19.確信をもって〜Con convinzione〜
ビビですわ。グラタン、美味しいですわよね。パスタも。以前、ご主人様が私用に作ってくださった事がありますの。犬用ミルクで…ネギ類無しで…愛を感じましたわ〜。また食べたくなってしまいましたわ。
階段を上りきったそこは、単身用1DKのダイニングキッチンだった。そしてキッチンには古いダイヤル式の電子レンジがあった。早速、響はグラタンを電子レンジに入れてダイヤルを回した。ヴーンと音が鳴り始める。
「今から3分30秒話せる。この電子レンジの出す周波数が、盗聴や盗撮の邪魔をしてくれるから。これも全てあの人から教えてもらった。念のため、スマホも電子レンジの近くへ持ってくると良い。」
土橋みみは不安そうな顔をする。
「大丈夫だ。あの人を信じよう。」
響は土橋みみを見つめた。
「あの…彼はどうしたんですか?何があったんですか?」
顔色が悪く、震えている。
「はめられたんだ。横領の罪で捕まるらしい。」
「横領?!だって、彼はプログラミングが大好きなだけの人で、フルートが大好きなだけの人で、私の為に奔走してくれた人なんですよ!そんな彼がそんな目に遭うなんて…酷い!犯人は誰なんですか?!」
「そこで、君に助けを求めたんだ。何か無実の証明になるような物は持ってないかな?ただ『土橋みみを訪ねて欲しい』と言われた。」
チーン…古いタイプの電子レンジが温め終了を告げる。響はすかさず次を回し始める。
「えっと…待ってください。私がまだオケにいた頃、彼からプレゼントされた楽譜があるんです。彼から渡された物で、ここにあるのは唯一、その楽譜だけで…。彼、ここに泊まると必ずその楽譜を開いて眺めるんです。『昔から好きな曲なんだ。だからこそ、君に持っていてもらいたいんだ』って。それから私…昔から日記をつけていて、そこに彼がしてくれたこと、私がここに来るまでのことが書いてあります!彼が助けてくれたことがいっぱい!」
「そっか…まずはその楽譜を見せて欲しい。2人で無実を証明するものが何か隠されていないか探そう。あとは日記も。あの人がしてくれたことが書いてあるんだろう?それも無実の裏付けになるかもしれない。」
土橋みみが寝室に駆け込んだ。再び電子レンジがチーンと音を鳴らす。響はさらに次を回す。そこからさらに2回ほど電子レンジを回した頃、重そうに何冊も抱えて戻ってきた。
「楽譜と日記です。でも見た感じ、何も無いです。私…局所性ジストニアになってから、楽譜は全部捨てたんです。もう、吹けないから…。でも、彼の好きなこの曲だけは捨てられなくて。」
「ベートーヴェン交響曲第九番…」
スコア譜だ。随分と年季が入っている。厚さは3センチ近い。重さは2キロはある気がする。なんでこんな分厚い物を…いや、待て。ここにあるからには何かあるはず。人間は、気になるところを無意識に触るものだ。一番汚れていたり、傷んだ場所を見れば…響は汚れ具合を確かめ、まずは表紙を端から丹念に指で触っていく。土橋みみの視線が響の指に釘付けになる。やや筋張った節の高い美しい指が表紙を滑っていく。そして表紙の中央辺りで指が止まった。何かある!これが証拠だとしたら、ここで出すのは良くない。チーン…電子レンジが鳴った。また次を回す。ヴーンという音が絶え間なく部屋に響く。
「見つけたよ。でも、ここで出すのは良くない。私達が改ざんしたとか言われたくないだろう?今からこの楽譜と日記を持って、あの人が指示した場所に行こう。私の知り合いでもあるから大丈夫。必ず力になってくれるはずだ。」
「ホントですか?彼は助かるんですか?」
「…ああ、助かるよ。」
他には何かないかと譜面を開く。小池はフルートに執着していた。そのフルートの特徴のあるところと言えば…第三楽章の小鳥の囀りのような美しい旋律、それと第四楽章のピッコロへの持ち替え。そのページを開くと、くすんだ青色で、どちらのページにも『Mに捧ぐ』と書いてあった。同じ色で、譜面の隙間に英語で何か書いてある。筆跡の具合から、万年筆で書かれたもののように見える。
「シェイクスピア、ソネット18番…116番」
第三楽章に書かれた18番は、愛する人の美しさと、永遠に変わらないその輝きを詠んだ詩。第四楽章に書かれた116番は、真実の愛は絶対に変わらないことを詠んだ詩。インクの退色具合から、最近書かれたものではないことが分かる。つまりこれは、土橋みみに捧げられた詩ではない。そして、スコア譜の一番最後には、黒色のボールペンで57番が書かれている。ここだけ他と筆跡が違う。57番…従順な奴隷のような愛を詠んだ詩…。響は土橋みみを見た。
彼女は笑顔で言った。
「私から彼への愛なんです。」
響の背中を冷たいものが伝った。
澤田「電子レンジで電波妨害できるなんて、いつから知ってたんすか?」
響「電子レンジでホットミルク作りながらスマホいじってたら、Wi-Fi環境が悪くなってね。で、調べたら電子レンジが原因だったわけ。」
澤田「響さん、電子レンジ…使えたんすね。」
響「殴るぞ?」




