59話:神速の処刑
……わ、分かった……分かったからその『光ってる先っちょ』を少し離せ! 喋る! 全部吐き出すから! ヒリヒリすんだよ!!」
魔人の必死の形相に、カイトは無表情のまま、わずかに青龍刀の切っ先を喉元から引いた。
ほんの数センチの隙間。だが、魔人にとっては、それが地獄から蜘蛛の糸が垂れた瞬間だった。
――ガァァァァァンッ!!!
「ヒャハハハ! 馬鹿め! 油断したな、ガキがァァァ!!」
魔人の姿が消えた。
YesかNoか、あるいは『死』。そのどれでもない、第四の選択肢――【逃亡と反撃】。
魔人は己の全魔力を脚部に集中させ、音速を超える超スピードでカイトの間合いから離脱。そのまま空中で身を翻し、カイトの頭上から全エネルギーを込めた、文字通り究極の一撃を振り下ろした。
「死ねぇ! 【漆黒・超重力崩壊】!!」
魔人の全霊を込めた闇の奔流が、巨大な黒い流星となってカイトへ降り注ぐ。直撃すれば、周囲数キロメートルが更地になるほどの破壊力。
魔人は確信した。
(勝った……! いくら強くとも、所詮はガキ! この至近距離からの不意打ち、防げるはずがねぇ!!)
だが、迫りくる黒い流星を仰ぎ見るカイトの表情は、驚きも、恐怖も、焦りもなかった。
ただ一つ、強烈な**「眠気」**だけがあった。
「……ふわぁぁ……。……長いよ、話が」
カイトは、大きく欠伸をしながら、片手で担いでいた青龍刀を、まるで邪魔なハエを払うかのように、無造作に、そして気だるげに振り上げた。
――シュンッ。
爆発音すらなかった。
放たれたのは、音を置き去りにした「蒼い真空の断層」。
魔人が放った究極の重力崩壊弾は、カイトが振るった青龍刀の軌道に触れた瞬間、抵抗することすら許されず、まるで紙のように真っ二つに裂けた。
裂かれた闇のエネルギーは、そのまま霧散し、夜空へと空しく消えていく。
「…………は?」
空中で静止した魔人の口が、限界まであんぐりと開いた。
「いやいやいや! おかしいだろ! 今の、俺の全魔力だぞ!? 究極の一撃だぞ!? なんで欠伸しながら片手で消せるんだよ! 物理法則どこに捨ててきたんだよコラァ!!」
「……おい、うるせぇぞ。…… YesかNoか、答えは出たか?」
カイトの冷徹な声が、クレーターの底から響く。
魔人は、その瞳に宿る、底知れない「本物の怪物」の気配に、背筋が凍りつくのを通り越して、魂が凍結するのを感じた。
(化け物だ……! こいつは、主人が言っていたような存在じゃない……! 逃げなきゃ……! 魔界に帰って、主人に伝えなきゃ……!!)
魔人はツッコミを入れる余裕すら失い、なりふり構わず魔界へのゲートを開こうと、砂漠の彼方へと超スピードで逃走を開始した。音速を超える、魔族特有の神速。
「……逃がすかよ。お前のログ、全部回収するまではな」
――バチィィィィィンッ!!!
魔人がゲートに手をかけようとした、その瞬間。
目の前に、蒼い稲妻と共に、カイトが「音もなく」先回りして立っていた。
「っ――!? ぎゃあああ!?」
魔人が驚愕に顔を歪める暇もなく。
カイトの手に握られた青龍刀が、月明かりを浴びて蒼く一閃した。
――フッ。
これまでのような爆発的な雷光は起きなかった。
ただ、静かに、そして鋭く、青龍刀の刃が魔人の体を通り抜けた。
「……あ。……今、軽い(低負荷)……」
カイトが青龍刀を納刀した瞬間、魔人の体は左右に綺麗に分か断され、蒼い炎に包まれながら塵となって消滅した。
魔界へのゲートも、カイトの放った「断絶」の力の前に、跡形もなく消え去っていた。
15歳の青龍が、真に覚醒した瞬間だった。
カイトは、握りしめた青龍刀の心地よい重みを確かめ、遠く西の空を睨みつけた。
「……待ってろよ、『あの魔人』。……母さんのバグ、俺がこの『重い棒』で、物理的にぶち壊してやる」
カイトの瞳に、亡き父の面影と、母を救うための不屈の「意志」が、静かに、しかし力強く宿っていた。




