復帰
目が覚めたとき、見慣れない天井と白い布に囲まれていた。そういえば、アースドラゴンを庇ってそれからどうなったんだろう。
「…起きたかい。もう一週間も寝ていたよ」
「……セイラ婆さん」
どうやら俺は今治療所に寝かされているらしい。セイラ婆さんがベッドの近くで俺を睨んでいる。
「ふん、あんたみたいな治癒魔法使いは嫌いだよ。いいかい、治癒魔法使いはあたしみたいにこうして後方支援に回るものだ。
それをなんだい?自ら戦いにでて、わざと怪我を負って仲間を護る?自分犠牲にしてさ、他が傷付くなら自分が…とか思ってんのかい?そうすればあんた以外の戦士が助かる?馬鹿もんが!!
あんたは!この島の長なんだよ!あんたが動けなくなったら、この島は終わりなんだ!!自覚しろ馬鹿もん!!!」
起きて早々にセイラ婆さんが俺に怒鳴る。言いたいことはわかるのだが、俺はこの戦い方とこの治し方しか知らないのだ。
「あんたが戦闘奴隷の時にそうやって生きてきたのは、わかる。それしか知らないのも、わかった。でももうあんたは奴隷じゃないし、この島を護らなきゃいけないし、あんただけの命じゃないことを、よーく、よーく理解しな!」
「いや俺が死んだところで別にこの島は大蛇がいるし…」
そもそもここは大蛇の島で、勝手に住まわせてもらっていて。この春の繁殖期も、俺がいなければ大蛇達だけで戦って終わり。それを繰り返すだけだろう。特に変わらないだろう。
「はぁ…あんた、ルークが大怪我したらどういう気持ちになるんだい?」
「そりゃ悲しいよ。きっとしばらく落ち込むだろうな」
「それだよ!それ!あたしたちもあんたに対して、そう思うんだよ!!だからわざと怪我したり、死にそうになるなって言ってんだよ!!!その元々奴隷だから自分の命の価値なし、誰も悲しまないみたいな考えやめな!!」
セイラ婆さんの言葉が、ズガーンと俺の脳天に刺さったみたいだった。俺が死んだら悲しむ人がいるのか。そんなことあるのか。
呆然とする俺の様子に、呆れたようにため息をついたセイラ婆さんは、ベッドから起こして、治療所から追い出した。
「とりあえず、身体は治ってる。さっさとみんなに顔見せてやんな」
治療所から出されると、俺を見つけたジャックやマリアが「よかった」と泣きながら抱きついてくる。サンも「心配したぞ」といいながら肩を叩いてくる。
それから、会う人会う人に泣かれ、ルークには「次やったら矢を打ち込むからね」とか言われながら泣かれ、ジルベルトには殴られた。「人を悲しませるな!」と説教までされた。
一番大変だったのはキース達や元同じ部隊の部下のみんなで、「おれたちのせいだ」とメソメソ泣いては謝ってきて、とにかく自分達を責めている。俺が勝手にやったことだと言っても、キース達は責任を感じている。もう何が何だかわからない気持ちだった。
ミュリンにも抱きしめられながら静々と泣かれ、しばらく離れなかった。
そしてようやく俺は、俺が傷つくと悲しむ人がいるということを知った。セイラ婆さんに言われたように、もう奴隷ではないし…奴隷であっても、自分自身を大切にしなくてはならないのだと、自分が誰かにとって大切なのだと気付くことになった。
更に、大蛇達とフェンリル達の心配ようは人間以上だった。
《ウェルナー!ああ、生きてる!よかった…馬鹿なことをして!そんなことをしなくてもドラゴン達は結界を張ってるのに!!馬鹿者!馬鹿者が!!!》
《…お前、儂の目が黒いうちは死ぬのを許さんぞ。女王が泣いて泣いて海ができるかと思ったぞ》
《はぁ…我も心配したぞ。我が仔の育った姿を見るまでは死なれたら困る!怪我をするな!死ぬな!治癒魔法を使えるなら、引っ込んでおれ!!!》
三人に身体中をすりすりされて、ごめんごめんと撫でてやる。背中はとくに念入りに確かめている感じがする。あとキング、お前の目はほぼ金色だ。
ちなみに姐御と兄貴にも泣かれてしまって本当に申し訳なくなった。こんなに心配してくれるなんて、思ってなかったんだよ。
その日は、あんまりにも白大蛇クイーンが心配するので、クイーンの上で眠った。クイーンはシーアリゲーターをもりもり食べながら、俺を乗せてご機嫌だったそうである。昨日までは怒りながら魔物を全部食い殺して蹂躙していたらしい。
――翌日、俺の組は昼番だったのだが俺の参加は無しになった。病み上がりだかららしいが、たぶん心配しているんだろうな。いや、絶対そうだ。そう思える。
なので、大人しく拠点の見回りだ。まずは解体を頑張っているサンのところなのだが。
「なんか…増えてないか?」
「ああ、ジャイアントホークの卵か、もう50個近くある。文献によると2ヶ月くらい抱卵して孵るそうだから…まああと一、二ヶ月で産まれるはずだ」
ミディ曰く、ただ温めるだけでなく魔力を与えながらがよいそうで、フォレストウルフの最近の寝床はこの卵の上だという。寝にくそうで申し訳ない。
