55話:レナードの覚悟
砂漠の静寂を、カイトの規則正しい寝息だけが満たしていた。
青龍刀という強大すぎる力を使いこなし、極限の一撃を放った代償。カイトの魔力は一滴残らず枯れ果て、精神の奥底まで焼き切れる寸前の、文字通り「泥のような」深い眠りに落ちていた。
「……ったく、無茶苦茶な無茶をするんだから。このままだと、彼の体が内側から壊れちゃうわ」
カナデは呆れたように溜息をつくと、その両手に**【朱雀】**の優しくも力強い紅い光を宿した。
「秘術・【紅蓮の揺り籠】……。いい、レナード。今からカイトの傷ついた魔力回路を、私の火で一つずつ繋ぎ直して癒やすわ。でもこれ、集中が切れると二人とも命はないし、術中の三時間は私も指一本動かせなくなるの。……文字通り、無防備よ」
「……御意。朱雀の巫女、そして我が師匠。お二人の身、このレナードが命に代えても守り抜きましょう」
レナードは愛剣を砂に突き立て、背を向けて立った。その背中は、かつての迷いを脱ぎ捨てた、一本の不落の杭のようだった。
カイトが目を醒ますまで、あと一時間。
その静寂を破ったのは、大気を腐らせるような、あの忌々しい邪悪な気配だった。
「ヒャハハハ! 見つけたぜ、青龍の小僧に朱雀の女! なんだ、揃いも揃って力尽きてるのか? 絶好の殺し日和じゃねぇか!」
暗闇から現れたのは、漆黒の翼を持つ魔人と、地平線を埋め尽くすほどの魔物の群れ。魔人は、カイトの父・ガモンを奪ったあの男の配下か。冷酷な視線が、動けない二人を容赦なく射抜く。
「今なら四聖獣の宿主を二人同時に、ゴミのように処分できる。……おい、そこの不細工な鉄屑。どけ。お前のような名もなき三下が、運命の邪魔をするな」
魔人の嘲笑が砂漠に響き渡る。だが、レナードの眉一つ動かない。
「……名もなき三下、か。確かにその通りだ。俺には、あのお方の持つ龍の力も、巫女殿が宿す不死鳥の力もない。誇れるものなど、何一つ持ち合わせていない」
レナードは静かに、しかし力強く大剣を構え直した。その足元から、地響きのような気迫が立ち上る。
「だがな……! この男に『レナード』と名を呼ばれ、共に歩むことを許された! それだけで、俺がここで死ぬ理由は十分すぎるほどにある!!」
魔人が一瞥を送り、無数の魔物が一斉に牙を剥いて飛びかかった。
「俺は騎士だ。……弱きを助け、愛する者を守り、師の盾となる。……それが、俺という人間の全霊だ!! ――来い、汚物ども!! 一歩でもここを通りたくば、俺の魂を食い破ってからにしろ!!!」
砂漠の月明かりの下、たった一人の騎士が、絶望の群れを迎え撃つべく咆哮を上げた。




