15.執拗に〜Pertinace〜
ちょっとドキドキ…
カラカラと玄関の引き戸が音をたてる。開けた瞬間、響が言った。
「蓮さん、マズった…」
「なんかしでかしたのか?」
「まあね。で、完太と蝶子がキレちゃった。」
「素直に謝れば?」
「絶対に嫌だ。」
「即答か。」
蓮が笑った。
居間に入ると、不機嫌な蝶子と、怖い笑顔の完太がいた。
「蓮さんお疲れ様〜。ご飯は?」
完太がいつもの声の調子で尋ねた。でも顔が怖い。
「…少しだけ食べたいかな。あと完ちゃんの珈琲が飲みたい。頼める?」
途端に完太の笑顔がいつもの笑顔に戻る。響はこっそりガッツポーズをした。
「蝶子、ただいま。何があった?」
蓮が蝶子に尋ねた。
「ちょっとね〜…腹立つ。」
蓮が響を見る。響が「あとで」と口だけ動かす。蓮は響にうなずき返すと、蝶子の隣に座った。後は蓮に任せたら良い。しかし、居辛い。そんな時、響は都合よく逃げる口実を思い出した。そうだ、和臣に電話をしなくてはいけない。
「蓮さん、ゆっくりしてってよ。1件だけ電話をかけてくる。練習室にいるから、何かあったら声かけて。」
そう言うと、練習室へと向かっていった。
練習室に入った瞬間、スマートフォンの呼び出し音が鳴る。和臣からだ。おそらく、響からの電話を待ちきれなくなったのだろう。ピアノ椅子に腰掛けながら端末をタップする。
「響ちゃん?電話寄越せって言ったでしょう?」
「言ってない。手紙には書いてあったけど。しかも今から電話するところでしたぁ。」
「屁理屈を言うんじゃありません!そんな子に育てた覚えはありません!」
「育った覚えはあるよ。和臣にいちゃん、写真ありがとう。隠されてる割にはフロアキャスト…接客する人のことだったよね?堂々と人目につく仕事してたんだ。」
「どういたしまして。そうなのよ。でもその子、かなり病んでるわよ。」
響の足元がザワリとする。ヴィオラ首席も言っていた。
「その子の勤務先、『アンブシュア』って言うお店なんだけど、そこのママや同僚にも、彼女について聞いてみたのよ。恋人にかなり依存しているようね。恋人って言うか、あれは奴隷とご主人様よ。衣食住からお金の管理まで、ご主人様の指示がないと動けない。小鳥遊…じゃなかった、土橋みみのご主人様、お店のママが偶然知ってたのよ。『接待で来たことがあるグランデグループの社員だ』って。知りたい?」
「知ってる。多分、リアホールの館長か事務長だよね。」
「良い子ね。正解よ。現リアホールの事務長よ。グランデグループのIT部門にいて、相当優秀だったらしいわ。2・3年前にリアホールのIT化の為に出向したの。自分から望んでね。なんでも、クラシック愛好家だったらしいわ。特にフルートが好きでね、お店でもフルートの曲の話をしてたって。」
「土橋みみはフルート奏者だからね、そこが事務長にヒットしたんだろうな。」
「なるほどね。それで『小鳥遊みお』なんて名前を付けて飼っているわけね。どうやって手懐けたのかしら?響ちゃんの事だから、もう分かってるんじゃない?でも、憶測だから言えないって考えてる気がするわ。確定したら教えてちょうだい。まあとにかく、事務長はかなりキレる男らしいから、気をつけなさいね。」
「気をつけるよ。でも和臣にいちゃんだって、どうやって手懐けたかくらいは予想はついてるんじゃない?あと、友達がグランデグループIT部門の元社員だったんだ。事務長の事、知っているかもだから、聞いてみるよ。」
「あまり首を突っ込みすぎるんじゃないわよ。念のために『にい』に話しといたから。」
「やめて…兄ちゃん達の中で一番厄介な暴走男じゃないか!」
「あれでも凄腕弁護士様よ。あの人脈は使わない手はないわよ。まあ、響ちゃんの事に関しては暴走しがちなのは認めるけど。」
「楽しんでる?」
「…違うわよ。心配してるの。我が家の可愛い末っ子だもの。みんな心配してるわ。」
「…分かってるよ。暴走男に連絡したこと以外はありがとう。じゃあね、お休み和臣にいちゃん。」
「もうっ、あなた本当に分かってる?…お休み、響ちゃん。」
通話を切ると、スマートフォンを譜面台に置いた。
長い手足をだらしなく伸ばし、力を抜く。そしてそのまま、何とはなくチェロに手を伸ばし抱きかかえ、ネックに額を寄せる。
土橋みみに会ってみようか。しかし店の名前が『アンブシュア』とはね。『アンブシュア=管楽器を吹く時の口の形』…どこまでフルートに固執するのか。抱きかかえたチェロのカーブに指でそっと触れながら考えを巡らせる。
その時、練習室の扉の向こうに気配を感じた。
開けると、蓮がそこにいた。
「コードの解析が終わったんだ。蝶子と完ちゃんには話は済んだ。響ちゃんに聞いて欲しい事があるんだ…。」
何かを求めるように蓮の目が伏せられた。響はそんな蓮を見つめた。
〜もしも澤田達が見ていたらシリーズ〜
澤田「うわ〜…触り方〜」
蝶子「………」
澤田「どうしたんすか?」
蝶子「…別に……」
澤田「あっ…」(澤田、気がつく)
響「君は…病院が好きなようだね?」
澤田「痛い。心と胃が痛い(泣)あと視線も。」




