54話: 空っぽの魔力と、最高の一振り
砂漠の夜風が、傷だらけのカイトの頬を叩く。
手にした**【青龍刀】**は、先ほどまでの暴走が嘘のように静まり返っていた。だが、その沈黙こそが嵐の前の静けさであることを、カイトの直感が告げている。
「……はぁ、はぁ……。理屈はもういい。……全部、捨てた」
カイトの意識は、疲労のどん底にあった。
全身の筋肉は悲鳴を上げ、魔力(MP)は空っぽに近い。視界はチカチカと火花が散り、立っているのが不思議なほどだ。だが、その極限状態が、逆にカイトの雑念をすべて削ぎ落とした。
「いくわよ、カイト! これが今夜の『最終試験』よ!」
カナデが両手を広げる。
直後、巨大な火柱が渦を巻き、夜空を真っ赤に染め上げる巨大な鳥の形を成した。
「【朱雀・極炎・大火鳥】!!」
逃げ場のない、圧倒的な熱の壁。砂がガラス状に溶けるほどの高温が、カイトを飲み込もうと迫る。
「(……ああ、分かってる。こいつは高性能な武器じゃない。……ただの、死ぬほど重くて、絶対に折れない『棒』だ)」
カイトは、重く垂れ下がる青龍刀の柄を、ただ無造作に握り直した。
魔力をどう流すか、風をどう編むか。そんな難しい計算はもうしない。
ただ、目の前の邪魔な火を「どかす」ためだけに、残された全気力をその「棒」に預ける。
――フッ。
カイトが踏み込み、最小限の動作で刃を振り下ろした。
派手な音も、眩しい光もなかった。
だが、青龍刀が空を切り裂いた瞬間。
「……え?」
カナデが目を見開く。
迫りくる巨大な火鳥が、カイトの目の前で「紙」のように真っ二つに裂けたのだ。
熱風すら届かない。カイトが振った軌道に沿って、空間そのものに「断絶の線」が走った。火炎は左右に分かれ、背後の砂漠へと空しく消えていく。
さらにその斬撃の余波は止まらず、数キロ先の巨大な砂丘を、音もなく一文字に両断した。
「……あ。……今、最高に……軽い……」
カイトの口から、ふっと白い息が漏れた。
今の一振り。魔力の無駄遣いは一切なかった。自分の意志が、そのまま武器の「重み」となって世界を断ち切った。
「やったわね、カイト……! とうとう青龍刀と――」
カナデが駆け寄ろうとした、その時だった。
「……あ」
カイトの手から、カラン、と青龍刀がこぼれ落ちる。
極限の一撃に、魂の最後の一滴まで注ぎ込んでしまった。
最適化には成功したが、すでにカイトの魔力タンクは完全に『空(E)』を示していた。
「……師匠!?」
「カイト!」
レナードとカナデの声が遠ざかる。
カイトの膝から力が抜け、そのまま砂の上に倒れ込んだ。
強烈な眠気が波のように押し寄せ、意識が暗転していく。
(……やっと……少しだけ……母さんに近づけた……かな……)
砂漠の静寂の中、カイトは深い、深い眠りへと落ちていった。
最強の武器を「使いこなした」代償は、あまりにも深い泥のような気絶だった。




