大馬鹿者
――sideルーク
ウェルナーがジャイアントホークとの戦いで、背中に傷を負ってから、目に見えてこの島の雰囲気は沈んでいる。とくに、共に戦っていたジルベルトやキースはとくに落ち込んでいた。
自分がちゃんとしていたら…という気持ちを、この島の全員が思っているのだろう。僕だって、その気持ちしかない。一緒に戦っていたら、ウェルナーが怪我をすることはなかったかも、非番だったら、違う配置だったら、とどうしようもないことを考える。
僕達エルフはウェルナーの治癒魔法に救われた。だから、ウェルナーが治癒魔法で自分の傷をすぐに治せることは、もちろんわかっている。わかっているけど、「使わせたく」なかった。
セイラさんは、ウェルナーの治癒魔法について、島のみんなにこう言った。
「確かに傷口は綺麗に塞がっているよ。だけどね、そんな怪我をして簡単に治せるわけないのさ。こいつがやってるのは傷口を綺麗にしただけ。背中の中はぐちゃぐちゃ、血も足りない。大馬鹿者の治癒魔法使いさ」
だから今はセイラさんが内側の傷を癒しながら、血や気力を増やしているそうだ。起こすと動いてしまうから、睡眠魔法で無理矢理眠ってもらっているそうだ。
僕達はウェルナーの過去について聞いたことがない。けれど、元同じ部隊だったキース達は元々戦闘奴隷であり、アーデン帝国の戦争を戦い抜いて、勝利した恩赦で平民となったと聞いた。つまりは、ウェルナーは奴隷であったのだ。
戦闘奴隷として、生きていくためだけに磨いた治癒魔法なんだ。前にウェルナーが言っていた。
「傷とか毒とか治すのは得意なんだが…内側から病気を治すのは得意じゃないんだ」
と。今になって、その意味がわかった。
だが、きっとウェルナーは知らないのだろう。奴隷時代とは違い、ここにはウェルナーを心から心配して、心から死んでほしくないと思っている人がたくさんいることを。もうこの島の大蛇様ですら、君を愛していることを。
「大馬鹿者だよ、本当にさ」
そう呟いて、弓を持って森の拠点へと向かうのだった。
――sideキース
おれは幼い頃、親に売られた戦闘奴隷だった。何度も何度も馬鹿みたいな貴族達の遊びに付き合わされ、身体は傷だらけで誰も信用できない状態だった。
ちょうどその頃にいきなり買い手がついたという。その買い手がアーデン帝国だった。アーデン帝国の戦争のために、色々な国から戦闘奴隷が集められているようで、おれは隊長…ウェルナー様の部隊に配属になった。
こんな貴族のために働くのか、とみんなそう思っていた。そう思っていたのに、ウェルナー様はまずおれたちの傷を隅から隅まで治してくれて。そして自らが元戦闘奴隷だと明かし、当時ほとんど貰えてなかった給金を全部おれ達の食事や服や武器に使った。
ウェルナー様は穏やかで、優しく、それでいて強い。どれほど傷を負っても、ウェルナー様が治してくれた。だから、おれたちはウェルナー様についていくと決めたのだ。
今度はおれたちがウェルナー様に楽させてやる番だ。ウェルナー様のためなら、なんでもやる。そう思っていたのに。
「ウェルナー様……」
目の前にいるのは、ドラゴンのために傷を負って、眠っているウェルナー様だ。血が足りていないとかで、顔が青白い。傷はすっかり治っているというのは、表面だけで体内は傷だらけだと、セイラ婆さんが言っていた。
全然知らなかった。これまで治癒した姿を見てきた。けれどいつだって一瞬で元に戻って、また戦っていた。痛みもないし、傷もないから大丈夫だと言っていて、おれたちはそれを信じていたのだ。
今ようやく、そんなわけはなくて、ウェルナー様が我慢していたのだと理解したのだ。
「すみませんウェルナー様……おれ、おれは…大馬鹿者です……」
おれはウェルナー様の冷たい手を握って、ただただ側にいることしか出来なかったのだった。
――sideジルベルト
アイツが自分を犠牲にして、誰かや何かを護る姿を、何度も見てきた。
初めて会ったのは確か、アーデン帝国の戦争が始まった時だったと思う。当時、アーデン帝国とジャネア王国の国境線で戦争が勃発したばかりで、兵士が不足しているということで傭兵ギルドまで話が回った。
アーデン帝国から大量の金を積まれたギルドは、ある程度経験がある傭兵を戦争に送り出した。それがオレたちだったわけだ。
ある時、アイツの隊と一緒の戦線に行かされた。その隊が戦闘奴隷で構成されているという話を聞いていたから、大して強くもねえ奴隷と仕事かよ、と嫌な気持ちで戦っていた。
ところがこの奴隷部隊は異常に強かった。部隊長ウェルナーを中心に、徹底的に統率がとれていて、一糸乱れぬ動きで計画通りに相手を倒す。なにより、何日、何ヶ月戦っても怪我をしない。病気をしない。気力を失わない。
どうなっているんだ、と驚いていたが、ジャネア王国の騎士“ウェルナー”という男と、アイツが一騎打ちする場面があった。普段なら一撃、もしくは数撃で倒すのに、騎士“ウェルナー”は強かった。
そして騎士“ウェルナー”がアイツの利き腕に剣を突き立てた。そして、もう片方の手には小刀が握られていて、誰もが負けたと思うだろう。
違う。アイツは剣を突き立ててもらうのを待っていたのだ。突き立てた利き腕を瞬時に治して、意表を突いて騎士“ウェルナー”の首を切ったのだ。
アイツは騎士“ウェルナー”の剣を腕から抜いて、しゅうぅ、と音をさせながら平然と治して、見おろしている。
騎士“ウェルナー”の笑顔で言った最期の言葉が、今でも忘れられない。
『治癒魔法使い…なら……そう言え…』
その時ようやくおれはアイツの戦い方を知った。それからも、自分が切られてると見せかけて相手を蹂躙していく様を何度も見た。
「そんな戦い方辞めろ!自分が犠牲になっても、誰も喜ばない!悲しいだけだ!」
そう言って何度も辞めさせようとした。だが、アイツは決まってこういうのだ。
「どうしてだ?俺は奴隷だから、悲しむ奴はいないじゃないか」
親も、兄弟も、家族も、仲間も、友達も、奴隷には関係がない。奴隷が生きようが死のうが、どうでもいいことだと、本気で思っているのだ。そのくせ、自分は死にたくはないし、自分の部隊の奴隷には生きていて欲しいと思っている。
アイツは、それが希望や友情や愛だということを知らないのだろう。だから、この島で会った時、ようやくそうした感情を理解できるようになると思った。それが、嬉しかったのだ。
でもアイツはやっぱり大馬鹿者なんだ。言ってやらなきゃわからないんだ。
「おれはお前が死んだら悲しいんだぜ……」
だってお前はおれの友達だからな。