しかし、本当にどうしようか。
「うーん、でも別に要らないしなぁ。鬼人族にでもあげるか。でかい家畜好きだろうし。ただ言い訳がなぁ…」
冬に使っていたカイロ石と魔暖石の上に並ぶ大量の、スイカくらい巨大なジャイアントホークの卵をどうすべきか迷う。うちの島には要らないのだが、鬼人族なら喜んでくれるだろう。問題はどこで手に入れたか?という話になる。
「姐御になんかいっぱいやっつけた〜とか言ってもらえばいいだろう。あの姐御だぞ?」
「たしかに…許されそうだな」
解体屋になりかけている傭兵ギルドの新人二人は、あれからまじめに不満なく働いている。空き時間に槍や弓の練習もしているらしい。実戦は人を強くするな。
家畜は現在増えまくっている。間引きたくても他の肉があるので、要らないのである。リトルボアは百匹を越えたそうで、色々落ち着いたら干し肉になるそうだ。他は変わらないが、ジャー牛の乳搾りが追いつかないらしい。許せよジャー牛。
次は畑だ。拠点近くの畑は、今からはトウモロコシとトマトを大量に植えているそうだ。夏には採れるので、初夏に収穫してそのあと芋を植えるらしい。他にも色々植えているようだが、基本的にはルーク任せだからなんでもいい。食えるなら。
段々畑は、小麦を植えている。1.2.3段目にそれぞれ違う品種の小麦、4.5段目にライ麦だそうだ。楽しみだな。
次に果樹園ゾーンだが、洋梨、桃が五列くらい。林檎、オレンジ、レモンが二列、あとは葡萄らしい。葡萄は小麦畑並みに植えていて、まだ増やしたいそうだ。少し離れた所には苺があり、実は今が旬なのだそうだが、ずらして実がならないようにしているのだとか。
「大蛇〜西の入り口行きたいんだが〜」
拠点の結界の周りでワイバーンを食っているクイーンに声をかける。わざわざ拠点の前で戦っているのは、心配だからだろうから。
《しばし待て》
拠点からボーっと大蛇が魔物を食べるのをみて、大蛇達の胃袋ってどんだけでかいのかな、なんて思ったりする。
キョロキョロと周りを見渡し、大蛇は俺を乗せて西の拠点まで行ってくれた。拠点は意外と人がいてびっくりした。パトリシア、エミリー、スティーブン以外に非番のアスラ殿とかソル、ヒナ夫妻もいる。
「よ。こっちはどうだ?久しぶりに水虎見にきた」
「ああ、ウェルナー。ちょうど餌やりだよ。最近はね、シーアリゲーター二頭食べるよ」
「おおっ!」
ソルとヒナが水虎に餌をやるということで、早速養殖場に行くと、アスラ殿や非番の人がワラワラいた。俺も久しぶりに水虎を触る。みるみる大きくなる。しかし、懐いていて撫でると喜ぶ。可愛いよな。
「これは姐御が失神させた小さめのなんだけど、ちょっと戦わせてみようかと思うんだ。一匹なら大丈夫だと思うし、いざとなったら回復担当もいるしさ」
「狩りの練習か!まあ、やらせてみよう…回復担当って俺か?」
ワニは布を被せて口を縛ってあり、生きている状態だという。水虎達は目を爛々とさせて、シーアリゲーターを見つめている。ソルが奥に行けと指示すると、水虎達はすいー、と養殖場の奥まで行った。お利口。
ついでに何故か結界をギャラリーにかけさせられ、準備できたので、ソルがサッと布を外し、口紐を外して暴れているシーアリゲーターを養殖場に放り投げた。
「喰え!」
ソルが水虎達にそういうと、俺たちに飛びかかろうとするシーアリゲーターの尻尾に噛みつき、水に戻ったシーアリゲーターを四方八方から噛み付いていく。くわれないように背後に背後に回って。
「目を狙え!首に噛みつけ!!」
ギャラリーも大興奮である。頑張って戦う水虎達はソルの指示通り目を引っ掻き、首に噛み付く。首に噛みつかれたシーアリゲーターは、やがて事切れた。
「よし!偉いぞ!食べろ!」
水虎達は夢中になってシーアリゲーターを食べはじめた。
「調教は順調だな。来年は戦力になる」
「うーむ素晴らしい。軍用犬並みに賢い。今後が楽しみだ!」
俺とアスラ殿はそんな話をして盛り上がった。来年はもっと仔虎を獲ってくるつもりだ。きっと戦力になってくれるだろう。
あっという間に骨にした水虎達に、みんなで手ずから餌をやる。こうすることで人間に逆らわなくなり、懐くのだそうだ。撫でてやると喜んで、ガウッとねだる。可愛いからいっぱいあげよう。
ソル曰く、これから毎日こうして生きたシーアリゲーターを放って狩りをさせるという。そして、シーアリゲーターが彼らの食べ物だと徹底的に教え込むそうだ。だから基本的にはシーアリゲーター以外はあげない。まぁ腐るほどいるしな。
「問題は沖に放して戻ってくるかだな…」
「たぶん戻ってくると思うよ。この島を自分達の縄張りだと思ってるし、親がいると思ってるから…でも、一匹ずつやっていく」
「頼む。生きたシーアリゲーターもたくさん捕まえておいてくれ」
可愛い水虎達を撫でながら、来年の活躍を期待するのだった。




