20.不安な〜Inquieto〜
ビビですわ。召使い(下僕)がポンコツなのに電子レンジを使えた事に驚きを隠せませんわ。でも、そう言えば以前…ひじきの煮物を温め直している時に使ってましたわね。まあ、ひじきが爆ぜて電子レンジの中をひじきまみれにしていましたけど。ご主人様が泣いてましたわ。ラップですか?「熱くなってからとるのが嫌だ」とか言って外してましたわね。
「愛は狂気だ。」誰がこんな上手いことを言ったのか。
響は電子レンジを回しながら、シャツのポケットから『K&S法律事務所 代表 鈴木要』と書かれている名刺を取り出した。ペンを探したがすぐに見当たらず、ダイニングテーブルの隅に無造作に転がった口紅を手に取った。それで名刺の裏に自分のサインを書き込んだ。その名刺を土橋みみに見せる。
「今から車を呼ぶから、それに乗って行こう。ここが、あの人が指示した場所だよ。あの人を助けるためだ。証拠になりそうなものは全部持って行こう。良いね?」
土橋みみは泣きそうな顔で頷いた。
「泣かなくて良い。助かるんだ。きっと上手くいく。」
チーン、部屋に電子レンジの音が響いた。
スコア譜と日記を小ぶりなキャリーケースに入れ、土橋みみと階下に降りると、まだ呼んでもいない澤田が玄関にいた。響から温まったグラタンとパスタ、土橋みみからキャリーケースを受け取りながら、ペラペラ喋る。
「いや〜、なんか響さんに呼ばれた気がしたんすよね。『早く来い!』みたいな〜。あ!あなたが土橋みみさんすよね!ちょっと顔色悪いっすけど、大丈夫すか?車の中に毛布あるんで寝て良いっすからね。こう見えて運転には自信があるんっすよね。響さんも、こんなんだけど意外と優しいんすよ〜。しっかし小さくて可愛いなぁ〜。本当に小鳥みたいっすね〜。響さんと大違…」
「黙れ。早く出せ。」
「…はい」
土橋みみと響を乗せた車は走り出した。
ここは、今日の午前中に和臣と会った建物だ。
「降りよう。澤田、2階の受付で私の名前を出してくれれば、係りに案内してもらえるようにしとくからさ。」
澤田は「了解っす」と軽く返事をすると、響と土橋みみを建物の入り口で降ろし、近くの駐車場に車を駐めに向かった。隣に立つ土橋みみの顔色がますます悪くなっている。呼吸が荒い。
「大丈夫?すぐに休めるから。もう少し頑張るんだ。あの人の為にも耐えて欲しい。」
土橋みみの顔をよく見ると、逃げ場を探しているかのように目線が忙しなく動いている。響は手を差し出し、キャリーケースを渡すように促す。土橋みみは素直に響に渡した。触れた手が酷く冷たく、震えている。キョロキョロと辺りを見回している。
「どうかした?」
「あ…あのっ…な、なんか視線が。わ、私…仕事以外でアパートを出るのが、ひ…久しぶりでっ。だだだって…監視されてるところを、あの人が…彼が助け…てくれて。し、仕事へ向かうっ…向かう安全な道とか、確認してくれてたからっ…。他は…か、彼がい…いい…一緒だと大丈夫なんですけど、けど…。なんか、こっ怖くて!すごく見られてる?誰か覗いてるの?!」
「土橋みみ!息を吐いて!息を吐くことに集中!監視しているのは、ここのカメラ。警備会社の事務所もあるし、24時間営業のジムもある。更に法律事務所まで入っているんだ。君を追い詰めるような怪しい監視なんて仕掛けられない。仕掛けたところで直ぐにバレる。大丈夫だから、今は息を吐くことに集中するんだ。」
響は土橋みみを半ば引きずるようにして建物の中に入り、エレベーターに乗り込んだ。
〜2階『K&S法律事務所』の受付〜
ー今日は来客が少ないわねー
ーでも電話は多いわよー
2人の受付の女性は、ヒソヒソと会話を交わしている。そんな時、エレベーターが止まった。小ぶりなキャリーケースを左手で持ち、右手で小柄な女性を支えている人物が降りてきた。支えられた女性の顔色が酷く悪い。
大きな飛び込み案件に違いない。受付の女性たちは、背筋を伸ばして身構えた。
蝶子「響の一番好きなパスタは…
1.ミートスパゲッティ
2.カルボナーラ
3.ジェノベーゼ
どれでしょう!」
澤田「あ、蝶子さん。戻ってきたんすね。1じゃないっすかね?けっこう食べるの見るんすよ。口の周り赤くしてるの。」
蓮「2だ。3はないだろう。緑まみれのパスタだぞ?しかも『バジルはナメクジの好物』とか完ちゃんのバーブの寄せ植えの前で呟いてたから。正解は?」
響「3のジェノベーゼだよ。ナメクジはライバル。」
蝶子「パクチーは?」
響「カメムシ。いや、パクチーも美味しいぞ?」
蝶子、蓮、澤田
「「「…うわ〜…」」」




