3.優雅に〜Grazioso〜
皆様、ごきげんよう。そろそろ紹介しなくても「ビビ」と呼んでいただけると思っていますわ。
このエピソードは、私が才能の片鱗をほんの少し、ほんの少しですのよ?お見せしていますの。あと、私の美しいヒップラインも。楽しんでいただけたら光栄ですわ。
ー1週間後ー
AM5:30、なんとなく目が開いた。完太とビビは散歩に行っているようだ…人の気配がしない。静かだ。
完太は穏やかな良い奴なんだが、案外口うるさいところがある。風呂入れとか、風呂入れとか、風呂入れとか…細かい奴だ。夕べも戦った。湯船に浸かるのは大好きだ。でも、そこまでのプロセスが嫌だ。だって、せっかく着た服を脱がなきゃいけないじゃないか。そして体を洗ってから湯船に初めて入れる。面倒だ。風呂なぞ1週間以上入らなくても病気にならない。もう脱ぐところから全自動でやってくれる風呂ってないのか?できれば、風呂上がりのお手入れも全部やって欲しい。あと、歯も磨いてもらいたい。口は自分で開けるから、頼むよ。
響がそんな事を布団の中で考えていると、スマホにメッセージが入っている事に気がついた。着信時間はAM1:30、蝶子からだ。内容は『AM8:00、家に行く。聞いてほしい。 蓮』蓮?わざわざ蝶子の端末から送ってきているのか。何か『拾ってきた』のか?
布団から起き上がり、伸びをしながら寝室の引き戸タイプの扉を開けた。僅かに陽が入り始めた廊下を裸足でペタペタ歩く。足裏に感じる床板のひんやりとした冷たさが心地良かった。
「…で、君たち夫婦は我が家でモーニング?家で食べてから来なさいよ。」
響がハチミツ入りホットミルクを飲みながら蝶子夫婦に言う。蓮は完太の入れたコーヒーを美味しそうに飲んでいる。
「完太さんのご飯、美味しいから〜。それに私達、今朝はすっごく忙しかったのよ?もう自分達のご飯食べられない位に!」
「なんか拾ったからだろ?」
「響ってば酷いっ!まだ何もしてないもん!」
「『まだ』って事は『これからやりますよ〜』って言ってるのと同じでしょうが。」
そんな蝶子とのやり取りを、味噌汁の出汁を取りながら、完太がキッチンカウンター越しに笑顔で見ている。
「蓮さん、聞いて欲しい事って?わざわざ蝶子の端末からメールしてきたんだから、何を『拾った』?」
「いや『拾い損ねた』。」
蓮はそう言うと、空のコーヒーカップをテーブルに置いた。コトリと硬くて軽い音がする。
「あと、自分の端末は監視対象だから使えないんだ。この前の件だが、異常…つまり不正が疑われているのは、やはり経理関係だった。あれから毎日、会社員時代みたいに出勤しては、深夜までPCの中をさらったよ。恐らく、金の流れを誤魔化すプログラムが仕込まれているところまでは分かった。でもな、『?』て箇所を見つけるだろ?解析にかけようとすると、新たに膨大な量の文字の羅列が構築される、又は、PC自体がフリーズする。しかもわざと『?』の箇所に誘導してくるんだ。久々に性格の悪いプログラマーにぶち当たった。AIが書いたプログラムの方が100倍素直で可愛いもんだよ。相当に狡猾な奴だ。」
「それで蓮さん、相談じゃなくて『聴いて』欲しいんだよね?」
響と蓮がニヤリと笑い合う。
「今から言う言葉を『聴いて』、思った事を言ってくれ。」
蓮はそう言うと、おもむろにアルファベットと記号の羅列を唱えていく。それを響だけが目を瞑って、子守唄かのように聴いている。異様な光景だった。そして…
「どう思う?」
蓮が尋ねた。
「確信は無い。無いが、もう一度ゆっくり…はじめから。」
まるで、曲をさらう時のような指示出しだ。テーブルの上に置かれた、響の少し筋ばった、節高の美しい指が時折動く。そして、その指で蓮の唱える謎の羅列を途中で止めたりする。かと思えば、「もう一度」と指示を出す。それをひたすら繰り返す…「ワンワン!」ビビが突然吠えた。
「ビビ、さすが名犬。私も『聴こえた』よ。」
ビビが得意げに尻尾を振る…が、短いのでお尻が勢いよく揺れている。
「何がよ?」
蝶子が全く分からないという顔をしている。
「蓮さん、よく覚えてきたね。楽譜の暗譜みたいだったよ。」
そう言うと響は、やや前のめりになる。
「これは今回のプログラムの中の一部だよね?例えば、作った人間がプログラム全体に『〇〇作です』みたいな印を入れたりすることってあるの?」
「ああ。印と言うか、コードにわざと癖を出して、自分を誇示するクセ強さんは一定数いるよ。」
「もっと他の部分と比べてみたいけど、これだけは言える。いくつかの『C』と『#』の配置がおかしいんだよ。他には『C^』『D_』『-』。特にこの3つは、不規則という名の一定の規則に従って存在している。プログラムだって言語みたいなものでしょ。話し言葉みたいにリズムを持っている。ところが、1つ1つのコードを読み上げた時のリズムがおかしいんだ。だからこれが犯人のサインだよ。」
「え?リズム?私、アルファベットの部分は分かったけど、記号を言葉で読みあげられても分かんないもん。」
「私だって分かんないよ。だから言葉のリズムなんだって。」
「その通り。『プログラム』だ『コード』だと言われるものは、PCを動かすための言葉だ。でも残念ながら、これらの記号は僕には見慣れ過ぎてて違和感が無いんだよ。響ちゃんなら何か分かるかもと思ってね。で、何が『聴こえた』?」
蓮が響を見つめた。
「フルートの『C#(ド#)』」
蝶子の目が見開かれる。
「待って、響。確かに『C#』はH管でもC管でも、何もしない状態で息を吹き込んだ時の音よ。でも、他にも同じ音を出す楽器があるじゃないの。まさか…土橋みみ?彼女にこんなプロみたいなことができる?」
「蝶子、横に構える細長い楽器は?フルートだよね?コードの中に出てくる『-』。『C#』は『C^=Cより高く』て、『D_=Dより低い』。私だって犯人とは思ってないよ。でも彼女が何らかの形で関係していることに間違いないと思うんだ。」
そう響が言い終わると、美味しい香りの完太が現れた。
「ほら皆さ〜ん!そこまで。早く食べないとブランチの時間になっちゃうよ?さあ、召し上がれ〜!響ちゃんは…苺柄パジャマを着替えてからね。」
ご飯の『おあずけ』を食らった響だった。
〜本日の朝ご飯〜
具無しおにぎり(焼き海苔・小鉢…梅干し、おかか、塩昆布、ほぐし焼き鮭)、具沢山味噌汁、鰯の甘露煮、白和え、和風ふわとろスクランブルエッグ、ヨーグルトの苺ジャム添え
完太「ビビ〜、褒められて良かったね〜」
ビビ「ワフン!(私の方が優秀ですわ!)」




