温和な街医者の表情はそこにはなく、全てを諦めたような、あるいは別の狂気を内に秘めたような、ひどく虚ろな瞳が私を見つめ返した。


そして彼は抗うことをやめたかのように、無言でただ一度だけ、静かに頷いた。

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