6.襲いかかるように〜Aggressivo〜
澤田、主役になるかい?
「響さ〜ん!響さん、響さ〜んっ!!」
翌朝、リビングでココアを飲んでいると、玄関先で声がした。澤田だ。ビビが低く唸り声をあげる。私は今、完太作の最高のココアを飲んでいるところだ。澤田よ、君がインターホンの存在に気が付いたら応対してあげよう。玄関の左側に付いているぞ。押すだけだ。簡単だろう?インターホンの室内機まで来ると、右肩を壁に預ける。そのまま左手でカップを掴み口に運びながら、モニターだけ点けた。それを眺めている響に、完太がキッチンから声を掛けた。
「響ちゃん、意地悪しないで出てあげたら?」
「完ちゃん、私には朝からあいつの、かっる〜いテンションに付き合う体力は無いよ。ほら、ビビも嫌がっている。」
カップを持ったままの手でリビングのビビを指さす。ビビの鼻に皺が寄っている。かなり警戒している証拠だ。
「蝶子ちゃん達なら、いつでも直ぐに出るくせに…」
「…完ちゃん?なんか言った?」
「別に〜。ほらビビ、こっちへおいで〜。」
ビビが警戒を解かないまま完太に近寄る。
「変な人だけど会ったことあるでしょ?響ちゃんのマネージャーの澤田君だよ。」
完太は朝食を作る手を止めて、ビビの頭を撫でながら話しかけた。ビビの警戒は多少は解けたのか、唸りながらも体を預ける様子を見せた。響はその姿を見てため息をつくと、カップをカンッとダイニングテーブルの上に置き、玄関へと向かって行った。
響が玄関の引き戸を開けた瞬間、澤田の顔と声が押し寄せてきた。
「響さんっ…響さん、響さ〜ん!」
情けない声だ。よく見ると、目元にひどいクマがある。うっすらヒゲも伸びている。徹夜でもしたらしい。が、どうしても優しくしたくない。
「澤田君。現在の時刻と、インターホンという存在は君には理解できないのかな?それとも奇襲が趣味とか?」
「違うっすよ〜。死ぬ覚悟で響さんからお願いされた件を調べたんすから〜。ご褒美に完太さんのコーヒーくらいは飲ませてください〜。」
「…やっぱり帰れ。」
玄関を閉めようとした時、澤田がそこに足先をガシッと突っ込み、その隙間に顔をねじ込んできた。某サイコホラーの映画のようで不気味だ。
「『やっぱり』って事は、多少は家に入れてくれるつもりだったんすね!響さ〜ん!」
響は思わず舌打ちをした。澤田は言葉尻を捉えるのが上手い。だからこそ、厄介だし、担当を外れることもない。響は仕方なくリビングに案内した。そう…ビビの聖域に…。
完太が澤田のためにコーヒーを淹れている。コーヒーの苦くて少し酸味を含んだ香りがフロア中に溢れる。ソファに腰掛けた澤田の横ではビビが唸り声をあげている。鼻に皺が寄っていないところを見ると、自分の聖域に入った澤田を脅しているだけのようだ。ローテーブルを挟んだその正面に響は腰掛けた。
「あの〜ビビさんが…ちょっと怖…」
「要件。」
澤田に対する一人と一匹の圧が強い。
「えっ?無視…あ、はい。響さんからお願いされてた件です。でもこれ、リアホールの事務所に頼んでも良かったんじゃないすか〜?『ここ1年くらいの退団者とその理由とその後の進路を、同じ時期の新規入団者の経歴も、全てリアホールを介さず調べろ。手書き、又は自分のPCでまとめてこい。メールで送るな。』って意味分からないっすよ。どこをどうしたらリアホールを介さず調べられるってんですかぁ?まあ、そこは僕は優秀っすから?他の事務所の友人とかにも頼んで、調べてきたっすよ〜。」
そう言うと澤田が自分のPCを開いて、響に差し出してきた。受け取り、ざっと目を通す。やはり首席クラスのベテラン勢が7人も退団している。これは大問題だっただろう。リアオーケストラの総団員数は60人弱、しかもその中の一般団員ではなく、首席クラスが、だ。企業で言えば管理職やエースが一気に辞めた状態と変わらない。つまりオケの存続にも関わってくる。土橋みみは首席でもベテランでもないが、その中に含まれていた。そして、新規入団者の出身大学は…やはり自分達の母校である音大からだ。退団者の資料を1人目、2人目…と読み進めていくと、土橋みみ以外は『倫理上の問題にて契約解除』とある。つまり『ハラスメント行為』があったとされている。しかも、その後の進路もおかしい。その全員が新たにオケに入団したり、独立しフリーランスとなったり、大学の教授や講師に収まったりしている。『倫理上の問題=ハラスメント行為』で契約解除なんて、今の世の中では許されるものではない。確実に今後の進路にも関わってくるはずなのに…おかしい。さらに気になるのは土橋みみだ。退団理由は『病気療養』とあるが、その後が『不明』とある。どこかで会社員をしているというものではなく、『不明』。響の頭の中で、蓮が持ってきたコードの『フルートのC#』、和臣からきた『被害内容のメール』、澤田からの報告『土橋みみ・不明』。ザワザワと何かが音を立てて、響にツタのように絡みついてくる。そしてそれらは枝分かれしているだけで、根が同じだとしたら…最悪の想像が現実になる不気味さに、肌が粟立った。
澤田「あの〜…ビビさん?ちょっと…いや、お願いがあるんすけど…ほら!僕ら、もうかなり面識あるじゃないっすか〜。ほ〜ら、良い子に…」
ビビ「ウゥ〜ッ!!(おだまりっ!!)」
澤田「いやーーーーーーーっ!!!」
響「やかましいわ!」




