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10.探求する〜Ricercare〜

最後の良心、蓮現る。

少しうつらうつらした。リビングのソファで寝落ちしたようだ。スマートフォンが床に落ちている。ビビは足元で寝息をたてていた。足でビビを撫でながら腕時計を見ると、和臣との電話から30分と経っていない。モソモソと響が寝室へ行こうと立ち上がった時、ビビが勢いよく起き上がると玄関に向かった。その後をついて行くと、玄関扉の向こうに人の気配がする。ビビが全く警戒していないところを見ると…蝶子か蓮だ。響はゆっくり引き戸を開くと、驚いた顔の蓮が振り向いた。ビビが尻尾を…いや、お尻を振っている。

「悪い、響ちゃん。明かりがついてたから…今、電話しようか悩んでたんだ。とりあえず休ませてくれ。」

「とりあえず、家に帰りなよ。ここから15分なんだから。蝶子が心配する。」

「その15分がもう限界…」

本当に辛そうだ。顔色も悪い。響は蓮を玄関に入れると、上がりかまちに蓮を座らせた。玄関の鍵を締めて振り向くと、蓮は座ったまま仰向けになり寝息をたてていた。ビビが蓮を見て首を傾げている。とりあえず…ビビの毛布で良いかな。リビングからビビの毛布を持ってきて蓮に掛けてやる。ビビには別の毛布を出してやった。


翌朝、響が起きると、ダイニングで顔色はもどったが、やや犬臭い蓮が完太のコーヒーを美味しそうに飲んでいた。


「おはよう、蓮さん。少しは復活した?」

「おはよう。したよ。夜中に悪かったね。」

「響ちゃん、夜中でも僕を起こしてくれて良いんだよ?朝になったら、蓮さんが玄関でビビの臭いになっててびっくりしたんだから。」

「だって、夜中だったし、動かせないし。すぐ近くにビビの毛布しかなかったからさ。」

蓮が笑う。

「いや、助かった。疲れて眠くて、限界でさ。そしたらこの家の明かりが見えたんだ。寄らないわけにはいかないよ。でも久しぶりによく寝た。実はプログラムの解析が思ったより難航してる。響ちゃんからのヒントでなんとか躱しているけど、本当に性格が悪い。」

「そっか、なかなか難しいんだね。」

響は完太からグラスに入れたバナナジュースを受け取りながら蓮の目の前に座る。

「見えてきてはいるから、あと少し。あと少しなんだ。そうやってたら徹夜とか続いて、昨日…いや、もう今日だったな。もう限界。で、今に至る。」

「そっか。あのね、蓮さん。教えて欲しい事があるんだ。」

蓮が完太から何杯目かのコーヒーを注いでもらいながら頷いた。

「昔、母方のおじいさんが古い病院に入院したんだ。本当に古くてボロボロでさ、増築・改築工事ばかりしていた病院なんだ。そしたら、おばあさんが『あの人の病室は5階なのよ。なのに地の底からお経が聞こえてきて、なんだか怖いの。一緒に来てくれない?』って言うんだ。行ったらさ、本当に聴こえるんだよ。地鳴りみたいにお経が。何十人ものお坊さんがお経読んでるみたいで、本当に凄い。その時は気持ち悪くなっておばあさんと逃げたけど、実はリアホールのリハーサル室で同じような声?地鳴り?を感じたんだ。頭蓋骨が振動してるみたいな気持ち悪さ。初めは換気扇とか空調かと思っていたんだけど、指揮者の先生は『聞こえない』って言うんだよ。そんな音ってある?いや、音ですらないかもだけど。それって何か分かる?」

響はバナナジュースのグラスを手でグルグル回している。

「…う〜ん。響ちゃんが、感じたのは多分『低周波・低周波音』じゃないかな。音=空気の振動だよね。低周波って言うのは、音は低すぎてほとんど聞こえない。だけど、その音=空気の振動で建物とかと共鳴してしまったりするんだよ。聞こえるというより、感じるに近いんじゃないか?僕は聞こえない。だから個人差があるものだと思っているよ。」

そこで蓮はカップを口につけた。キッチンカウンターの向こうから完太の声がした。

「それ!分かった!実はね、響ちゃんは換気扇とか空調つけたりすると『うるさい』って怒るんだ。僕には何も聞こえないんだけどね。」

「完ちゃん、まさしくそれ。それは普段の生活の中でも溢れているんだ。例えば換気扇やエアコン、その室外機とかがいい例だね。実際にご近所問題になった例や、健康被害の訴えの例もある。『頭痛・イライラ・焦燥感・不安感・不眠』とか色々だ。まあ、その関連性は断定できるものではないけどね。厄介なのは、一度、低周波を感じてしまったら、脳が勝手に気になるもの…この場合は低周波に意識を向けるようになる。当たり前だよ、不安感とか嫌だろう?おばあさんが感じる体質だったなら、響ちゃんもその体質だったとしても不思議じゃない。」

「うーん…じゃあさ、その不安定な気持ちの時に、『それは精神的な病気だ』とか『悪い事が起きるぞ』とか吹き込んだら、信じるようになる?」

「…それは洗脳って事か?その体調不良が、何が原因か分からなかったなら可能だと思う。人は案外もろい。原因不明の体調不良の時にそんな事を吹き込まれたら、信じ込んでしまうもんだ。昔、悪徳商法で『病気が治る壺』とかあったろ?それが良い例だよ。」

「じゃあさ、わざと低周波を発生させる事ってできるかな?」

響はバナナジュースのグラスをスッとテーブルの隅に置き、身を乗り出した。


蓮の口の中のコーヒーの香りが一瞬消えた。


そして、カチャッと小さく、ゆっくりとコーヒーカップをテーブルに置く音が響いた。

「実は…条件が揃えば、『できる』と言わざるを得ないかな。」

蓮がそう言っている目の前で、響の視線が僅かに逸れる。この顔は不味い。


「…やるなよ?」


「…やらないよ。」


響の答え方に不安を感じた蓮だった。

皆様、ごきげんよう。ビビですわ。ちょっと…私が育てた毛布を!うぅっ…新しいものなんて要りませんのよ。その毛布はご主人様が私の為に買ってくださった大事な、大事な毛布!…許しませんことよ!

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